第11話 何気ない幸せな時間
サングラス越しに空を見上げる。
額から流れる冷や汗を拭う。
手元のスマホを見ると、今はまだ15時らしい。
「本当に良いんだよな? あけるぞ? 本当に帰るからな?」
誰に言うわけでもないが、周囲に小さくつぶやいて、ドアノブに手を伸ばした。
ヒンヤリとした空気が流れ出し、カレーの香りが周囲を包み込む。
左手には教室サイズの食堂があり、正面には長い廊下が続いていた。
「聞き覚えのある声がするな……」
やはりみんな帰ったらしい。
下駄箱で自分の部屋を確認して、足音を立てないように廊下を進む。
ここまで来たらもう、帰るしかない。
「失礼しまーす」
小さく声をかけて、与えられた部屋のドアを開く。
中にあったのは、二段ベッドと机が2つ。
奥には畳の場所があって、2人分のタンスと小さなテーブルが置かれていた。
「ん? おっ、チョリーッス」
2段ベッドの下で寝ころんでいたイケメンが、ゲーム機を下ろして顔をあげる。
「なんだよ、相方ってオッサンだったのか」
化物から俺を助けてくれた、金髪のイケメンがそこにいた。
この学校は、誰しもが小さな2人部屋からはじまる。
グレードがFからSまであり、1ヶ月の研修を終えて昇級すると、設備が充実していくらしい。
ここにはテレビやパソコンはないが、家賃は月1万円で、学食価格の飯付いてくる。
「オッサンならすぐに昇級だろうけど、それまでよろしくな」
「あぁ、こちらこそ」
差し出された手を握り返して、微笑み合った。
「オッサンは下のベッドがいいよな? 俺、上行くわぁ」
「あぁ、悪いな」
「いいさ。俺、上の方が好きだしな」
ペコンと跳ね起きたイケメンが、備え付けのはしごを登って上のベッドに飛び込んでいく。
足腰が不安だったから、階段の回避は素直にありがたい。
「いやー、どんなやつと相部屋なのかと思ったけど、オッサンとなら安心だな」
「それはこちらのセリフかな」
上から聞こえる声に、心のそこから同意しておいた。
寝られる場所があり、空調があり、誰かが作った暖かいご飯を食べることが出来る。
心配なのは人間関係だけだが、この分なら大丈夫そうだ。
少なくとも、1人暮らしのアパートより100倍良い。
「俺は
「
お互いに視線を合わせて笑いあった。
まずは彼を――将吾を見習って下のベッドに潜り込む。
ほっと一息入れて目を閉じる。
聞こえてくるのは空調の音と、自分の静かな呼吸音。
普段なら仕事に追われながら上司に怒られている時間帯だと言う認識が、胸の奥底から湧き上がってくる。
「最高だな」
今日までの苦労が、全身から染み出しているような気がした。
前の職場の同僚たちは、今日も馬車馬のように走り回っているのだろう。
15時帰宅を味わった今となっては、二度とあの空間に戻りたいとは思わない。
「1日でも長く、ここで頑張ろう」
仕事に追われるくらいなら、化物に追われる方が100倍マシだと心底思う。
ふー……、と大きく息を吐き出して、ゴロンと寝返りをうった。
視界の先に見えるのは、少女からもらった可愛らしいクッキーの袋。
「……ちょっと見てくるか。将吾、食堂行ってくる」
「ん? うぃうぃー。おばちゃんたちきれい系だけど子持ちだからナンパ無理だったぞ」
「言ってろ」
将吾の軽口を流して、ベッドから這い出した。
初日と言うこともあり、飯はまだ準備中だった。
だが、お菓子や軽食、飲み物の類は注文出来るらしい。
パッと見ただけでも、品揃えはコンビニレベルだ。
ポテチにたこわさ、浅漬けキュウリ、唐揚げ、フライドポテト、エビフライ、メンチカツ……。
適当に買い込んで部屋に戻り、畳の上におかれたテーブルに、袋ごと放り出した。
「将吾、付き合ってくれるか?」
「お? どうしたよ?」
眠たげに顔をもたげて、将吾がベッドの外に顔を出す。
「ほれ」
袋から炭酸入りのジュース缶を1本引き抜いて、将吾の足元めがけて投げてやった。
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