第10話 え? 本気か?

 化物との逃亡劇には心底驚いたものの、橘さんから見せられた動画である程度の予想はあった。


 覚悟もそれなりにはしていたつもりだった。


 それはクラスメイトたちも同様なのか、誰ひとり欠けることなく、13時前には全員が指定された教室に姿を見せている。


「いやー、ほんと、化物を見た瞬間に漏らさなくて良かったぜ」


「まぁ、テストだから死なないとは思ってたけどさ。あれはマジでやばかったよな」


「ぇ? おまえら大丈夫だったの!? 俺ちょっとちびったぜ?」


「あ、いや、うん。……俺もちょっと。でもまぁ、それだけで済んだのって、やっぱスーグラ先輩のおかげだよな」


「だな。マジ感謝」


 顔色も雰囲気も、悪くない。


「あのときのスーグラさん、かっこよかったよねー」


「うんうん。化物ににらまれても動けたし、最後なんて年上の魅力だだ漏れしてたよー」


「わかるー。あの後ろ姿見ちゃったら、思わず首筋をカプって甘噛みしたくなるよねー」


「「……え?」」


 え?


 ……最後の言葉は、聞こえなかったことにしよう。


 流れ聞こえた話によると、他のクラスでも同様のテストが行われたらしい。


 化物に食われた生徒もいたが、最後は救出されて、かすり傷すらなかったそうだ。


 そんな話しが伝わって来たおかげか、クラスメイトたちはみんな、高校生らしい笑みを浮かべていた。


 そうして自分の席に座り周囲の観察をしていると、あのとき転んだ少女が小走りに駆けてくる。


「あのあの……、これ、もしよかったら、もらっていただけ、ませんか……」


 可愛らしくラッピングされた箱を胸に抱いて、少女がもじもじと視線をうつむかせていた。


「俺にくれるのかな?」


「はっ、はい」


 声をかけるとピクリと肩が揺れて、ツインテールが左右に揺れる。


「どっ、どうぞっ!」


「ありがとう、いただくよ」


 箱を受け取るときに、わざと彼女の手に触れる。


 目を合わせて微笑んであげると、彼女の顔が真っ赤に染まった。


「ひゃわっ……! えっと、えっと……、ごめんなしゃい!」


 ぺこりと頭を下げた少女がスカートをひるがして、自分の席へと逃げていく。


 机に突っ伏しながらチラリとこちらを見上げる姿が、なんとも可愛らしい。


「……吊り橋効果、かな」


 クスリと肩を震わせて、俺は箱の中をのぞいた。


 どうやら手作りのクッキーらしい。


 だけどなぜか、形がガイコツだった。


「好きなのかな、ガイコツ……」


 いや、個人の趣味に疑問を抱くのはやめておこう。


 鞄にドクロのキーホルダーとか付けてるし、悪い意味はないと思いたい。


 そうこうしているうちにガラリと扉が開き、A4の束をもった宇堂先生が姿を見せた。


「テストを始めるぞ。席に着け」


 あの鬼畜な笑みはない。

 メガネもしっかりとかけている。


 その姿を見てホッとしたのは俺だけじゃないだろう。


 配られたテストの内容は平凡そのもので、手応えもまずまず。


 英語と歴史は微妙だが、それ以外は普通に出来たと思う。


 無論、この学校が、それだけで終わるはずもなかった。


 問題は、宇堂先生の言葉にあった。


「今日の授業はこれまでだ。明日は9時よりグラウンドで実技を始める。解散していいぞ」


「……えっ?」


 唐突に発表された、“業務終了のお知らせ”。


 残業どころか定時まであと2時間もある。


 驚きに思わず声を漏らした俺の周囲では、なぜかクラスメイトたちがガヤガヤと動き始めていた。


「うへ~、初日から疲れたよ~。彩矢あやはお疲れだよ~」


「でもさー、今日は本当にスーグラさんのおかげで助かったよね」


「だねー。スーグラさんかっこよかったよー。明日も会えるのが楽しみー」


「私は明日こそ、あのステキな首筋をカプカプするんだー」


「……ねぇ、宇堂先生に通報しとく?」


「……早まってはダメよ。ひとによっては、ごほうびかも知れないわ」


「そっか、スーグラさん変態っぽいもんね。嫌がりそうなら通報。それ以外は見なかったことに」


「ええ、それが良いわね」


 美少女たちが、不穏な空気に包まれながらも、数人ずつに別れて教室を出て行った。


「帰ってゲームしようぜ! スーグラさんも誘っとく?」


「今日は良いんじゃね? 疲れてるだろうし、休ませてあげた方が無難だろ」


「それもそうだな」


 イケメンも、みんな笑顔で帰って行く。


「うそ、だろ……?」


 気が付けば周囲からクラスメイトが消えていた。


 太陽が沈む前の帰宅なのに、誰1人として疑問を抱いていない。


 もしかすると俺がおかしいのか?


 そんな思いが沸き上がってくる。


 俺は行く宛もなくさまよって、今日から世話になる寮の入口まで来ていた。

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