第35話 難易度Cランク
肩を撃たれてから1ヶ月が経ったその日。
「ここかな?」
「はい。……たぶんですけど」
学校から届いた案内に目を落とす結花と肩をならべながら、俺は明かり1つない5階建てのビルを見上げていた。
時刻は夜中の1時を少し過ぎたくらい。
場所も大通りからはずれているため、辺りにいるのは俺たちだけだった。
街灯から漏れ出る小さな音だけが、俺の耳に聞こえている。
――――――――――――――
受注クエスト
危険度 Cランク
――――――――――――――
手元には、そんな文字が浮かんでいた。
ペアを結成してから初めてとなるクエストは、真夜中の生放送。
ケガと特訓で1ヶ月も休んだ結果、学年で最下位となった俺たちに選べる唯一のクエストがこれだった。
何人ものクラスメイトを返り討ちにしたモンスターと、視聴者のいない時間帯に戦う。
言ってしまえば、最低賃金の夜間勤務だ。
だけどまぁ、不人気な方が下手に反応を意識しなくて良い分、復帰戦にはちょうどいいと思う。
少しだけ違和感の残る肩をゆっくりと回した俺は、スーツのポケットからサングラスを引っ張り出して瞳を覆った。
「始めようか。準備は良いかな?」
「わわっ、ちょっと待ってください」
手元の文字を消して、結香がわたわたと胸ポケットに手を伸ばす。
「……うん。大丈夫です」
妹たちからのプレゼントだと言うガイコツのキーホルダーをぎゅっと握りしめて、結花が小さく微笑んでくれた。
そんな彼女の頭に手を伸ばして、ふわふわの髪を優しく撫でる。
「普段通りの結花で大丈夫だよ。キミの可愛らしさを視聴者にも見せてあげよう。本当は俺だけの秘密にしたいんだけど、それはそれでもったいないからね」
「は、はい……」
手のひらの影で頬をほんのりと赤らめた結花が、すこしだけ視線をそらしながら頷いてくれた。
そんな可愛らしい彼女から視線を外して、ここまでガラガラと引っ張って来たキャリーバッグに手を伸ばす。
静脈認証に続けてボタンを押すと、パカリと開いたバッグの中から、4機のドローンがふわりと飛び立った。
ゆっくりと視線の高さにまで舞い上がり、俺や結花の周囲をグルグルと回り始める。
結香が右手を大きく掲げると、取り付けられたカメラが結花の姿をとらえた。
ドローンたちに赤いランプが灯り、結花がすこしだけ胸を張る。
「皆さん今晩は。1年2組の
普段通りの可愛らしい笑みを浮かべて、結花がカメラに向かって話しかける。
そんな彼女の姿を横目に手元を流し見ると、『閲覧数2人』と言う文字が浮かんでいた。
ーーまどか、まな、ゆい、お姉ちゃん、頑張るね。
そう小さくつぶやいて、結香がキーホルダーをふわりと浮かべる。
結香の体をキラキラとした光が覆った。
結花の足を覆っていた光が弾け飛び、光沢のある靴とひざ丈の靴下が見えてくる。
ふわりとした可愛らしいスカートと、おへそと肩に大きな切れ込みが入ったブラウスが、光の下から姿を見せた。
結香の胸元に光が集まり、可愛らしいリボンに姿を変える。
(おほっ、この子かわいい!)
(変身キタ━━(☆∀☆)━━!!)
視聴者からのコメントが視界の端に流れていく。
(キラン♪ キラン♪ キラン♪)
(いいよー、かわいいよー、キュートだよー)
視聴者は3人増えて、現在5人。
結香の手に大きな杖が握られて、彼女の体がほんの少しだけ宙に浮かんだ。
すかさずお尻の下に光が集まり、大きなドクロが姿を見せる。
自分の肩幅より大きなにドクロに結花がペタンと座り、空から落ちてきた大きな三角形の帽子を頭によいしょとのせた。
「変身完了ですね」
ずれ落ちそうな帽子をあわあわと手で引き戻しながら、結香が微笑む。
(セクシー! 最高!!)
(なんだろうこの胸の高鳴りは、もしかして恋い!?)
(大きな帽子がずれるとかあざとい! けど、嫌いじゃない!)
(結婚してください!!)
視聴者も5人から8人に増え、結花の可愛らしさに対するコメントが次々と流れていた。
そして不意に、耳元から結花の声がする。
『みんな喜んでくれましたね』
『これでつかみはOKかな。でも、本当に可愛いよ』
『あっ、ありがとうございます////』
視聴者に聞こえないように耳に付けたインカムで言葉を交わしながら、互いに頷きあう。
大きな空飛ぶドクロを巧みに操って、結花が俺の方へほんの少しだけ身を寄せた。
「竜……、じゃなくて、スーグラさん、ビルの様子を見てくるので地上の警戒をお願いしてもいいですか?」
「もちろん。気をつけてね」
「はい!」
パッと華やいだ笑みを浮かべた結香が、お尻の下にあるドクロを小さくなでる。
ドクロが淡い光に包まれ、星1つ見えない空へと上っていく。
(ちょっ、見える! 見える!)
(そよ風さんもっと頑張って!!)
(いいよ、ふとももがすごく良いよ!)
(向かい風に目を細める美少女(^ω^)ペロペロ)
4台のドローンたちも、彼女の周囲を回りながら、その可愛らしい姿を写し続けていた。
ドローンから送られてくる映像と、変態共のコメントを横目に見ながら、俺は手の中に小さな銃を"発現"させる。
その間にも視聴者は順調に増え続けていて、誰しもが魔法少女のような結香の姿に心を踊らせているようだ。
ちなみにだが、そよ風程度ではスカートの中は見えたりはしない。
血のにじむような訓練のおかげで、ギリギリを保てるようになっていた。
スカートをはためかせながら、結花がビルの周囲をゆっくりと見て回る。
(あのおへそをペロってなめたい)
(わかる)(超わかる)
どうやら視聴者には変態しかいないようだ。
だけど、まぁ、わからなくもない。
「スーグラさん、周囲には何も見あたらなかったです」
「そうか、やはり中に乗り込むほかないのか……」
側まで降りてきた結花と肩を並べて、ビルの入り口に目を向ける。
学校から預かった鍵をポケットから引っ張り出して、銃口を前へと向けた。
1歩、また1歩とビルに近付いていく。
コメントも視聴者の数も忘れて、息を潜めた。
ガチャリとドアを開き、体を滑り込ませる。
「異常は、ないよな……?」
「そうですね」
どこかの会社だったのだろうか?
ホコリが乗った小さな受付らしきものが、俺を静かに迎えてくれた。
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