第36話 Cランクを進む道

「誰もいない、な……」


「はい。不思議な物音もないです」


 すこしだけ小さくなった結花のドクロと背中を合わせて、俺はホッと息をはく。


 ほんの少しだけ高い位置にいる結花と視線を合わせながら静かに頷いた。


 チラリと流し見た手元の画面も、周囲と同じように静まりかえっている。


「始めちゃいますね」


 そんな言葉と共に、結花がすー……、と息を吸う。


 大きなドクロの上に座りながら彼女が杖を持ち直すと、不意に淡い光があふれ出した。


 光は次第に2つの塊に別れて、大きな羽へと姿を変える。


「「キュァ!」」


 中から出てきたのは、2匹のコウモリ。


 この1ヶ月で会得した、結花の使い魔たちだった。


「シロちゃんは前で、ツキくんは後ろをお願い出来る?」


「「キー!」」


 了解、とでも言うように、1匹が俺たちを先行して前に出る。

 もう1匹が背後へと回ってくれた。


「明るくしますね」


 結花が軽く目を閉じて、ふぅー……、と細く息を吹きかけていく。


 キラキラとした光りがコウモリたちの周囲を回り、提灯のように周囲をぼんやりと照らしてくれる。


 物がなくなったロッカーに、ホコリだらけの机。

 そこにはやはり、モンスターの姿はなかった。


「1階からしらみつぶしだな」


「そうですね」


 コウモリ、俺、結花、コウモリ。

 そんな順番でビルの中を進んでいく。


 1階が終わり2階へ、3階へ……。


 ガランとした部屋が各フロアに4つずつあるらしく、すべてを順に見て回った。


 そして、4階に続く踊場で思わず足を止めて上を見る。


「ひぅっ……」


「あー……、なるほど。殺気を隠す気もないわけか」


 そこから先に見える空間が、他とは明らかに違って見えた。


 嫌な緊張感が背筋を流れていく。


 背後でドクロに乗る結花も、顔を青くして杖の影に顔を隠していた。


「さてと、ここからが本番だね……」


 拳銃を軽く握りなおして、ゆっくりと階段を上っていく。


 曲がり角の壁に張り付きながら、チラリと先に目を向ける。


 見えてきたのは、これまでと変わらない長い廊下と壁際に寄せられたダンボールの数々。


 その先に、赤黒い甲冑に身を包んだ化物の姿があった。


 見るからに敵意を放つソイツの手には、巨大な2本の剣が握られている。


『結花、見えたか?』


『はい。ドローンのカメラが捉えてくれました。闇騎士と呼ばれるモンスターですね』


『騎士か……』


 どう見ても堅そうな鎧に、重たそうな2本の剣。


 廊下の天井にコウモリが張り付いたおかげで敵の姿をより鮮明に見れるようにはなったが、見れば見るほど強敵に見えて仕方がない。


(すげー、マジモンの化物)


(待ち受ける姿とか、中ボスっぽくね?)


(もしかして、魔女っ子のスカートをあの剣で……!?)


(衣服に切れ込みは常識!)


 流れるコメントもなかなかに盛り上がっていた。


 衣服を溶かす敵と戦った男のクラスメイトが、なかなかの視聴率を稼いだらしいが、さすがにそれは許容出来ない。


「本気で戦い、それでも見えるから価値があるんだろ!」


 ちょっとだけ熱くなりながら、俺は曲がり角を飛び出していく。


 騎士という割には構えすら取らない化物めがけて、俺は拳銃のトリガーを引き絞った。


「ーーちっ!!」


 初弾が兜にはじかれ、剣で切られて、身を屈めて避けられる。


 それでも構わずに、俺は前へと進みながら銃弾を撃ち続けた。


 幸いとでも言うべきか、赤黒い甲冑の化物は、その場から動かずに俺の攻撃を巨大な剣で受け続けている。


 その場から動けないのか、この程度の攻撃なら動く必要すらないのか。


 そのどちらであっても、俺としては好都合だった。


「これで沈んでくれると助かるんだけどね」


 化物の剣が届かない距離で足を止めて、手の中の銃を組み替える。


 “力”をまとわりつかせて、拳銃がらロケットランチャーへ。


 筒状の重たい銃身を肩に担ぎ直して、俺は叩き付けるようにトリガーを引いた。


 全身から“力”が吸い取られていく。


 ミサイルとでも呼ぶべき砲弾が、俺の手を離れて化物へと向かう。


 十字にクロスした巨大な剣に切られて、肌を焼くような熱が弾けた。


(やったか!?)


