第15話 実戦訓練をはじめます


 鍛え抜かれた腕と変わらない太い刃が、先生の手の中で怪しく光っている。


「伍長。袋を解いてくれ」


「はっ!」


 背後のひとりが足をそろえて敬礼をし、自身の袋を解いていく。


 中から出てきたのは、抱えるほどの大きな檻。


「え……!?」


「あれって……」


 閉じこめられていた生き物の姿を見て、周囲から声が漏れた。


 それは、手のひらサイズの丸いゼリーに、細い目を取り付けたようなもの。


「魔物……!?」


 橘さんが取り出したものよりも、ひとまわり小さなスライムがそこにいた。


 俺たちの反応を流し見た宇堂先生が、軽く咳払いをする。


「これは5等級の当該とうがい生物だ。君たち世代には、雑魚モンスターと呼んだ方が解りやすかろう」


 大真面目な顔で宇堂先生が俺たちに視線を向ける。


「俺も詳しいことは知らないが、コイツは日本の最先端技術らしい。お前たちの仕事はコイツを倒し、動画をとること、そうだな?」


 ナイフの先端を檻に向けて、宇堂先生がニヤリと笑った。


(将吾、今更ではあるが、あれって本物だと思うか? いや、それよりもあれはなんだと思う?)


(全然わかんねぇよ。でもまぁ、昨日のティラノよりマシじゃね? ケルベロスは本物。ティラノも本物。だったら、スライムも本物じゃね?)


(いや、まぁ、そうなんだが……。スライムって、遺伝子組み替えとか、培養とか、そんなレベルじゃ――)


(むしろさ、あれが本物ならワクワクしねぇ? アイツを倒すとか、完全にゲームの主人公だよな)


 右手をグッと握り締めて、将吾が口元に小さな笑みを浮かべる。


 俺と小声で話しながらも、檻に入れられたスライムだけをまっすぐに見つめていた。


(主人公……)


 彼の横顔が、震えるほど輝いているように見える。


(ワクワクか……)


 将吾の言葉を小さく噛み締めて、前を向く。

 不思議な感情を心の中にゴクリと飲み込む。


 思えば、社畜をやめた新しい人生だ。


 モンスターと戦闘するくらいぶっ飛んでた方が、確かに面白い。


(それもそうだな)


(だろ?)


 将吾の瞳が、より一層輝いて見えた。


 知らぬ間に握りしめていた右手をもう一度強く握って、前を向く。


 クラスメイトたちのささやきも、いつの間にか静まっていた。


「ほぅ。悪くない表情だ」


 ニヤリと笑った宇堂先生が、俺たちに背を向けてゆっくりと歩き始める。


 檻の前で立ち止まり、天井部分に手を乗せた。


「先にも言った通り、コイツは5等級の雑魚だ。だが、最低限の知識は必要になる」


 眼鏡を指先で押し上げて、宇堂先生が教員らしい表情で俺たちを見つめていた。


 檻の中からは、ガチャン、ガチャンとスライムが体当たりをする音が聞こえている。


 雑魚だとは言うものの、その姿はひどく好戦的に見えた。


「伍長、鍵を」


「はっ! こちらです!」


 キビキビと動いた男性から鍵を受け取り、先生が鍵を穴へと差し込む。


 キー……、パタン、と檻が左右に倒れ、スライムが勢い良く飛び出した。


「え……?」


「大きく……!!」


 何の前触れもなくスライムが膨れ上がり、バレーボールほどになった体が、宇堂先生目掛けて飛んでいく。


「まずは悪い例だ」


 俺たちに声をかけながら宇堂先生が、飛び込んでくるスライムを避ける。


 すれ違いざまに、下段に構えたナイフを切り上げた。


――ムギュ。


 柔らかい物が潰れるような音がもれ、スライムが青空へと舞い上がる。


 ペトン、ポヨン、と地面を弾み、起き上がったスライムの瞳が、先生に向けられた。


「今見た通り、普通にナイフを当てても、当該生物――モンスターは切れん」


 もう1度飛びかかってくるスライムを避けて、今度は右足で大きく蹴り上げる。


 ペトン、ポテン、とスライムが地面を弾んでいく。


「ここからが本番だ。よく見ておけ」


 スライムに対して半身になり、左手を体の後ろに引いた先生が、切っ先を水平に構えた。


 指先から白い湯気のような物が溢れ出し、ナイフの周囲を包み込んでいく。

 

「オーラ、魔力、気、超能力、生体エネルギー。おまえたちの感覚で好きに呼べ。脳科学の権威がたどり着いた、人類の可能性だ」


 みたび飛び込んできたスライムを先ほどまでと同じように避けて、下段から白く染まったナイフを切り上げる。


 切っ先が中心をとらえ、薄い紙を裁断するかのようにスパリと切り裂いた。

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