第22話 さすが若者

 気まずそうに道を空けるクラスメイトたちの隙間を抜けて、宇堂先生の前に立つ。


「成川と水谷か。良いんだな?」


「は、はい!」「問題ありません」


「……水谷にもう一度聞くが、本当に良いんだな?」


 不意に、先生の視線が、俺たちの背後――俺が勧誘を断った女子生徒たちに向けられた。


 甘いお菓子を取り上げられた小学生のような視線が、水谷さんの背中に向けられている。


「っ……」


 振り向いた彼女の表情が、強くこわばっていた。


 瞳がうつむき、肩が小さく震えている。


 そんな彼女に向けられた宇堂先生の質問に、後方の生徒たちから声が飛んでくる。


「大丈夫ですよ、先生。私は実力でその場所に立ちますから」


 その瞳に暗さは感じない。


 ただまっすぐに、前だけを見ているように感じた。


「そうか。どうやら俺の思い違いだったようだ。許せ」


「ぃ、ぃぇ……」


 前を向き直った水谷さんは、手に持ったガイコツのキーホルダーを胸の前でギュッと握りしめていた。


 先生がノートパソコンに何かを打ち込み、シルバーの腕時計が渡される。


「これは冒険者に与えられるデバイスだ。飯の支払いから仕事の受注、授業のスケジュール管理まで。学校行事のすべてをコイツで行って貰う。使い方はスマートフォンとそう大きく代わりはしない」


 1度言葉を切った宇堂先生が、なぜか俺の方に視線を向けた。


「あー、なんだ。もしわからなければ、水谷に聞くと良い」


「あ、はい。了解です」


 先生の懸念通り、最新の電化製品を若い子と同じレベルで扱えるとは思えない。


 もし何かあれば、全面的に頼りにさせて貰おう。


「使用許可の下りた施設やある程度の情報は、その端末にメールしておいた。今後は2人で話し合い、2人で活動をしろ。以上だ」


「わかりました」


 先生に向けて礼をして、俺は清水さんと共に教室を出た。


 1ヶ月の研修期間が終わり、今日からは自由の身。


 橘理事長の言葉通り、ノルマは月に1度の動画撮影だけで、後は本当に自由らしい。


「さてと、どこかで今後のスケジュールを決めようか。……学校を出て、喫茶店でも行く?」


「あっ、えっと、学内の図書館で小さな会議室を借りられるみたいです。今日からは個別の自習室も解放されるみたいですね。今なら、どっちも予約出来るみたいですよ?」


「ん……?」


 足を止めて振り向くと、清水さんが左手にはめた時計に視線を落としていた。


 立体フォログラムとでも呼べば良いかのような画面が、彼女の前方に広がっている。


「メール、確認した、とか?」


「え? あっ、はい。読んじゃいました……」


「いや、感心してるだけだから。近い方を予約出来る?」


「わかりました。任せてください」


 小さく口元をほころばせた彼女が、前方に広がる画面に手を伸ばす。


 スルスルとなれた手つきで動かし始めた。


「こういうのは使い慣れているのかい?」


「え? えっと、見たら、なんとなく……?」


 可愛らしく首をかしげながらも、どうやら予約が終わったらしい。


 彼女が腕を下ろすと、ひとりでに画面が消えていた。


「さすがは最先端の技術って感じですよね。今の画面とかってどうやって出してるのかな?」


 おもむろに手を伸ばした彼女が、何もない空間で手を彷徨わせていた。


 彼女の表情を見る限り、本当に驚いているように見える。


 初めて見た道具を一瞬にして使いこなしたのだろう。


「さすが若者……」


「え? どうかしましたか?」


「あ、いや。何でもないよ」


 首をかしげる彼女に向けて、曖昧な笑みを浮かべておいた。


――そんな矢先、


『1年2組 成川竜治、至急 職員室まで来なさい。繰り返す、成川竜治は職員室に来なさい』


 俺を呼ぶ聞き覚えのない声が、スピーカーから聞こえていた。


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