第7話カチコミ

 私はαと呼ばれた少女に取り押さえられた後、鎖で縛り上げられて大学の教室に放り込まれた。机や椅子は教室の後ろに固めて置かれている。私はそのまま床に転がされた。

 目の前にはナイフを弄ぶαと、椅子に座ってスマホでツギ君と通話しているタスクがいる。

「変な考え起こしちゃヤだよ?お姉さん」

 さり気なくこちらに意識を向けるα。すでに、私がするべきことは果たしている。抵抗するつもりも無い。

 ロールバック・キーと、私の力の全てを彼に渡してある。少し乱暴な渡し方だったけれど。サチに渡せば、その二つを上手く使って世界を元の姿に戻してくれるだろう。ただ、ツギ君がそれを素直に受け入れてくれはしないだろうけど。

 ツギ君に鍵を託したのは苦肉の策だった。タスクによる何らかのアクションは予想していたし、念のためビートルも自動的にサチの元へ向かうように設定しておいた。ただ、ここまで直接的な手段に訴えるとは予想していなかった。

 私の知る限り、タスクは情報系の管理者だったはずだ。真っ向から戦う力が無いと油断していたのは確かだけれど、αや蟲達を手駒にするような能力も以前は無かった。

 さて、どうするか。ツギ君を元の世界に戻すのを見届けるまでは、何としてでも生き延びなければならない。

「αちゃん?って言ったっけ?」

 取り敢えず、この正体不明の少女の素性を明らかにしておこう。意味があるか判らないけれど、少しでも不確定な情報は無くしておきたい。

「ん?なぁに?」

「あなたは管理者?人?それとも蟲?」

 私の問い掛けに、αはナイフを遊ぶ手を止めて首を傾げる。

「んー、多分、人かなぁ」

「自分の事でしょう?」

「アタシはタスクさんに呼ばれて、この世界に起こされただけだもん」

 それだけ言うと、私の問いに興味を失ったのかまたナイフを弄び始めた。

「その子は間違いなく人だよ」

 通話を終えたタスクが代わりに答える。椅子を逆向きに座り直していた。

「真面目に働いてくれる子が欲しくてね。蟲どもじゃ細かい指示は理解できないし、回収した廃物者達も同様だ。だから、作った。君がやったのと同じようにね」

「まさか……」

「人の破片を回収して組み上げて、そこに管理者の能力を突っ込んだ。君の作品より上手くできてるだろう?」

 見下したように……いや、実際に見下しているか、とにかく癇に障る言い方をするタスク。私は彼の物言いに我慢できず睨みつけた。こんなにも嫌な奴だったっけ?崩壊前は殆ど会ったことが無かったから、忘れているだけかもしれないが。

「パス、君にいい知らせだ。ツギ君は鍵と君の身柄交換を受けてくれるそうだよ。どうやら、鍵よりも君が大事みたいだ」

 やっぱりそうなるよね。ため息を付きつつも、自然と口角が上がった。


 ビートルが停まったのはそれから三時間ほど経ってからだった。無理に走り続けたせいか、突然、ボンネットから煙を噴いて完全に動かなくなってしまったのだ。

 とりあえず再度、携帯電話でさっちゃんに事情を説明し、軽トラで迎えに来てもらった。

「ホンマに大変やったなぁ。パスちゃんのことはウチらで何とかしたるからな」

 開口一番、さっちゃんは気を使ってくれた。底抜けに優しい人だ。つい甘えたくなってしまう。

「ありがとう。でも……これは僕自身が何とかしなきゃいけないことだから」

「その心意気は頼もしいんやけどね。ツギちゃんだけじゃ、どうにも出来へんよ」

 確かにその通りだが。僕らは軽トラの中で今後の方針を話し合っていた。

「タスクちゃんだけでもメンドいのにα?っちゅう子もいるんやろ?フジちゃんにも声かけてるから、揃ってから話し合ってもええんちゃうかな」

「うん……」

「ホントは他の子にも声を掛けたんやけど、急に蟲達の活動が活発になってきてるらしくて手が離せないみたいなんや。唯一、この近くにいたフジちゃんは手伝ってくれることになったんやけど……どうしたもんかなぁ」

 ボヤきながらさっちゃんはハンドルを切った。軽トラがモノクロの廃墟を抜けていく。何度か休憩を挟みながら、ようやくさっちゃんの隠れ家にたどり着いた。その間、襲撃は一切なかった。タスクはあの場所から動けないのだろうか?

