第7話 入学祝いのテスト

 先ほどの銃やナイフは、何だったのか。

 なぜ彼女たちは、殺し合いのような事を始めたのか。


 息をのんでいた同級生たちは、俺を含めて誰も理解など出来ていないだろう。


 それでも1つだけわかるのは、今のやりとりが目の前で行われていたと言うこと。


 パイプ椅子ははじけ飛び、床には穴があいていた。


『今のが人類の可能性、化学者たちの集大成だね』


 スカウトの時に橘さんから聞いた言葉が、不意に頭を通り過ぎていく。


 ここは冒険者を育成する高校で、見せてもらった動画はすべて現実。


 大金を稼げる、命をかけた仕事。


 紫の炎が出せて、モンスターがいる場所。


「俺から1つアドバイスだ。強くなれ。英雄になれるのは一握りだ」


 意識を思考に奪われていた俺の耳に、宇堂先生の声が聞こえてくる。


 先生はゆっくりと榎並さんに近づき、彼女を米俵のように担ぎ上げた。


「えっ? ちょっと……!?」


 暴れる元気もないのか、榎並さんがぐったりとしたまま運ばれていく。


 時折、スカートがふわりとゆれて、張りのある太ももが見える。


 残念ながら、その先は見えそうで見えなかった。


「デモンストレーションをした榎並は不参加だ」


 宇堂先生はそのまま壇上に飛び乗って、榎並さんを優しく下ろす。


「入学祝いだ。テストを始める」


俺たちの方を振り返り、宇堂先生はニヤリと笑って見せた。


 その笑みは、榎並さんと戦闘をしていた時に何度も見せていたもの。


 何をするのか見当も付かないが、とてつもなくやばい気がする。


「俺は手を出さない。各自、自由に動いて良い」


 先生が懐に右手を入れて、するりと何かを取り出した。


 手の中にあったのは、青いビー玉?


「始まりのチャイムだ」


 鬼畜な笑みを浮かべたまま、先生が地面に向けてビー玉を転がす。


 俺たちが座る椅子の隙間に入り込み、カランカランと音を立てながら転がっていく。


「離れろ!」


「絶対やばいやつだぞ!」


 全員が一斉に席を立ち、誰しもがビー玉から距離を取った。


「なによ、これ……」


 俺たちが取り囲む円の中心で、ビー玉が見る見るうちに大きくなっていく。


 パイプ椅子を蹴散らして、広がっていく。


 スカウトの時のスライムとは、明らかに大きさが違う。


「ちょっ……。ふざけんなよ!?」


 50センチ、1メートル、2メートル……。


 気が付けば背の高さなど優に超え、先端が天井に届いていた。


 吊り下げられた照明に触れて、卵の殻が割れるように、上の方からゆっくりと崩れていく。


 見えてきたのは、大きく裂けた口に、びっしりと生えた鋭い牙。


 赤黒いうろこが覆う皮膚に、爬虫類のような瞳。


 三角形の巨大な顔。


「嘘だろ……?」

「恐竜……!?」


 気が付けば、ティラノサウルスに似た生物が、そこにいた。


 大きく裂けた口が天井を向き、俺の視界に影が差す。


――HROROROROROホロロロロロロロ


 見た目に反した高い鳴き声が、その口から漏れていた。


「っ……!!」


 下りて来た化物の瞳と視線が交差する。


 気が付けば、爬虫類のような縦長の瞳が目の前にあった。



 手足が震える。


 奥歯がぶつかる音がする。


 息苦しさに喉が詰まる。



 やばい……。



 化物の鼻が大きく広がる。


 吹き出した息が、頬を凪いでいく。



 巨大な口が迫る。



 目の前に、ぬるりとした舌がある。



 やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい!!!!!!



「ちょっ、危ねぇ!!」


「ぐっ!!」



――不意に、右肩が強い衝撃を受けた。



 何かともつれ合いながら、俺の体が床の上を転がっていく。


 2回転、3回転と転がり、見えたのは化物に食われるパイプ椅子。


 パイプ椅子の上半分が、鋭い牙に食いちぎられていた。



 化物の口からは、この世の物とは思えない音が漏れている。


 化物が顔をあげ、喉元がゴクリと広がった。


 ヒヤリとした物が、俺の胃の中にも落ちていく。


「うわー。間一髪じゃん」


 体の下から声がした。


 俺ともつれ合うように、イケメンが倒れている。


 食われそうになった俺をこのイケメンが突き飛ばしてくれたのだろう。


 慌てて立ち上がり化物に視線を向けるも、ヤツは天井を見上げたまま、口をもごもごと動かしていた。


「申し訳ない。助かった……」


「問題ねーよ。クラスメイトだろ?」


 右手を差し出して支え上げると、イケメンが男らしい笑みを浮かべてくれる。


 耳にかかるくらいでそろえられた金髪をイケメンがさらりとかき上げた。


「オッサンがいないと、このテスト、合格出来そうにねーしな」


 真っ白い歯を見せながら、イケメンが化物を流し見る。


 その姿はどう見ても、15歳くらいの少年のもの。


 彼の手が、小さく振るえて見えた。


「……本当に助かったよ。命の恩人だ」


 半分くらいの歳のイケメンに助けられて励まされるなんて、我ながらどうかしてる。


 俺は大きく息を吸い込み、イケメンの手を引く。


 化物を刺激しないように、ゆっくりと距離をとる。


「ぁぁ、ぁぁぁ、っぁぁ」


「ひゅっ……」


 若いクラスメイトたちは、化物を見上げながら、意味のない後ずさりを続けていた。

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