第26話 Eランクにお引っ越し

「ふー……、これで全部だな」


 今し方詰め込んだ荷物をパタンと閉じて、1ヶ月お世話になった部屋に視線を向ける。


 荷物はキャリーバックが1つだけ。


 準備開始から5分で、俺に与えられたスペースからは、生活感が消えていた。


 腰に手を当てて、ベットの二階に目を向ける。


「将吾、何か手伝うか?」


「いいよ、いいよ、こう見えて片付け得意だから――うわっ、なんだこれ、懐かしー」


「いや、ここに来て1ヶ月なんだから懐かしいも何もないだろ」


「そうなんだけどさー」


 あははー、と笑いながら、ベッドの上に乗った将吾が漫画やカードゲーム、DVD、お菓子やカップラーメンの山を段ボールに詰め込んでいた。


 たった1ヶ月で良くもまぁ……、とあきれて苦笑いすら浮かんでこない。


「手伝えることは?」


「んー……、ないな」


 そうは見えないが、本人の表情を見る限り、遠慮ではないようだ。


 無理強いする必要もないか。


「今更だが、ペア決めの途中で変えて悪かったな」


「あー、それなー。でもまぁ、あれはしゃーねーよ。オッサンが悪いわけじゃないし、むしろそれでこそオッサンって感じだもんな」


 気にしてねぇよ、とばかりに、将吾が大きく肩をふるわせていた。


「本当に申し訳ない。後で埋め合わせはさせてもらうよ」


「お? そんじゃーまー、霜降り肉か大トロな!」


 ベットの端から顔をのぞかせて、将吾がキリリと親指を立てる。


 冗談半分、期待半分。


 そんな笑みが浮かんで見えた。


「了解したよ。Sランクにでも成った時にな」


 ちいさく肩をすくめて、親指を立て返す。


「先に行くが、本当に良いんだな?」


「もちろん。短い間だったけど、楽しかったぜ。今後もよろしくな」


「俺も楽しかったよ。それじゃ」


 軽く手をあげて、俺は寮の部屋を後にした。



 ゴロゴロとバックを引き摺り、外に出る。


 出入り口を開くと、春の風に乗った桜の花びらが舞って行く。


「新しい家か、……将吾じゃないけど、なんかこう、ワクワクするな」


 胸一杯に息を吸い込むと、心臓の音が何時もより早い。


 年甲斐もなく、とも思うが、心の底から楽しみだった。


「さてと」


 新居は学校を挟んだ向こう側。


 ここからなら、学校を経由した方が早い。


 そう判断して進んだ先に、


「水谷さん……?」


 大きな荷物を横に置いた、少女の姿があった。


 正門に向かう街路樹の脇に、水谷さんが座り込んでいる。


 横にある荷物は、俺が運ぶ物よりも多いくらい。


 桜の木に背中を預けて、立てた膝に顔を埋めている。


 このまま見なかったことにしようか。


 そんな思いを胸に道を進むも、やはりその姿が気にかかる。



「こんなところで、どうかした?」



「……なるかわさん」


 見上げた瞳は、やはり涙で濡れていた。



 いつからここにいたのだろうか。



 頬は寒さで青白く見えるのに、鼻の頭だけが赤く染まっている。


 手の甲で目元を拭った彼女が、口元だけで微笑んで見せた。


「なんでもないんです。ちょっと落ち込んじゃっただけなので、気にしないでください」


「…………」


 ひどく無理をしているとわかる微笑み。


 突然消えてしまいそうな儚さが、目の前にあった。


 確かに落ち込んではいるのだろうが、彼女のすべてが不自然に見える。


 横に投げ出された荷物に視線を向けると、彼女が慌てて体の後ろに引き寄せた。


「えっと、これは……」


 彼女の視線が地面を彷徨っていく。


 口を開きかけて息をのみ、また口を開いて閉じられる。



「……、……ごめん、なさい」



 消え入りそうな小さな声が、その口から紡がれた。


 溢れ出る涙をおさえるように、彼女が両手で顔を覆った。



 やはり何かを抱えているのだろう。



 クラスメイトにペアを断られていたあの時よりも、今の方が辛そうに見える。


 そんな彼女の肩に、脱いだ上着をまとわせる。



「落ち着いたら話を聞かせてくれるかな? ゆっくりで良いからね?」



 花吹雪の下で、彼女は静かにうつむいていた。



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