 隠れ家にはフジさんの大型バイクが止められていた。

「お久しぶりです」

 バイクの隣に立つフジさんに声を掛けると、いきなり深々と頭を下げられた。

「俺の不始末のせいでこんな事になってしまい、本当に申し訳ない」

「や、やめて下さいよ。別にフジさんのせいって訳じゃ」

「いや、俺がタスクの野郎をとっとと捕まえてぶちのめしておけばこんな事にはならなかった」

 珍しくアグレッシブな物言いをするフジさん。長年、追い続けていた管理者とはタスクの事だったのだろう。

「まーまー、二人共。まずは麦茶でも飲んで、頭を冷まそうや」

 さっちゃんに促されて、僕らは縁側に腰掛けた。

「ちょっと待っててな」

 パタパタと台所へとさっちゃんは行ってしまった。

「現在のタスクについて教えて欲しい」

 胡座をかいて座るフジさんはすぐさま本題に入った。

「αと呼ばれるナイフ使いの少女を連れていました。パスでも歯が立たないくらい強かったです」

「銃器に不慣れなパスとは言え、それよりも強いのか。管理者にそんな奴生き残ってたか?」

 フジさんは手を顎に当てて、考え込む。

「パスってそんなに強いんですか?」

 つい気になって関係のない事を聞いてしまった。

「本来の力が発揮できれば並みの管理者ではまず勝てない。だが、今は能力の大半を世界の停止に使ってるからな。銃器を使っているのは仕方なく、だ」

 素人目には銃の扱いに慣れていたように見えていたが違うようだ。

「弾丸に能力を込めて撃っているから蟲に通用しているだけで、銃自体は人が使っているものと何ら変わり無い」

「力の消費を抑えるためやからね」

 さっちゃんがお盆に麦茶の入ったガラスの容器とコップを持ってきてくれた。さらにはお饅頭もある。彼女はコップを僕らの前に並べてくれた。

「そうだったんですか。……あとタスクは突然現れたり、蟲を操った?ように見えました」

 僕がそう告げると、二人は考え込んだ。

「恐らく、倒されて活動が出来なくなった管理者、廃棄者と呼んでるんだが、から何か能力を奪ったんだろう。だが、蟲を操るのは通常ならありえん。俺たち管理者にとっては蟲は駆除対象で利用するなんて事は絶対にない。通常ならな」

