第37話 ニューヒロイン!

『ニューヒロインは魔法少女!!』


『【祝】スーグラさん復帰!』


 深夜の動画撮影から一夜あけたお昼過ぎ。


 防衛省の柳に呼び出された俺は、あの日と同じように、キラキラと輝く豪華なシャンデリアに照らされていた。


 高級ソファーに身を沈めた柳が、手元の資料を片手に、小さく視線をあげる。


「最下位から9位に上昇か……。ひとまずはおめでとうと言っておこう」


「ありがとうございます。すべて柳さんのおかげですね」


 嫌みだとしか思えないほめ言葉に、こちらも口元を吊り上げて笑って見せた。


「ふん。肩を撃たれたと言うのに、相変わらずのようだな」


「はて? 撃たれたというのは?」


 わざとらしくとぼけてみる。


 特別隠している訳でもないが、誰それ構わず言って回った訳でもってない。


 転んで怪我をしただけですが、なにか? そんな顔で柳の瞳を見返してやった。


 少しだけイラッとしたのか、柳が目尻を小さく吊り上げる。 


 そして小さく息を吐いた。


「……まぁいい。本題に入ろう」


 手元の資料をテーブルに滑らせて、背もたれに体を沈ませる。


 指先を組み直し、俺の顔を睨むような目付きで見上げていた。


「快気祝いだ。受け取れ」




 小さく肩を震わせた柳が、そばに控えていた秘書らしき女性に視線を向ける。


「失礼します。こちらをお受け取りください」


 足音も無く近付い来た女性が、鞄の中から1枚のカードを差し出した。


 表面に描かれているのは、防衛省のマークだろうか?


 柳の名刺にも描かれていた、地球を両手で包み込むようなイラストが大きく描かれている。


「どうぞ」


「…………」


 なんとも嫌な気配しか感じ無いが、差し出している彼女に罪は無い。


 このまま意地を張り続けても、意味はないとも思う。


「どうも……」


 小さく会釈をして受け取ると、彼女はそのまま壁際へと下がっていった。


 素材はプラスチックだろうか?


 クレジットカードを五枚ほど束ねたような厚みがあって、なんともガッチリとした造りに成っている。


「次のステージに行けるパスポートだ。無くさないように」


 コーヒーで喉を潤した柳がそんな言葉を口にする。


 次、次と言うのは??


「おや? その反応は未だに聞かされて居ないのか」


 柳の唇が少しだけ吊り上がって見えた。


「訓練の次は、本番。小学生でもわかる話だな。キミを本当の戦いに招待しよう」


「…………」


 手の中のカードを握りながら、柳の瞳を見つめ返す。


 相変わらず会社員時代の上司を思い起こさせる嫌いな色が、柳の瞳に浮かんで見えた。


 視界の端に写る橘さんが、申し訳なさそうに視線を小さくうつむかせている。


『命をかけてもらう』


 そう言葉にしたあの時と同じような、どことなく寂しそうな雰囲気が滲み出ていた。


 本当の戦い、ねぇ……。


「これまでと何が変わりますか?」


「そう大きくは変わらないさ。命を落とす可能性、それが増えるだけだな」


「なるほど」


 暗殺の話しを持ち出した直後に、命をかける仕事の話し……。


 はじめて会った時にも思ったが、やはりこの男とは仲良くなれないようだ。



 ニヤリとした嫌らしい笑みで肩を小さくふるわせた柳が、秘書らしき女性に視線だけで指示を出す。


「ん……?」


 程なくして、俺の手元に1通のメールが浮かび上がった。


――――――――――――――


クエスト依頼


特殊部隊の補助、及び助攻を要請する。


詳細は現地で聞く物とする。


――――――――――――――



「キミには防衛省から正式な依頼を受けてもらうよ。動画の撮影は無いが、おおよそは同じような物だ」


 そんな言葉と共に、柳が優雅な手付きでコーヒーに口を付ける。


 ホッと息を吐き出して小さく目を閉じた彼の姿に、苛立ちを覚えて仕方が無い。


 どこまでも一方的で、自分が優位だと疑わない、そんな動き。


「俺に拒否権は?」


「むろん有るさ。だが、断っても良いのかね?」


 ニヤリと唇を吊り上げた柳が、懐から何やら小さな小瓶を取り出した。


 透明な瓶の中に、淡い光を放つ液体が揺れている。


「それは?」


「成功報酬だよ。まぁなんだ。キミにわかりやすく言うなら、回復薬ポーションと言ったところか」


 含みのある笑みを浮かべて、柳が小瓶を机の上にコトリと並べた。


 そしてなぜか、口元をゆがめて、わざとらしく小首をかしげて見せる。


「おっと、今朝の会議で別の名前に決まった事をすっかり忘れていたよ。『魔女の秘薬』そう呼んでくれるかな?」


 もう一度肩を震わせて、柳がコーヒーカップに手を伸ばす。


「それでだが、キミのペア、名前は何だったかな?」


「…………」


 小さくコーヒーに口をつけながらも、その瞳は俺の様子を見続けていた。


 いやー、歳のせいか物忘れが酷くてな、などと柳がのたまう。


「どんな病気でも治してしまうそうだ。どうだね? 欲しくは無いかな?」


「…………」


「気に入らないのなら『魔法少女の秘薬』に名前をかえるかね?」


 思わず拳を叩きつけたくなる柳の顔の向こうに、結花の優しい微笑みが見えた気がした。


 昨日の動画を見て貰って、手にした給料を置いてくると、彼女は嬉しそうに笑っていた。


 妹たちに美味しいステーキをご馳走してきますね。

 弾む声でそう言い残して、結花は電車に乗り込んだ。


「ここだけの話しだが、現代医学じゃ治せない病気も治るらしいね」


 心底楽しいとばかりに、柳がニヤリと笑っている。


「そう、ですか……」


 中身の無い言葉が、俺の口から漏れていた。


 結花に母の容態は訪ねていない。


 ゆえに何も知らないが、聞けばすぐにバレる嘘など無意味だろう。


 魔女の秘薬、魔女に成りたいと願った少女、現代医学じゃ治せない病気。


 ふー……、と大きく息を吐いた柳が、ゆっくりとした動きで、眉間のシワを指先でもみほぐす。


「それで? 間に合うのかね?」


「え……?」


 聞こえて来た言葉に、思わず声が漏れた。


「私との賭を忘れた訳ではあるまい? 期限は近いが、間に合うのかね?」


「…………」


 約束の学期末テストまで残り1ヶ月。


 昨日の評判は良かったとはいえ、俺のケガのせいでかなり出遅れている。


「キミの答えを聞こうか」


 意地の悪く口元を吊り上げた柳が、小瓶の蓋をコンコンと叩いていた。



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