第20話 ペアを決めた日


「今日はペア決めをしてもらう。自分の背中を預けられると思うヤツを選べ」


 宇堂先生はそう言って、クラス全体を見渡した。


 背中を預けるペアを決める?


「つまりは、生徒同士で2人で組を作れ、ってことですか?」


「そうだ。ペアは希望に応じて入れ替えることも出来るが、何もなければ退職の日まで2人で行動してもらう」


「……わかりました」


 どうやら予測以上に重要な決めごとのようだ。


 当該生物の討伐動画を撮影する際には、ペアごとに獲物を決める。


 複数ペアが同時に動員される場合でも、ペアごとに動く。

 そんな取り決めらしい。


「各自が好きに話し合って良い。決まった者から報告――榎並、質問か?」


「いえ、私はひとりでやります」


 弾かれるように背後を見ると、初日に銃を握りしめていた榎並さんが、掃除用具の前にたたずんでいた。


「ほぉ? 当該生物を探して24時間見張ることもあるのだが。寝ずの番もひとりでする、そういうことか?」


「えぇ、足手まといは不要なので」


 髪をさらりと流しながして、彼女はまっすぐに宇堂先生だけを見詰めていた。


 何かを探るような宇堂先生の視線が、榎並さんに突き刺さる。


 少しの沈黙の後に、宇堂先生が少しだけ視線を下げた。


「……わかった。ひとりで登録しておこう。こちらに来てくれ」


「わかりました」


 道を空けるクラスメイトたちを押しのけて、ためらいもなく宇堂先生に歩み寄る。


「使い方はわかるな?」


「えぇ、あとは好きにやるわ」


 腕時計らしき物を受け取って、彼女は教室を出て行った。


 なんとも言えない静けさが教室におりてくる。


 廊下を歩く彼女の足音が遠ざかっていく。


「足でまとい……」


「うん、でも、そうかもね」


 少女たちを中心に、ちいさなため息が聞こえていた。



 俺たちは、今日までの1ヶ月でそれなりに強くなったと思う。


 毎日走って"力”を扱えるようになり、常人よりも強くなった。


 だけど、誰ひとりとして榎並さんには勝てていない。


 次元が違う。


 そう言いたくなるほど、彼女の身体能力は優れていた。


「私たちじゃ、足でまとい、だもんね」


「うん……。今は・・、ね」


 鞄に付けたガイコツのキーホルダーを優しく握る。


 そんな廊下側に座る少女の姿を横目に見ながら、俺は大きく息を吸い込んだ。


「将吾。ペアの相手はどうするつもりだ?」


「ん? 俺とオッサンで良いんじゃね? オッサンは俺とじゃ嫌か?」


「そんなことはないさ。よろしく頼む」


「おうよ」


 男らしい笑みを浮かべた将吾が拳を掲げたのに合わせて、俺も拳を突き出した。


「あー、やっぱりスーグラさんと将吾くんかぁ。そうなるよねー」


「だねー。それじゃあ、あたしは優以ゆいで我慢してあげる」


「えー、何それひどいー。私はみおで妥協してしんぜよう」


 クラスメイトたちも、比較的スムーズに話がまとまっているらしく、そこかしこで楽しそうな声が聞こえていた。


 やはり、男同士、女同士で組む者が多いようだ。


「どんな敵からでも、俺が守ってやるよ。ペアに、成らないか?」


「え? あっ、ごめん。無理」


 同級生の勇者、あえなく撃沈。


 この1ヶ月で必死にアタックしている姿は見ていたが、無理は辛いな。


 灰のように崩れ去った彼には、強く生きて欲しい。


 そう思って居た矢先、ガイコツのキーホルダーを胸の前でギュッと握った少女の姿が目にとまった。


「あの、私とペアを組んでくれませんか?」


「え? あー……。ごめんね、水谷みずたにさん。先約があって……」


「い、いえ、無理に聞いちゃってごめんなさい」


 ほんの少しだけ目を伏せた彼女が気丈に微笑む。


 ひとりでいる人。3人のグループ。5のグループ。


 相手が男であっても、彼女は構わずに突撃していた。


「そうですか……。ごめんなさい……」


 瞳を淡くぬらしながらも、彼女は微笑みながらクラスメイトたちに話しかけていく。


 水谷 結花みずたに ゆか


 初日のテストで転んだ、あの少女だ。


 このクラスで唯一"力”を発現出来ていないのが彼女。


 気性や態度に問題はないが、座学の成績も下の方だと聞く。



「ごめん。守れる自信がないからさ。ほかの人を……」


「そうですね。足でまとい、ですもんね」


「あっ、いや、そういう意味じゃなくて――」


「良いんです。自分でわかってますから。声をかけちゃってごめんなさい」


 ペコリと頭を下げた彼女の瞳が、悲しげに揺れていた。

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