「タスクちゃんはどうしてしまったんやろうなぁ」

 さっちゃんはボヤくように呟いた。

「以前は違ったのかい?」

「前にも言ったかもしれんけど、前のタスクちゃんの性格は真面目で気の小さい子だったわ。崩壊前後から少しおかしくなり始めたみたいなんや」

「奴の性格なんてどうでもいい。今まはパスを助けることが先決だろう」

 フジさんが話を本題に戻した。

「引き換えにロールバック・キーとパスの力を渡さなきゃならんのだろう?」

「その事なんですけど、鍵はありますけどパスの力はどうして?」

「世界を停めたのがパスなら、解除もパスにしかできんのよ」

「なるほど。そいうや、パスの力は僕の体へ移したとか言ってたけど、どこにあるんだろう?」

 僕は自身の体を眺めて、触って確認する。もちろん見つからない。

「パスちゃんはちゃんと君に渡しとるよ」

 そう言うとさっちゃんが僕の胸に手を置いた。そして何かを掴むような仕草をして引っ張った。すると彼女の指先には赤いビー玉が掴まれていた。

「あ……あの時か」

 パスにグレネードランチャーの弾を打ち込まれたことを思い出した。あの弾にはパスの力が込められていたのか。

「ずいぶんと乱暴な渡し方だなぁ。おかげで助かったけど」

 フジさんはビー玉をつまみ上げると、目を細めてしげしげと眺める。

「今のパスは管理者としての力を殆ど行使出来ない。タスクに力を奪われるのを避けたんだろうな」

 フジさんがビー玉を手にそう告げる。自分の全てを投げ打ってまで世界を守ろうとしていたのか。僕はパスの力が込められた赤いビー玉を見つめる。

「そしてこの二つがあれば、ウチでも世界を元通りに戻せる」

 さっちゃんはいつの間にかロールバック・キーの青いビー玉を手にしていた。縁側に赤と青のビー玉が転がる。

「ロールバック・キーを使ってから、パスちゃんの権限で静止を解除すれば、世界を元の姿に戻せるで?」

「パスと引き換えにしてまで世界を元通りにするつもりはないよ」

 僕がきっぱりと言うと、彼女はにっこり微笑んだ。

「やっぱ、男の子やね。うんうん」

 なぜか満足げに言うさっちゃんだった。


 タスクは何か準備があるとかで、どこかへ行ってしまった。私は変わらず、αと呼ばれた少女と大教室にいる。力の大半を失った私に出来ることは無かった。

「アンタ、人の頃の記憶とかあんの?」

 ただの興味本位で聞いてみる。

「あるよー。殆ど忘れちゃったけど」

 無視されるかと思いきや、αは素直に答えてくれた。

「お父さんもお母さんもお兄ちゃんもいたよ。みんな優しかった」

 意外な答えに虚を突かれた。もっと荒んだ生活でも送っているかと思ったが。

「でも、世界は優しくなかった。お父さんもお母さんも真面目な人だった。だから、あの時の他の人達を助けようとした。でも、変わりに死んだ。お兄ちゃんもずっとアタシのことを守ってくれた。けど、蟲さん達じゃなくて人間に殺された」

 崩壊時の騒動で両親と兄が犠牲になったのか。こればかりは責任を感じずにはいられない。私は世界の管理者なのだから。

「それは……ごめんなさい。私達、管理者のせいで」

「別にいいよ。だって、タスクさんが言う通りにしてたら、世界も家族も元通りに戻してくれるって言ってくれたんだよ」

 無邪気に笑うα。アイツはこんな子まで誑かして……。それほどまでに自身の望む世界を作りたいのか。管理者に世界をより良くする、という意志はあっても自身の思い通りにするという発想には至らない。どこで狂ったのか。

「それに、タスクさんはアタシを蘇らせた上に色んな力をくれた。これならもう二度と家族を失わなくて済むんだよ?そこまでしてくれたんだから、タスクさんに忠犬になるのは当たり前じゃん?」

