第44話 流れ弾

 天井に届くほどにまで膨らんだビー玉が砕け散り、中から化物が姿を見せる。


 それは入学式の日に、体育館で見たティラノサウルスに似た化物。


「セーフティは解除してある。安心して死ぬと良いよ」


ーーGrooooooooooo!


 柳の声に応えるかのように、化物が甲高い叫び声をあげていた。


「将吾、時間は?」


「20分ある。俺はここを離れられねーぞ?」


「わかってる。任せておけ」


 将吾に助けられたらあの時とは、違うからな。


 そんな言葉を飲み込んで、俺は迫り来る化物目掛けて走り出した。


 拳銃を消して盾を構える。


 かみ殺してやるとばかりに迫る化物の牙が、盾とぶつかり合って、体全体に強い衝撃が駆け抜けていった。 



 足下に"力"を集めて、吹き飛ばされそうになる体を必死に押さえ込む。


「ふっ!!」


 下からすくいあげるように、化物のあごを盾ではじき返す。


 化物の顔が少しだけ上向きにずれて、俺の背後から放たれた2発の銃弾が、大きな瞳を打ち抜いた。


――Gyaonnギャン


 思わずと言った様子で、ヤツが後ろに下がる。


 左目を榎並さんが。

 右目を結花が打ち抜いていた。


 盾を消し去り、手の中に巨大な剣を"発現"させる。


 目から血を流し、悶え苦しむ化物の右足目掛けて切っ先を突き立てた。


 骨と骨の間を突き抜けて、剣が地面に突き刺さる。


 振り回させる尻尾が立てた砂ぼこりに目を細めながら、もう1本の剣で左足を地面に縫いとめる。


「足くらいは良いわよね?」


 背後から聞こえる銃声に続いて、小さな銃弾が俺の横を通り過ぎていった。


 化物の足と尻尾の隙間を抜けて、銃弾が砂ぼこりを切り裂いていく。


「ぐぁっ!!」


 その向こうから聞こえてきたのは、柳の悲鳴。


 砂ぼこりの先で、柳が膝を押さえてうずくまっていた。


「あら。化物を撃つつもりだったのに、流れ弾が当たって仕舞ったわ」


 愉快そうに榎並さんが肩をふるわせて、銃口から立ち上る硝煙を吐息で吹き消している。


「流れ弾、ねぇ……」


「あら、疑って居るのかしら?」


「いや、そんな事は無いさ。流れ弾だな」


 小さく振り向いて、榎並さんと笑い合う。


 彼女の隣では、お気に入りのドクロに乗った結花が、詠唱を終えていた。


「さすがにそれの流れ弾はまずいから、化物だけにしといてくれ」


「……ダメ、ですか?」


 コテリと首をかしげた結花が、可愛らしく俺を見上げているが、さすがに殺すのはな……。


「真相究明は必要だからな。それに俺たちは裁判官じゃない。人を裁く権限はないだろ?」


「……そうですね。わかりました。それじゃぁ――」


 結花が愛用の杖を化物目掛けて振り下ろす。


 頭上で浮かんでいた巨大な火の弾が、化物目掛けて飛んでいった。


 視界は奪われて、足も地面に縫い止められている。

 そんな状態で、結花の魔法を回避出来るはずもない。


 吠え続けて居た巨大な口の中に、火の玉が入り込み、腹の中から化物が燃えさかる。


 焼け焦げる臭いと、肌を焼く熱を残して、化物が小さな玉へと戻っていった。


「それで、柳さん。今のが切り札って訳じゃないんでしょ?」


 地面に刺さった剣を回収しながら、柳に問いかける。


 かつて報酬にと提示された"魔女の秘薬"をポケットから引っ張り出した柳が、苦い物を飲み干すように喉を鳴らした。


 榎並さんが打ち抜いた傷口が復元されていき、中にとどまっていた銃弾がコロンと転がり落ちる。


「やはり持ってたんですね。その薬を公表しないのはなぜでしょう? 沢山の命が救えると思いますが?」


「ふん、知れたこと。なぜ愚民ども命など救えたところで何になる? 我々だけが傍受出来れば良いのだよ」


 ニヤリと唇の端をつり上げた柳が、100を超えるような数のビー玉を地面へとばらまいた。



「実験はここまでにしておこう。君たちは殺処分だ。飼い主を殺そうとしたペットは死ぬべきだろ?」



 見渡す限りが膨れたビー玉に埋め尽くされて、ひどい圧迫感をもたらしている。


 柳の姿なんて、今はどこからも見えそうにない。


「……まずい状況かしら?」


「そうだね。将吾、時間は?」


「おん? まだまだかかるぜ? あきらめて逃げるか?」


「それも良いが、逃げ場は無いみたいだな」


 比較的小さなビー玉がひび割れて、翼のある化物が飛び立っていく。


 小型の翼竜とでも言うべき化物が、合計40体ほど。


 続けてティラノサウスやケルベロス、ミノタウロス、やまたのおろち……。


 見渡す限りの空間が、化物に覆われていた。


「結花、俺たちの前に火の壁を!!」


「はい!」


 大慌てで結花が詠唱に入るものの、発動までは時間が必要になる。


 唯一の逃げ場は背後にある穴なのだが、ネネの居ない状況で飛び込むのは気が引ける。


「……いや、飛び込ませたいのか?」


「どういう意味かしら?」


「ヤツは真っ先に上への逃げ道をふさいだ。それなのに翼竜たちを背後へ回り込ませないのは不自然じゃないか?」


「……」


 目的はわからないが、穴に飛び込むことが良い結果を産むとは思わない。


 だとすれば、


「手当たり次第に倒すしかないな」


「そうね」


 榎並さんがニヤリと笑い、詠唱を続けながら結花が頷いてくれた。


 手の中にあった盾を消して、背丈よりも長い剣に切り替える。


「剣はあまり得意じゃ無いとか言ってる暇も無さそうだな」


 はぁ、と小さくため息を吐き出して、化物たちの先頭にいたツキノワグマ目掛けて走り出した。


 両手を大きく掲げた化け熊が、鋭い爪を前に襲い来る。


ーーそんなとき、


「なんだ……?」


 不意に化物たちが、一斉に動きを止めた。

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