第43話 ネネの街

「すぐに行動を始める。ネネくん、案内を」


「はいなのです!」


 宇堂先生の指示に従い、ネネが穴のふちに手を伸ばす。


 1歩、2歩と進み出た宇堂先生が、俺たちの方に振り向いた。


「もし完成までに戻らなければ、俺を待たずに穴を閉じろ。いいな?」


「いいわけないでしょ? でもそうね。もし間に合わないなら私もそっちに飛べばいいのかしら?」


「……そうだな。時間は出来る限り厳守しよう」


「あら残念。親友と異世界で生活するのも有りなのだけど、時間までは大人しくしている事にするわ」


「そうしてくれ。行ってくる」


 そんな言葉を残して、宇堂先生がネネとともに穴の中へと飛び込んだ。


 淡い光が2人を包み、宝石の町へと落ちていく。


「さてと。将吾、行けそうか?」


「あいよ。ちょいまちー……」


 1人だけ前へと進み出た将吾が、何かを探るように穴の周囲を踏みしめていく。


 そして不意に、肩がピクリと震えた。


「あった。……始めるぜ?」


「あぁ、よろしく頼む」


「うぃうぃー」


 這いつくばるように両手で表面の土をかき分けて、手のひらサイズの赤い宝石に手を触れる。


 背負っていた鞄の中から見覚えのない機械を取り出して、宝石の上へと押しつけた。


「閉鎖が可能になるまで30分くらいだぜ? それまでは宇堂先生の成功を祈ることと――」


「私の排除かね?」


 不意に頭上から声がした。


 全員で将吾の周囲を固めて、天井の穴を見上げる。


「やぁ、どうも。お邪魔するよ」


「柳……」


 細いワイヤーに足を掛けた柳が、昼下がりのひとときを楽しむかのように、優雅に笑っていた。


 ゆっくりとワイヤーが下ろされて、柳が地面に足を付ける。


 俺を先頭に全員が位置を変えて、銃口を柳へと向けた。


「おやおや、これは手荒い歓迎だね。宇堂くんは穴のしたかな?」


「……あぁ、おまえが使い捨てた少女を拾いに行っている最中だ」


「おやおや、そうなのかい? ……えーっと、それは、どの子かな? あいにくと、心当たりがありすぎてね。実験体の番号で教えてくれるとありがたいよ」


「……」


 俺の顔を見て、くくくっ、と肩をふるわせた柳が、将吾の方へと視線を向ける。


 口元からニヤリとした笑みが消え、その瞳が小さく見開いていた。


「橘の研究か」


 小さなつぶやきに続いて、柳が1歩だけ前に出る。

 それを押しとどめようと、俺たちは彼の額に銃口を向けて、拳銃を握りなおした。


 足を止めた柳が、俺たちの背後に視線を向ける。


「橘の孫だったかな? 自分が何をしているのか解っているのかね?」


「あん? 理解も何も、穴を閉じようとしてるだけだろ?」


「……愚者なのかい? その穴が産む利益はーー」


「はっ、そんなもん知るかよ。悪いが爺さんの頼みでな。俺ってば、いい孫だろ?」


 作業のじゃまをするなとばかりに鼻で笑って、将吾は機械の操作を再開した。


 柳がふと視線をあげて、向けられた銃口に視線を向ける。


「君たちも同意見かね? あの穴は人類に繁栄をもたらすものだ。それを埋めると?」


「えぇ、まぁ、そのつもりです。今は、ですが」


 柳さんに聞いておきたい事がありましてーー。


 そう切り出した俺の言葉に、柳が怪訝そうに眉をひそめた。



「柳さんたち国の上層部は、俺たちに“力”を覚えさせて、ここの解析を進めたかった。そうですね?」



「あぁ、その通りだよ。それがどうかしたのかね?」


「いえ、確認ですよ。将吾も橘理事長も信頼出来ますが、盲目に信じるのは違いますから」


 口の中で小さく笑って、俺は柳に向ける拳銃を握り直す。


「問題はその後ですよ。解析を進めて、“力”を蓄えて、どうするつもりですか?」


「おや、それは意味のある質問かい? “力”のある者が次にすることなど決まっているだろ? 支配だよ」


 口元をゆがませた柳が、穴の下にある宝石の町を流し見る。


 両手を大きく広げて、楽しげに笑って見せた。


「このビルも、もとは魔物の巣窟でねぇ。それが今では、3階までの“支配”が終わったよ。


 素晴らしいと思わないかな?


 ここを分析して“力”を得た。宝石の町も我々に“力”をもたらすのだよ。次は簡単そうだ。知性のある者を監禁でもすればすぐに新たな“力”が得られそうだ」


 どこまでも傲慢で、どこまでも排他的に、


「人類は常に進化している。我々こそがこの世界を支配するにふさわしいと思わないかね?」


 すべてを見下すような色を瞳に浮かべた柳が、楽しげに笑い続ける。


 自分こそが神だとでも言うような、そんな仕草。


 やはり彼を好きになることなど出来そうもない。


「おっと、忘れていたよ。これもこのビルの成果だったね」


 そんな言葉と共に、柳がポケットからビー玉を投げ捨てた。


 柳がその場を飛び退いて、ビー玉から距離をとる。


「なるほど、化物は俺たちを支配するために使うんですね」


「その通りだよ。ちなみにだが、支配する我々に君たちは含まれて居ない。支配は特権階級だけに許された“力”だからね」


 膨れ上がるビー玉の向こうから、不快な声が聞こえていた。


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