 笑顔だが目は濁っていた。ああ、完全に視野が狭まっている。もはや自分の願望を叶えることにしか頭にないのだろう。その為なら何でもする。少し前の自分を見ているようだ。

 恐らく私がどんな言葉を掛けたところで、彼女の意思を変えることは難しいだろう。それでも、声を掛けずにはいられなかった。私と同じ間違いをして欲しくなかったから。

「私はそうは思わない」

 その言葉にαの笑顔が凍りついた。恐らく彼女にとって反対意見は攻撃としかみなされないだろう。

「単に……利用されている。そうは考えなかったの?」

 本当は私自身も他人に説教できないけれど。いや、間違いを犯したからこそ彼女の現状に口を挟みたいのかもしれない。

「だとしても!アタシにはそれしか残されていないの!あんたら悠久の時を生きる管理者と違って!限られた時間を家族と共に過ごしたい!たったそれだけの願いなんだよ!?」

 αの突然の激昂に言葉を失う。酷く感情が不安定になっているようだ。廃棄者の破片を無理に突っ込まれたせいだろう。

 αは苛立たしくナイフを壁に投げ付けると、教室から出て行ってしまった。壁に刺さったナイフが震えている。私はため息を付いてそれを見送る。

 ツギ君は大丈夫だろうか。


 生まれて初めて乗るヘリは思った以上にうるさかった。イヤーマフを付けないと耳がどうにかなりそうだ。ただ乗り心地は悪くない。たまにフワッとする感じはあるけれど、激しく揺れたりはしなかった。

 僕らはさっちゃんの操縦する大きなヘリ、CH-47Fチヌークというらしい、で目的地へと向かっていた。

 そんなものがさっちゃんの家の裏に隠してあったことに驚きだ。もっと言うと家の裏は何度も見ていたけれど、そんなものが隠してある様子は全く無かったはずだ。突然、現れたようにしか思えない。管理者ってすごい。

 今は突入に備えて、後部カーゴに取り付けられた椅子に座っている。フジさんはシートベルトをしっかり締めて、真っ青な顔で腕を組んでいた。先程から固く目を閉じたままピクリとも動かない。

「だ、大丈夫ですか?」

 隣に座る僕が声を掛けると、硬い表情のまま頷いた。あまり大丈夫そうではないようだ。

『あはは、フジちゃんも相変わらずやなぁ』

 無線内蔵のイヤーマフから、どこか楽しそうなさっちゃんの声が聞こえた。

『空飛ぶ乗り物が嫌なんて、おかしな子ね。仮に墜落しても、一人だけ生き残りそうなキャラの癖して』

 ああ、確かに。

『さて……もうそろそろやで』

 その声に僕は窓から外を覗く。先ほどの大学が見えた。そして黒い影もいくつも見える。向こうもこちらがまともに鍵を渡すと思っていないのだろう。全くもってその通りなのだが。

「行きますよ、フジさん」

「お、おう」

 ベルトを外し車に乗り込む。

 僕は運転席でハンドルを握る。フジさんが銃座についた。

 カーゴに置かれているのはハンヴィーと呼ばれる四輪駆動の装甲車だ。車体の上部にはM134ミニガンとかいうのが取り付けられている。要はガトリングガンだ。

 チヌークが着陸のため降下する。急な浮遊感にフジさんが息を飲むのがイヤーマフの無線から伝わってきた。

『ツギちゃん、無理したらアカンよ。無理して一番悲しむのはパスちゃんなんやから』

「………ああ」

 口ではそう言ったけれど、自分でも守れる自信はない。

『男の子やから仕方ないかぁ。フジちゃん、しっかり頼んだで』

『お、おう、任せとけ』

 心なしか声が震えている。怖いものなど無さそうなフジさんに意外な弱点があったとは……。緊張が少しだけほぐれた。

「フジさんにも怖いものがあったんですね」

『怖さを感じるから、勇気が生まれるんだ』

 いい言葉だと思うけど震え声だから様にならない。

 チヌークは大学から少し離れた位置に着陸する。構内にも十分なスペースはあったけれど、蟲以外にも何が仕掛けられているか判ったもんじゃない、とフジさんが言ったためだ。相手が相手だ。警戒し過ぎるという事はないだろう。

