第6話 担任と少女の銃撃戦

 艶やかな髪をかきあげて、美少女がクスリと笑っている。


「強ければ私の担任でも良いのだけど。残念ね。あなたじゃ実力が不足しているみたい」


 強い感情は感じない。


 好きな服でも選んでいるかのように、彼女は静かに微笑んでいた。


 音が消えた体育館の中で、誰かがゴクリと息をのむ。


 何を言っているんだコイツは?


 なんでいきなり担任にケンカ売ってんだよ!?

 

 そう思ったのは、俺だけじゃないだろう。


「いやはや。こいつはいい」


 そんな重たい空気の中でも宇堂先生だけは、なぜか楽しげに肩をふるわせていた。


 美少女の瞳が、小さな怒りをはらんでいく。


「……何がおかしいのかしら?」


「いやなに。相手の力量も測れない子供でも、威勢だけは1人前だと思ってな」


「「「なっ……!?」」」


 思わず声が漏れた。


 一瞬の静寂の後に、美少女の瞳が鋭さを増していく。


「そう。どうやら死にたいようね……」


 美少女が右足を軽く引いた。


 左手を前に出して、その上に右手を重ねる。


 彼女の手の中に、光の粒のようなものが集まっていく。


「え……?」


「銃……!?」


 気が付けば、拳銃らしき金属の塊が、彼女の手の中にあった。


 やはり、美少女と銃は良く似合うなぁ……。


 呆然とした俺の脳内に、そんな言葉がよぎる。

 目の前で起きている現象への理解を脳が拒否しているような気さえする。


「ほぉ……。発現は出来るのか」


 心底感心したような声を漏らした宇堂先生が、楽しそうに微笑んだ。


宇堂先生はチラリと背後を流し見て、美少女に向けて手招きをする。


「良いぜ、来な。殺して見せろ」


 ニヤリと笑った宇堂先生が、なぜか手元にあった出席簿を開いた。


 銃を構える美少女から視線を逸らして、出席簿に目を向ける。


「バカにしているのかしら?」


「そう見えるのなら謝罪しよう。弱いヤツで遊ぶような趣味はなくてな」


「……そう。わかったわ。さようなら」


 芯から冷え切った声に続いて、美少女がトリガーを絞った。


 激しい音が周囲に響く。


 とっさに耳を塞いだ俺の目の前で、銃口から小さな何かが飛び出していた。


「なるほど、榎並 京子えなみ きょうこか。威力も速度も、まだまだ赤点だな」


 出席簿を下ろした宇堂先生が、半身になって右手を前に出す。


 何かを掴むように軽く手を振り、握ったこぶしを美少女に向けて突き出した。


「銃は速度が大切になる。遅ければ対処されると思え。このようにな」


 ゆっくり手が開かれる。


 銃弾のような金属の塊が、姿を見せた。


「っ……!?」


 美少女の瞳が、こぼれそうなほど大きく見開く。


「そんなこと、あるはずがないわ!」


 もう1度銃を握りしめて、美少女が奥歯をグッと噛み締めた。

 

 手の中に、光が集まっていく。


「ほぉ、連射速度は及第点だな」


「死になさい!!」


 トリガーが引かれ、宇堂先生がおもむろに眼鏡を外す。


 目では追えない何かをグーで殴り飛ばして、先生が前に出た。


 2人の距離が、急激に縮まっていく。


「嘘よっ!!」


 3発目が放たれ、先生が首をひねる。


 はるか後方にあった来賓用のパイプ椅子が、激しい音と共に弾け飛んだ。


 いつの間にか、ガイコツキーホルダーの少女が、俺のスーツの裾を握りしめている。


「ひぅっ!」


 今にも泣き出しそうな顔で、小動物のように怯えていた。だけど、それも仕方がないと思う。


 目の前の現実が、あまりにも現実離れしすぎている。


 パイプ椅子があった床には、親指サイズの穴が空き、焦げたような臭いが漂っていた。


 目の前で何が起きているのか。

 理解が追い付かない。


「足止めや命中だけを考えるなら、頭よりも体を狙え。もっとも、4発目を撃つ暇はなさそうだがな」


 2人の体が接近し、美少女の手首に手刀が落ちた。


「ぃっ……!!」


 握られていた拳銃が、床の上を転がって行く。


 一瞬の後に、拳銃が溶けるようにふわりと消えた。


 グッと歯を食いしばった美少女が、担任に向けて拳をにぎる。


「まだよっ!」


 宇堂先生めがけて、殴りかかる。


 その瞳はまっすぐに、ただ前だけを見続けていた。


「得物を落としても、闘志は衰えないか……。その威勢だけは買ってやろう」


「きゃっ……!」


 宇堂先生が足を払い、可愛らしい声と共に美少女が床に倒れ込む。


 先生の手が美少女の手首を掴み、背中の方向にねじられた。


「残念だが、俺を殺すには力不足だったな」


 いつの間にか握りしめていたナイフを美少女の首筋に当て、宇堂先生がニヤリと微笑む。


「くっ……」


 美少女の額からは、異常な量の汗が流れ出ていた。

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