第16話 消えていた盾


 2つに裂けたゼリー状の体が、ぺたり、と地面に落ちる。


 地面に溶け込むかのように、消えていった。


「効力は今見た通りだ。この力は物だけでなく、自分にも付与できる」


 先ほどよりも大きな湯気が立ち上り、先生の体にまとわりつく。


 先生が軽く膝を曲げたかと思えば、一瞬の後に、その体が猛スピードで舞い上がった。


 見上げるほどの高さにまで到達した体が、俺たちの前に落ちてくる。


「「「……」」」


 俺の見間違いでなければ、先生の体は校舎よりも高く飛び上がっていたように思う。


 少なくとも人類の動きじゃない。


「訓練を積めば、このような事も可能になる」


 ズレた眼鏡を整えて、先生が白い力を引っ込めた。


「この力は特別な物ではない。得手不得手はあるが、このクラスの者であれば全員が出来るようになる」


「「「…………」」」


 呆気にとられる俺たちを見渡して、先生が肩を揺らして見せる。


「榎並、お前はもう出来るな?」


「ええ」


 ハッと振り返った先に見えたのは、強い存在感を示す榎並さんの姿。


 白い湯気などをまとっている訳ではないが、先ほどまでの先生と同じような気配が漂っていた。


「俺は見せるために色を付けたが、本来は無色透明の物だ。これが出来たものから伍長と組み手を行う。榎並は次に進め」


「わかったわ」


 1度周囲を見渡した榎並さんが、体育座りをするクラスメイト4人の頭上を飛び越えて、グラウンドに降り立った。


 飛び越えられたイケメンたちが、幽霊でも見たかのような表情を浮かべている。


「私と殺し合うのは、アナタかしら? アナタは死ぬ役目なのだけどそれでいいわね?」


「あははー、美少女相手でもそれはイヤかな。お手柔らかに頼むよ」


「なら、精一杯避けなさい」


 物騒な言葉と共に、榎並さんがグラウンドの中央へと歩いていく。


――パチン!


 突然、手のひらを叩く音が聞こえきた。

 振り向いた先には、表情を引き締めた宇堂先生の姿がある。


「成川、前に出ろ」


「……はい」


 現状把握も出来ないまま宇堂先生の隣まで進み出る。


 クラスメイトの注目を浴びながら、俺は1本のナイフを受け取った。


「入学祝で出した盾。あれをもう一度“発現”出来るか?」


 そう言う宇堂先生の言葉に、俺は思わず目を見開く。


「あのいつの間にか消えていたヤツを、ですか?」


「あぁ、あの盾も身体能力の向上と同じ類いの物だ。上手く引き出せば、お前もあの力を扱えるようになる」


「俺が……」


 あの魔法のような力を?

 非日常の力を?


 無意識のうちにナイフを握り締めて、ゴクリと唾を飲んでいた。


 自然とわき上がるワクワクが、止められない。


「悪くない面構えだな。目を閉じて、集中力を保て。あの時の姿を思い出せば、自然と目の前に現れる」


「……わかりました」


 宇堂先生の言葉に従い、足を肩幅に開いて目を閉じる。


 両手を前に突き出して、脳内にあの化物の姿を思い浮かべた。


「盾……、盾……、盾……、盾……」


 目の前に迫る巨体に、鋭い牙。


 あのとき感じていたのは、後ろの少女を守るという思いだけだった。


 ただそれだけを漠然と願い続けていた。


 吹き飛ばされた後の砂利道相手にはクッションにすらならなかったが、あの化物の牙を防ぎ、俺の体だけでなく――


「もう良いぞ。目を開けて見ろ」


「っ……!!」


 声をかけられて、そこではじめて気が付いた。


 手の中になにかしらの重さを感じる。


 うっすらと目を開くと、A4の紙のような薄い金属の板が、手の中に収まっていた。


 あの時とは、形や大きさがまるで違う。

 小さな小さな手のひらサイズ。


「これは……」


 金属の板に持ち手をつけただけの不思議な代物に見えた。


 とてもじゃないが、盾には見えない。


 失敗したか……? と言うか、これはなんだ……?


「集中力を保ち続けろ。気を抜けば爆発するぞ」


「なっ……!!」


 驚きに目を開くと、先生が表情を引き締めて、金属の板に指先を乗せた。


 視界の端に映っていたクラスメイトたちが、お互いに顔を見合わせながら少しずつ離れていく。


 俺の不安定な感情に呼応するかのように、金属の板が大きくゆがみ始めた。


「心を落ち着けろ。もう少し小さく出来るか?」


「ちいさく……?」


 淡く点滅する金属の板をじっと見つめて、ふぅー……、と息を吐く。


 金属の板が爆発するとは、どういうことか。


 理屈や常識など今更だが、状況が一向に理解出来ない。


 ただそれでも、第六感のような物が、俺の脳に強い警鐘を鳴らしていた。

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