 道路の真ん中にチヌークは着陸し、後部ハッチが開いた。僕は慣れない左ハンドルに苦労しながら、チヌークからハンヴィーを降ろした。

『じゃ、上を旋回してるから。何かあったらすぐに知らせるんやで。すぐに迎えにいくから』

「ありがとう、さっちゃん」

『これが終わったら、みんなでウチの畑で採れた野菜食べような』

「死亡フラグ立てるのやめて……」

 不吉なことを言うさっちゃんだった。

 チヌークが飛び立った後、ちょうど携帯電話に着信があった。相手は見るまでもない。

「もしもし」

 イヤーマフを外してから携帯を取り出し、すぐさま通話のボタンを押す。

『やぁ、ツギ君かい?最後に確認しておこうと思ってね」

 予想通り掛けてきた相手はタスクだった。

『大人しく引き渡すつもりは無いんだね?』

「……僕はあなたことをよく知らない。ひょっとしたら、とても有能で世界も前よりも良くしてくれるのかもしれない」

『君が望むなら約束しよう』

「ただあなたは、自身の都合でパス達を裏切り、寝返った賛成派の管理者達も処理した」

『船頭多くして船山へ上る、と言うだろう?』

 自身の行為に、全く迷いも疑いも無かったからこその即答だろう。

「そんな奴を信用できると思うか?」

『管理者が互いに信用し合った結果が今の世界だと私は考えるがね』

 荒れ果て、蟲達が闊歩し、色彩のない殺風景な世界。パス達が必死に守ろうとした世界。いや、守りきれなかったのかも知れない。けど、パス達の頑張りが無かったらもっと酷いことになっていた。それは間違いない。

『私ならもっと上手くやれる』

 タスクの自信に満ちた声は、どこか夢想家が語る目標のようにも聞こえる。ああ、あれだ選挙前の政治家みたいな。

『まぁ、いいさ。君が鍵と解除権限の二つを持ってきていることは判っている。歓迎するよ』

「それはご丁寧にどうも」

 パスに何をするか判らないので、鍵と権限は持ってこざる負えなかった。歓迎が言葉通りの意味ではない事は明白だ。

『抵抗しても構わないけど、もし助かりたいのなら早めに教えてくれ。蟲達を止めるのが間に合わないかもしれないからね』

「肝に銘じて……あっ」

 言葉を途中でフジさんに携帯を取り上げられた。

「お前こそ助かりたいなら早めに教えてくれ。拳を止めるのが間に合わないかもしれないからな」

 それだけ言うとフジさんは通話を切った。

「やる事は決まっているんだ。うだうだ話してもしょうがない」

「それはそうですけど……」

 せめて最後まで言わせて欲しかったかな。フジさんは助手席からハンヴィーの銃座についた。

「よし、行くか」

 僕はゆっくりとアクセルを踏み込んだ。


 何とか逃げ出せないかと頭をひねっていると、タスクが教室に入ってきた。αを傍に従えている。先ほどのことをまだ根に持っているのか、彼女にすごい目つきで睨まれた。

「ツギ君達が来たよ。判ってはいたが彼は大人しくキーを引き渡す気は無いようだね」

 困ったツギ君だ。ロールバック・キーと私の解除の権限をサチに渡せば、元に戻れたのに。それでも、口元が緩んでしまう。

 タスクは慌てた素振りを見せないので、それも想定済みということだろう。管理者の全ての行動が筒抜けなのだから、当たり前か。

「ちょっとここは手狭だから、一緒に来てくれないか?」

「嫌だと言っても無理やり連れて行くくせに……」

「判っているなら、素直に来てくれた方が互いに有益だと思わないか?」

 私はタスクの嫌味に取り合わず、大人しく立ち上がった。両手に巻かれた鎖がじゃらりと鳴った。すぐさまαが私の背後につく。

「変な気は起こさないよ。起こす力も無いけどね」

 αは私の軽口に取り合わず、黙ってナイフを背中に突き付けた。完全に敵と認識されてしまったようだ。

 教室から廊下に出る。校舎内には何もいなかった。ただ、窓から外を見るとあちこちを蟲が徘徊している。いや、蟲だけじゃなく、感染した管理者の影がちらっと見えた。あれもタスクが操っているのか。

