第19話 人生の岐路

 自由で幸せな生活がスタートしてから1ヶ月が過ぎた頃、


「明日は重要な取り決めを行う。来なければ……。いや、それは個人の自由か」


(((絶対に来よう)))


 俺たちは、半ば脅されるような形で、教室への集合を命じられていた。


 とは言え、集合時間はいつも通りの午前9時。


 焼きたてのトーストと煎れたてのコーヒーでゆったりと目を覚ました俺は、将吾と共に1年2組の教室へとおもむていた。


 いつものように教室の扉を開いて、出しかけていた足を慌てて止める。



 目の前にはなぜか、見慣れぬ光景が広がっていた。


「は?」

「へ?」


 背後からも、将吾の驚いたような声が聞こえてくる。


 目の前には、体育座りの美少女がひとり。


「あっ、スーグラさんだ。やほやほー」


「……あぁ、うん。おはよう、神原さん」


 スカートを手で押さえながら、小柄な美少女──神原 優香かみはら ゆうかが、俺を見上げて手を振っていた。


 彼女の周囲にも、数人のクラスメイトが床に腰をおろしている。


 それどころか、教室にいた誰しもが、床に座り込んでいた。


「神原さんに聞いても良いかな? 教室の風景がおかしく見えるんだけど、俺の気のせい?」


 正面にある黒板と、数本の白いチョーク。


 それ以外には、クラスメイトがいるだけだ。


 机と椅子がない。


「うんうん。やっぱり何じゃこりゃー! って思うよね。わたし、叫んじゃったもん。でもでも、今日はこんな感じみたい!」


 神原さんが、可愛らしい笑顔で親指を立ててくれた。


「あっ、うん。そうなんだ……」


 思わず将吾と顔を見合わせて、ふははっ、と肩をすくめる。


「教えてくれてありがとね、神原さん」


「いえいえー、どういたしましてー。お礼にお付き合いしてくれても良いんだよー? わたしはいつでもウエルカムー」


「あはは。それはうれしいね。考えておくよ」


 いつも通りのやりとりに苦笑を返して、クラスメイトたちを踏まないように教室を進んだ。


 将吾と並んで、窓際の壁に背中を預けて腰を下ろす。


 そんな俺たちと入れ替わるように、入り口のドアが開いた。


「……ぇ? なによ、これ?」


「あっ、ゆみゆみ、おっはよー」


 俺たちのように声を漏らして、神原さんに微笑まれている。


「やっぱ驚くよねー。なんか今日は、こんな感じみたいだよ?」


「いやいや、おかしくない!? 何で机と椅子がないのよ!?」


「うん、おかしい! でも、ないみたい!」


 グッ、と拳を握り、神原さんが素敵な笑顔を見せていた。


 そんな彼女を眺めて、ゆみゆみ──大原 由実おおはら ゆみが、手のひらで瞳をおおう。


「あー……、うん。そうだね。うちの学校だもんね……」


「そうそう、うちの学校だもん」


 心底あきれた、とばかりに、大原さんが肩をすくめて笑って見せた。


「なぁ、オッサン。今日の予定とかって知ってんの?」


「いや、知らされてはいないよ。ただ、良い予感はしないかな」


「だよなー……」


 彼女たちを見習うかのように、俺たちも顔を見合わせて肩をすくめる。


 担任紹介のデモンストレーションに、入学祝いのティラノサウルス、危機一髪の爆発盾。


 この1ヶ月で、常識外のイベントが"うちの学校らしさ"と慣れてしまった自分がいた。


 窓枠に寄りかかり、仰向けに空を見上げた将吾が、ふぅー……、と大きく吐く。


「お小遣いくれるし。毎日ワクワクするから良いけどよ」


「確かにな」


 理解出来ずに戸惑う事も多いが、社会人時代には感じなかった熱さが胸の中にある。


 日を追うごとに、前の職場には戻りたくない、そんな思いが強くなる。



 そうして将吾と雑談を続けていた矢先、、ドアの向こうから宇堂先生が姿を見せた。


「全員そろっているな?」


 床に座る俺たちを見据えて、先生が手元の出席簿に視線を落とす。


 胸のポケットにささっていたボールペンで何かを書き込むと、出席簿をパタリと閉じてメガネを押し上げた。

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