第18話 紳士達の会合

 入学式から1ヶ月が経過したその日。


 1年2組の担任を勤める宇堂 大介うどう だいすけは、普段と変わらぬ装いで、シャンデリアの光に照らされていた。


 余裕すら感じる表情で宇堂が見つめるさきには、理事長である橘や防衛省の幹部、陸上自衛隊の責任者など、そうそうたるメンバーがソファーに腰掛けている。


「宇堂中尉──いや、失礼。宇堂先生、すぐに始められるかね?」


「無論です。まずはお手元に資料を」


 秘書らしき者たちによって、ひとりひとりに束の資料が配られていく。


 パラパラと紙をめくる音が部屋を支配し、誰しもが真剣な表示を浮かべていた。


「ほぅ、悪くはないな」


「うむ。申し分ない」


 ところどころで感嘆の声があがり、髭の奥に隠れた口元が小さくほころぶ。


 宇堂は壁際に控えながら瞳だけで彼らを見渡し、ひときわ強く表情を引き締めた。


「教育は順調。そうだな?」


 自衛隊の幹部に視線を向けられて、宇堂はハッキリと首を縦に振る。


「物足りない部分もありますが、当初の予定よりも進んでいる者が多く見られます」


「その要因に心当たりは?」


「入学祝いと称して行ったテストの最中に盾を発現した者。その者がクラスの実力を引き上げ、良い影響を与えております」


「ほぉ……」


 質問をした男が一度手元の資料に視線を落とし、探るような視線を宇堂に向けた。


「成川 竜治。初日に複数の技能を得とくし、その後も優秀な成績……」


 ふと、肩の力がぬけ、男の視線が橘理事長に向けられる。


「橘理事が連れてきた成人ですか。さすがは“鷹の目”、スカウトまで一流でしたか」


 ニヤリとした不適な笑みが、男の顔に張り付いた。


 理事長はただ静かに微笑みを浮かべて、沈黙を守り続ける。


 そんな理事長の隣に座った防衛省の幹部が、紙を机に放り出して宇堂を見据えた。


「上が優秀なのは理解した。だが、下とは大きな開きがあるようだな? 女子生徒1名が未だに“力”を感知出来ず、とあるが、どういうことかね?」


「そちらに感じましては、私も力不足を認識しております。ただ、お言葉ではございますが、彼女たちは入学してまだ1ヶ月。他のクラスと比較しても、彼女だけが遅れている訳ではございません」


「ほぉ? つまりは他が早すぎるだけ。そう言いたいのだな?」


 鋭く目を細めた男が側仕えから新たな資料を受け取り、荒々しく目を通す。


 パラパラと流しみた男が、押し付けるように資料を戻し、宇堂に鋭い視線を向けた。


「他のクラスは7割が感知出来ていない。確かにキサマの失態ではないようだ。今日のところは不問としよう」


「ありがとうございます」


 軽く頭を下げた宇堂を見据えて、男が面白くなさげに鼻をならす。


 出された紅茶を飲み干して、男はもう一度宇堂を睨みつけた。


「発動後の者も、ランニングなどの基礎を中心に鍛えている。とあるが、これの真意を聞かせろ」


「そちらの軒につきましても、先ほどの成川訓練生が関わっております」


「ほぉ? 続けろ」


「はい。彼はすでに“力”を発動させながら走るにまで至っております。そして何よりも、彼と併走した者はその後、数日の間、“力”の扱いが向上しておりました」


「なんだと!?」


 思わずと言った様子で男が声を漏らし、周囲の男たちも瞳に驚きを浮かべる。


 それまでは静か座っていた政府の関係者が、立派なあごひげに手をのばした。


「"支援”を会得しつつある、そういうことかね?」


「未だ断定は出来ませんが、可能性はあるかと」


「なるほどのぉ……」


 目尻にシワを寄せて、男が楽しげに目を細めていた。


 手元の資料に目を落とし、何かを思い出すかのように天井へと視線をむける。


「誰かと思えば、スーグラと呼ばれていた生徒かね?」


「ご存知でしたか」


「いやはや、孫が好きだと言うからのぉ。なんども同じ動画を一緒に見せられたわい」


 ほほほ、と笑いながら、男は好々爺とした笑みを橘理事長に向けていた。


「冒険者テレビと言ったかな? 儂の所にまで評判が聞こえて来とるよ。今の所は事がうまく運んどるようじゃな?」


「えぇ、まぁ。ここ最近は、一般の企業からもスポンサーの声が出てきましてな。来年度の入学志望者と併せて、私の仕事は増える一方ですよ」


 これが嬉しい悲鳴と言うヤツでしょうな。


 そういって、橘がわざとらしく肩をすくめて見せた。


 問いかけた男も、答えるようにニヤリと笑う。


「若者が頑張っておるんじゃ、ここがわしらジジイの見せ所じゃろ。……そこでなんじゃが、宇堂くん」


 一度言葉を区切り、男が宇堂を見つめる。


 その瞳に、怪しい光が浮かびあがる。


「次の作戦なのだが。間に合うのかね?」


「っ!」


 宇堂が弾かれたように目を開き、視線をあげた。


「場所は、どこでしょうか?」


「そうじゃな。第6地区あたりでどうかのぉ?」


「……」


 その日初めて、宇堂が言葉に詰まる。


 畳みかけるように、男の笑みが深まっていく。


「主軸は無理とて補助くらいなら出来よう? そうは思わぬか?」


「そう、ですね。確かに不可能ではないのかも知れません。ですが、彼らはまだ入学して1ヶ月。ペア決めを明日に控えた卵たちです」


「ん? ぉぉ、そうじゃったな。ペアがおらねば、見回りすら出来ぬか。あいわかった。今回はあきらめよう。それでは宇堂くん、引き続きよろしく頼むよ」


「かしこまりました。全力を尽くします」


 宇堂が深々と頭をさげる。


 その手はぎゅっと、ズボンの裾を握りしめていた。

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