第34話 魔女?
保健室で目覚めた翌日。
安全の確保が出来たから、と自宅に返された俺は、ベッドの背もたれに体を預けて、立て膝で座る結香の体を後ろから包み込んでいた。
ふわりとした髪と甘い香りが、目と鼻の先で揺れている。
温かさを感じられるほど近くに、彼女の体があった。
少しだけ自分の体を前に倒して、彼女の耳に唇を近付ける。
「もう少し後ろに倒れて良いよ。俺は大丈夫だから」
「えっと……。わかりました」
恐る恐るとでも言うように、彼女が体を倒してくれる。
肩越しに見える彼女の耳が、真っ赤に染まっていた。
そんな彼女のお腹に、俺の手が優しく触れる。
「んっ……」
もちろん服の上からなのだが、彼女のふっくらとした唇から、くすぐったそうな声が漏れていた。
ドキリと跳ねた心臓を気合いで押さえつけて、自分の腹のあたりにある“力”を両手へと引き上げていく。
「どうだ?」
「えっと、暖かい物が竜治さんの手から流れて来ます。全身がぽかぽかしてて、なんだかお風呂に入っているみたいです」
「その感覚を保てるか?」
「…………やってみます」
俺の腕の中で、結花がぎゅっと手を握った。
太ももや二の腕など、彼女と触れ合っている部分のすべてを使って、ゆっくりと“力”を流し込んでいく。
「キーホルダーはあるかな?」
「はい、ずっと持ち歩いてますから」
ふわりと微笑んだ結香が、胸ポケットからガイコツのキーホルダーを取り出した。
不意にガイコツから光が漏れて、全体が淡い光に包まれる。
「これって……??」
ハッと振り向いた彼女に、小さく笑いかける。
「今は気にしなくて良いよ。目を閉じてもらえるかな?」
「……わかりました」
前を向いた結花が、素直に瞳を閉じてくれた。
ギュッと握りしめた彼女の手をすり抜けるように、ガイコツのキーホルダーがふわりと宙に浮く。
常識を越えた現象を流し見ながら、俺はゆっくりと声を絞り出した。
「結花は"力"を手に入れて何がしたいのかな?」
「したいこと、ですか?」
「そう。もし俺に聞かれたくないのなら、心の中で思うだけでも良いよ」
「いえ、そんなことは……」
どこか慌てたように、結香が首を大きく横に振る。
それでも俺の言葉を守って、目は閉じたままま。
そんな彼女の動きに反応するかのように、ガイコツの光が強まっていく。
「私、魔女に、成りたいんです」
「魔女?」
そう聞き返したのは、純粋な疑問だった。
魔法使いではなく、魔女?
「はい。魔女です」
ふー……、と彼女が大きく息をして、小さく微笑んでいた。
「お父さんはずっといなくて、その代わりに頑張り屋の母と可愛い妹が3人いるんです。
……1年ほど前ですね。
母が過労で倒れちゃって。
それでもお金が必要だから、って働くのはやめてくれなくて、入退院の繰り返しです……」
「私と違って妹たちは優秀なんですよ?
次女のまどかは地元で有名な進学校のA判定をもらってて、
三女のまなも吹奏楽部のすごい賞をもらったって楽しそうに話してました。
1番下のゆいはまだ小学生だけど、デザイナーに興味があるらしくて、
私があげた色鉛筆で、ずっと洋服の絵を描いているんです」
「大学や専門学校に行かなきゃダメってことはないと思いますよ?
でも、もし行けるのなら、行った方が、
夢があるのなら、行きたい場所に行けた方が、幸せですよね」
「だから私は、魔女になりたいんです。
カボチャの馬車と綺麗なドレスを用意してあげられるような。
病気を治してあげられるような、
そんな魔女に」
彼女の頬に一筋の涙が流れていく。
ぎゅっと結ばれた唇が、小さく震えていた。
そんな彼女の前に、淡い光に包まれた、大きなガイコツの頭が浮かんでいた。
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