 恐らく何人もの管理者から奪った能力を組み合わせて操っているのだろう。蟲を操る能力に関してはよく判らない。管理者なら絶対に使用しない能力だから。

「とんだお山の大将だね」

 私が小さく呟いた。タスクは耳ざとく聞きつけ、こちらを振り返った。余裕を見せるための笑顔が少し引きつっている。

「何が言いたい?」

「別にー。何の努力もせず身につけた力で有頂天になってるのが面白かっただけだよ」

 αが背後で動くのを感じた。あ、これはナイフで刺されるな。

「待て」

 少しは冷静さが残っていたのか、タスクはαを静止した。そして、タスク自らの手で私の頬を張った。なんだ、自身で手を上げないと気が済まなかっただけか。

 私はタスクに視線を戻す。その顔にもはや余裕は残ってなかった。すぐさま我に返ったタスクは私に背を向け歩き出した。

 これはまだ付け入る隙があるかな。頬がじんじんと痛み出した。


 大学に近づくにつれて、蟲の数が増えてくる。ハンヴィーに飛びかかってくる蟲は全て跳ね飛ばされるか、フジさんの撃つM134の銃弾に吹き飛ばされた。さすが軽装甲車。どれだけぶつかっても平然と突き進む。

「銃は苦手なんだがな」

 フジさんは事前にそう言っていたけれど、難なく使いこなしていた。

 僕らは事前の打ち合わせ通り、大学構内へとハンヴィーをかっ飛ばす。作戦なんてほぼ無いに等しい。三人じゃ出来ることも限られているし、何よりもタスクにこちらの行動が筒抜けなのだ。どんな緻密な隠密作戦も意味がない。なら、真正面から乗り込んでパスを助けに行くだけだ。

 さっちゃんは戦闘能力があまり無いとのことなので、ヘリの操縦でここまで送ってもらった。パスを助け出したら、すぐさま回収してくれることになっている。フジさんは言うまでもなく、戦闘要員。僕は一応、車の運転を任されている。勿論、その後どうなるかはケースバイケースだけれど。

 僕はハンヴィーを突っ込ませて閉じていた正門の鉄扉を跳ね飛ばす。大きな衝撃を受けて車体がバランスを崩しかけたが、どうにかハンドルを操って押さえ込む。

 パスの居場所は予め、さっちゃんに占ってもらってある。僕らは最短距離でそこへ向かうだけだ。校舎奥にある体育館。そこにパスはいるとさっちゃんのおみくじには書かれていた。らしい。自分には読めないのでフジさんに読んでもらったのだ。

 と、校舎の玄関前に人が立っていた。明らかに無貌の蟲ではない。三人の男女だ。

 一人は巨大なチェーンソーを持った髭面の中年男性。作業着を着て、腰には鉈を下げている。背はそれほど高くないが、まくった袖から覗く二の腕は筋肉の陰影がはっきりと見える。もう一人はベストを着た長身痩躯の長髪男性。二つの銃身が縦に並んだ奇妙な銃を持っている。そして最後の一人は細目の和装姿の若い女性。手には薙刀。

 皆一様に表情がなく、瞳全体が真っ黒に染まっていた。

「停めてくれ」

 このまま突っ込むべきか、止まるべきか迷っていたところに、銃座から降りてきたフジさんが声を掛けてくれる。僕は急ブレーキを掛けて停めた。目の前の校舎の奥に体育館が見えた。

「アイツ等は……タスクの野郎、何かしやがったな」

 そう呟くとフジさんは車から降りた。僕も慌てて降りようとするが止められた。

「君はここで待て。すぐ終わらせる」

 僕は運転席で大人しく待つことにした。戦いのことを何も知らない自分に援護とか出来そうもない。

「久しぶりだな。元気にしてたか?……と言っても、聞こえてないか」

 フジさんは三人の廃棄者に呼びかける。反応は無かった。

「いっちょ、目を覚まさせてやるか。ほら、かかってこい」

 フジさんが構えると同時に三人が襲いかかってきた。

 髪の長い男が変な銃を構え、引き金に指を掛けると即座に発砲した。その銃弾を紙一重でフジさんは躱す。銃弾は背後の校舎の壁に当たり、三〇cmほどの穴が開いた。とんでもない威力の銃だ。銃弾を躱すフジさんも大概だが。

