第42話 ネネちゃん

「なるほど、つまりネネちゃんは めぐみさん に助けられたんだ?」


「はいなのです。めぐみお姉ちゃんは、悪徳商人をお金で退治して、ネネにごはんをくれたのですよ」


 柳から依頼された任務を終えてから3日目が過ぎたその日。


 俺や結花、榎並さん、将吾に宇堂先生というあの時と同じメンバーにネネを加えた6人で、薄暗いビルの中を奥へと進んでいた。


「ネネちゃん、周囲の警戒とかは大丈夫なのかな? 俺が先頭に立っても良いんだよ?」


「んゅ? 先頭は奴隷の仕事なのですよ? それにネネの索敵スキルはすごく広いので、めぐみお姉ちゃんにも褒められるのです」


「……そっか、それじゃぁ、お任せしようかな」


「はいなのです! あっ、こっちなのですよ」


 時刻はお昼の2時を少しだけ過ぎた頃。


 平日と言うこともあって、隣の教室では座学の授業中だろう。


 生徒が大勢いる時間なら、自衛隊は動かない。


 そんな思惑から、この時間を選んでいた。


 周囲に気を配る俺たちを後目に、先頭に立ったネネが、軽快な足取りで先へと進んでいく。


 ビルの中は夜中に来たときと変わらないらしく、階段から見える風景もあのときのまま。


『この子は“ビル”の先にある世界の子だと思うわ。めぐみもそこに居るなら、行くしかないわね』


 そう語った榎並さんは、列の中央で拳銃を握りしめて、暗闇が広がる廊下を鋭い瞳で見つめていた。


 榎並さんたちが記憶を失ったその日、彼女はこのビルの中で、巨大な穴を見たと言う。


 穴の先には、日本とは一目で違うとわかる世界があって、ちょうどネネのような角を持つ人々の姿も見えたらしい。


『実験って言われて体に埋め込まれた“力”が暴走したのは、その直後だったわ』


 激しい爆発に全員が吹き飛ばされて意識を失い、めぐみさんだけが穴の中に落ちてネネと出会ったのではないか。


 榎並さんだけではなく、話を聞いた宇堂先生も同じような結論を下していた。


「死にたがりの成川はどうでも良いのだけど、水谷さんは本当に良かったのかしら?」


「えっと、何がですか?」


「あなたの目的は達成済み。ここに来る必要は無いはずよ?」


 ネネの小さな背中を追いかける中で、背後からそんな会話が聞こえてくる。


 足を止めないまま小さく振り向くと、視線をうつむかせた結花と肩を並べる榎並さんの姿があった。


「あの子が持っていた#回復薬__ポーション__#でお母さんは治った。違うかしら?」


「……はい。経過観察は必要だけど、見違えるほど良くなってる、ってお医者さんにも言って貰えました」


「だったらーー」


「だからこそ、ですね。足手まといかもですけど、絶対にお手伝いします」


 たとえ殺されそうになっても撤回する気は無い。


 普段通りの結花の姿に、小さな笑いが漏れた。


「……そう、……もし死ぬなら、ひとりの時にしなさい。良いわね?」


「わかりました。がんばります」


 ふふっ、と結花が表情をやわらげて胸に下げたドクロに手を触れる。


「ぁー、爺さんから連絡来てた。柳が動き始めたってよ。陽動はするけど急げってさ」


「こちらにも連絡があった。精鋭部隊に命令が下りたようだ」 


 殿を勤める2人から声が飛ぶものの、このままネネの案内に任せる他に道はない。


「到着したのです」


「……ここが?」


「はいなのです。エレベーターを使えばすぐなのてすよ!」


 何の変哲もない廊下の中央で立ち止まり、ちょこんと置かれていた手のひらサイズの石を指差して、ネネが微笑んでいた。


「行くのです!」


 ネネが石に手を触れると、地震のような揺れが俺たちをおそった。


 体が淡い光に包まれて、ひび割れた床が崩れ落ちていく。


 光の玉が俺たちの体を包み、ポッカリとあいた穴の中へと落ちていった。


 体は金縛りにあったかのように動かない。


「あー……、声は出せるんだな。これがエレベーターか?」


「はいなのです。上にも下にも行けるのですよ」


「そうか……」


 ふと足下を見れば、次の階の床が崩れ落ちていた。


 1階、2階、3階と、俺たちの体がビルの中を進んでいく。


 周囲は薄暗いばかりで見渡すことなど出来ないが、どの階層も作りは変わらないらしい。


 時折何者かの遠吠えが聞こえるものの、姿を見ることは無かった。


「着いたのです」


 落ち続けていた感覚がなくなり、足先がふわりと地面に降り立つ。


 見えるのは、むき出しの地面と、崩れ落ちたコンクリートの破片たち。


 隕石の衝突で出来たクレーターに、コンクリートの天井を取り付けた。そう表現したくなるような場所だった。


 地面から生えているのは、水晶か、ダイヤモンドか。


 ルビーやサファイア、トルマリンなどに似た半透明の物体が、タケノコのように地面から延びている。


 そんな場所の中央には、空間を切り取ったかのような穴がポッカリとあいていた。


「みなさんのおかげで帰って来れたのです」


 見ているだけで不安をあおるその穴を見つめて、ネネがほっと安堵の息を吐き出した。


 恐る恐る穴の中をのぞき込むと、5センチくらいの厚みの下に、夜空が広がっていた。


「なんともまぁ……。あれがネネの町なのかな?」


「はいなのです。あの大きなお城にお姉ちゃんも居るのですよ」

 

 ネネが指差した先にあったのは、全体をルビーで作ったかのような、光り輝く宝石の建物。


 周囲の家々も宝石らしきもので出来ており、よく見れば、庭に生える木々や草花も宝石で出来ているように見えた。


「いや、むしろ逆か?」


 木々が宝石だから、それを素材にした家も宝石なのだろうか?


「幻想的できれい……」


 穴の中を見つめた結花が、ほぅ、と吐息を漏らしていた。


 まぁ、理屈なんて今は脇に追いやろう。


「ここに飛び込めば良いのかな?」


「はいなのです! でも……」


 不意に見上げた彼女に釣られて、思わず視線を天井へと向ける。


 そこには俺たちが降りてきた巨大な穴があって、他はもはや見慣れたコンクリートの天井だった。


「??」


 視線を戻したものの、ネネは天井の穴を見上げたまま。


「……誰かが降りてきてますです」


 そんな言葉と共に、将吾のポケットから呼び出しを告げる電子音が鳴り響いた。

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