(ちょ、おまww)


(容赦ないなーww)


 煙に包まれた化物を見据えていると、視界の端にそんな文字が流れていく。


 背後からの風にもうもうとした煙りが流されて、化物の骨格がうっすらと見えてくる。


「無傷、ねぇ……」


 爆発前と変わらない姿でたたずむ化物の姿に、思わず苦笑がもれた。


(フラグ回収乙ww)


(知ってたwwww)


 視聴者たちにはうけたようだが、こちらとしては、今ので終わって欲しかった、と言うのが本音だ。


 離れた距離にいる俺ですら肌を焼くような熱さを感じたというのに、化物は鎧が少しだけすすけた程度。


 それまでは何もなかったヤツの瞳が、血で染めたような赤い光を放っていた。


「怒ってしまったのかな?」


 そう呟いてしまうような殺気が襲い来る。


 ヤツの足がガチャガチャと音を鳴らして、1歩、2歩と前に出る。


 そんな姿を正面に見据えながら、俺はロケットランチャーを消して、短い剣を“発現”させた。


 静かに腰を落として、切っ先を前に向ける。


「っ……!?」


 不意に化物の膝が大きく曲がり、ヤツの体が宙に浮んだ。


 振り上げられた巨大な剣が天井に突き刺さる。

 そんな物知ったことか、と言わんばかりに剣が俺の体に迫り来る。


 視界のすべてを奪うかのような剣の勢いに、慌てて横に飛んだ。


『竜治さん、大丈夫ですか?』


『あぁ、問題ないよ』


 少しヒヤッとしたけど、その程度だ。


 床に刺さった剣が持ち上がり、俺の体に向けられる。


 横薙ぎに振られた剣を床にへばりついて避け、次いで迫り来る2本目を小さく飛び越える。


 その勢いを利用して前へ。


「ふっ!!」


 右肩のつなぎ目に剣を差し込み、切り上げる。


 次いで兜の下に深々と差し入れる。


「裂けろっ!」


 剣に“力”を吸い込ませ、懇親の力で振り抜いた。


(手と首、とったどー!)


(すげー、さすがスーグラ先輩!)


 流れる文字を視界の端に入れながら、左の足に突き立てる。


 そして、慌てて化物から距離をとった。


(うぇ!? 死んでなくね!?)


(首なしで動いてんじゃん!!)


 ヤツの体が淡い光に包まれて、切り落とした手や首が宙に浮かび上がる。


「GOOOOOO!!」


 何もかもを憎むような声が、再びつながった兜から放たれていた。


 一度は切り落とした腕を大きく掲げて、剣が刺さったままの左足を前に出す。


 その姿を見詰めながら、俺は大きく後ろに飛び退いた。


「決めます!」


 背後から頼もしい声が聞こえて、ドローンたちが一斉に結花の姿を映し出す。


(太陽?)


 そう見間違えてもおかしくないほどの熱量が、彼女の周囲を回っていた。


 俺が放った砲弾とは比べものにならないほどの熱さを持った玉が、合計6発。


「倒れちゃってください!!!!」


 彼女が持つ杖の先が化物に向けられた。


 6発の太陽が俺のそばを通り過ぎる。


(剣が溶けた!?)


 十字に組まれた巨大な剣が、1発の太陽に包まれて消し飛んだ。


 右手、左手、右足、左足。


 そしてひときわ大きな1発が、兜と胴体を飲み込んでいく。


 隕石でも落ちたかのような瞬く光が駆け抜けた。


 消廊下に残されたのは、手のひらサイズのビー玉が1つだけ。

 

「……うん。クエストクリアですね」


 ホッとしたような微笑みを浮かべた結花の表情が、画面いっぱいに映し出されていた。

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