 その間にもヒゲのおっさんと薙刀の女性がそれぞれの獲物を振りかぶり、フジさんに襲いかかる。フジさんは振り下ろされるチェーンソーをバックステップで躱す。地面に叩きつけられたチェーンソーはアファルトを大きく抉りとり、細長いクレーターができていた。

 さらに薙刀が突き出される。これも紙一重で避けたと思ったら、刃が変形した。三日月型の刃が三股の刃に変わり、フジさんの頬をわずかに傷つけた。

 フジさんは一旦、距離を取る。

 武器を持った相手に三対一。いくらフジさんと言えども分が悪すぎる。何か出来ることはないだろうか。僕はハンヴィーの上部に設置されているM134を思い出し、銃座に取り付いた。さっきフジさんが使ってそのままになっていたから、すぐに使えるだろう。両サイドに取り付けられたグリップを握る。……どこが発射のボタンなんだろう?

 と、視線?殺気?予兆?とにかく嫌な感じがして手を離し、咄嗟に銃座から降りた。直後、爆音とともに銃座が吹き飛んだ。恐る恐る顔を出すと、奇妙なライフルを持った長髪の男がこちらに銃口を向けていた。上の銃口から硝煙が立ち上っている。

「余計なことはしなくていい!」

 フジさんが叫ぶ。僕はすごすごと運転席へ戻った。慣れないことはするもんじゃない。

 そうしている間にもフジさんは二人の廃棄者と戦っている。とはいえ防戦一方だ。無手のフジさんは攻撃を受けることも出来ない。とにかく躱し続けるしかなかった。しかし、完全には避けられず小さな傷が徐々に増えてるようだ。

 そうしている間にも長髪の男はボルトハンドルを引き、排莢・装填を行った。再度、フジさんへ銃口を向けるも、彼は射線が他の廃物者を盾になるように立ち回っている。長髪の男も正気を失っているようだが、味方ごと撃つなんて真似はしないようだ。

 和装の女性が操る薙刀は千変万化に形を変えながらフジさんを狙う。刃は紅葉の葉のように大きく広がったかと思えば、急に曲がりくねってフジさんの首を狙う。フジさんはどうにか躱したものの、バランスを崩しかける。追撃の刃が右の腿を軽く切り裂いた。一瞬、フジさんの動きが鈍ったところをヒゲのおっさんがチェーンソーを振り下ろす。あれでは避けられない。僕はフジさんが真っ二つにされる光景を想像してしまい、目を背けた。

 次の瞬間、響き渡ったのはフジさんの悲鳴でもなく、チェーンソーが肉を抉る音でもなかった。

 金属の破砕音。僕が視線を戻すと、恐ろしいことにフジさんは両の拳で挟み込むようにチェーンソーのガイドバーを叩き壊していた。バラバラになったソーチェンが飛び散り、フジさんの体に無数の傷つける。しかし、全く表情を変わらなかった。

 ヒゲのおっさんが壊れたチェーンソーを捨て、腰のナタに手を伸ばすが、その前にフジさんの拳が顔面を捉えていた。右ジャブの2連打、左フック、右ストレート。ボクシングのお手本のような動きだが、威力は桁違いだ。特に最後のストレートは強烈だったようで、車に跳ねられたかのように数mぶっ飛んでいった。

 和装の女が薙刀を横へとなぎ払う。フジさんは大きく踏み込むと肘打ちで迎え撃つ。狙うは刃ではなく柄の部分だ。薙刀は柄の部分から折れてしまった。怯む和装の女にフジさんは容赦なく回し蹴りを放った。腹を蹴り飛ばされた女は銃を構えていた長髪の男にぶち当たる。明後日の方向を向いた下の銃口から散弾が飛び出し、校舎の壁に数百の穴を開けた。あれは上がライフルで下が散弾銃だったのか……。それが使いやすいかどうか素人の僕には判らなかった。

 ヒゲのおっさん、和装の女は意識を失っているのか全く動かない。長髪の男は体を起こし落とした銃を拾おうとしている。が、フジさんに肩を掴まれ、振り返ったところで鉄拳を顎にくらい昏倒した。

 武器を持った相手三人に素手で制圧しちゃったよ、この人。あの三人がどれだけ強いのか判らないけど、それよりも遥かに強いのだろう。対管理者というのも頷ける。

「よし。おーい、ツギ。ちょっと来てくれ」

「は、はい」

 僕はケタ外れの強さを持つフジさんに驚きつつ、車から降りた。相当、強いんだろうな、と漠然と思っていたけれど、ここまでとは。

「いやぁ、三人が本来の力を発揮出来なくて助かった」

 そんなことを言いながら、フジさんがヒゲのおっさんを引きずって他の二人の傍に転がす。傷だらけではあるけれど、余裕をもって倒したように見えたが。実際はそうじゃなかったようだ。

「ホントはもっと強いんですか?」

「タイマンならともかく複数同時じゃ、俺も勝てるかわからん。ただ、タスクが操ってるのか知らんが、動きも技もチグハグだ。彼らの能力を知っていても、実際に使ったことは無かったんだろうな。それより」

 フジさんが三人の廃棄者を見下ろす。

「こいつらを治してくれ」

「えっ、またですか?今倒したばかりなのに……。でも、どうやって?」

「いつものように布被せればいいんじゃないか?」

「そんな大雑把な」

 とは言え、自分も治す時は布を被せて縫い合わせることしか、やってこなかったけれど。まぁ、ロールバック・キーも同じように治せたから、いけるかもしれない。

「タスクがどうやって操っていたか判らんが、君の力で治せば、元通りになるだろ。たぶん」

 僕はポーチから布を取り出し、三人に掛けた。前にも思ったが、死体に布を掛けるみたいで、ちょっと複雑な気分だ。本当は今から治すのに。ついでに壊れた武器にも被せておいた。

「僕の力って何でも治せるんですかね?」

 ものすごく今更なことをフジさんに問いかける。

「少なくとも前任者のリカはそうだった」

「あ、リカさんのことも知ってるんですね」

「何度か顔を合わせた程度だがな……と、お喋りしてる時間は無いようだ」

 フジさんが身構える。視線の先には蟲が一匹、二匹……いや、どんどん集まってくる。あっという間に数十匹の蟲に取り囲まれた。

「こいつらもタスクが操ってるんですかね?」

「たぶんな。……ここは俺が食い止める」

「でも」

 蟲達は今にも襲いかかってきそうだ。数もまだまだ増え続けている。

「そこで寝てる連中も管理者だ。目を覚ませば共に戦ってくれるだろう。君はパスを助けてやってくれ。何、こっちが片付いたらすぐに向かう」

「僕は……戦う術を知りません。僕一人でパスを助けられるかどうか……」

「前にも言っただろう。君は人であり管理者でもある。戦う術は無くとも、管理者としての力はあるじゃないか。あとは知恵とほんのちょっとの勇気があればいい。……君は何のためにここまで来たんだ?」

 フジさんの言う通りだ。僕はパスを助けるためにやってきたんじゃないのか。僕は自分の両頬を手で叩いて自身に激を入れる。

「わかりました。お願いします」

「よし、任せておけ」

 僕は後ろを振り返らず、近くの校舎へ駆け込んだ。この校舎から体育館へ繋がっているはずだ。

「とにかく、パスを助ける。タスクを倒すとかどうとか、は二の次だ」

 口に出して目的を再確認する。よし。僕は誰もいない廊下を駆け出した。コートの中に吊るしたアレがちょっと重かった。

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