第4話 第二の人生・初日

 電車とバスを乗り継いで38分。


 橘さんのスカウトを受けた俺は、今日から通うことになる訓練学校のグラウンドに来ていた。


だけど、どうにも場違いな感じしかしない。


 足下には石灰の綺麗なラインが引かれており、見上げた先には3階建ての校舎がある。


 その1番高い場所には訓練校のエンブレムがあり、中央に書かれた"高”の文字が朝日に照らされていた。


 周囲には、多種多様な"高校”の制服を身につけた若い男女が多数いる。


「ねぇ、見て。あの人、オジサンじゃない?」


「ホントだ。ここにいるのって新入生だけなんでしょ?」


「でもあの人、同い年には見えないよね?」


 周囲からはヒソヒソと話す声が漏れ聞こえる。


 その瞳がこちらを向いているのは、俺の気のせいではないのだろう。


 あのときはスライムや紫の炎に圧倒されていたが、名刺には"高等学校”の理事長だと書いてあった気がする。


「ウェーイ。やっぱみんな制服だよな。制服で来た俺、グッジョブ! ……へ? ……スーツにサングラス?」


「あそこにいるスーツサングラスさんって、先生じゃないのかな? 若いけど同い年には見えないよね?」


「でも先生って感じじゃないよ? スーツにサングラスだもん。ウチらと同じ列にいるし」


 視線を向けられる問題は、年齢だけじゃないらしい。


 まあ、そうだよな。服装も浮いてるもんな……。


「あの人って、なんでスーツなの? しかも、サングラスまで付けてるよ? たしかに服装は自由ってあったけど……」


「ねー。スーツはないよねー、サングラスはもっとないよねー」


 服装は自由です、って書いてあったらスーツが正解だと普通に思った。


 確かに、制服のカタログも大量に渡されたが、まさかそれが正解だとは思わないだろう。


 迷ったらスーツ。社会人の常識だと思っていたが、明らかに場違いだ。


「みんなやめなって。スーグラさんに聞こえちゃうよ」


 ……スーツとサングラスの頭を取ってスーグラか。


 あだ名は有効の証。じゃないよな、どう考えても。


「どうしてこうなった……」


 大きく息を吸い込んで、ふー……、と吐き出す。


 ちなみにサングラスは、橘さんがプレゼントしてくれた物だ。


『きっとこの子が、キミを助けてくれるよ』


 そう言っていたが、全然助けてくれない。このサングラスが敵だとすら思う。


 理事長である橘さんに貰ったものだから初日くらいは……、そう思っていたが、どうやら経営陣にこびを売ってる場合ではないらしい。


 周囲から隠れるように背を向けて、俺はそっとサングラスを胸ポケットに仕舞い込んだ。


 だが、スーツの方はどうしようもない。


 あとは出来るだけ目立たないように祈るだけだ。


「あ、サングラス外しちゃった。スーグラさんがスーさんになっちゃった」


「えー、サングラス姿かっこよかったのに……。でもでも、素顔は可愛い系かも」


「わかるー。私はサングラスが好きだったなー」


 周囲の声は無視する。そう決めた。



「あっ! 今度はホンモノの先生っぽい!」


「んゅ? ほんどだー」


 声のあがる方へ視線を向けると、赤フレームの眼鏡を身に付けた美人教師の姿が見えた。


 胸元に白の大きなリボンを結び、紺色のスーツから綺麗な手足が伸びている。


 彼女に出席簿とチョークを持たせたら、きっときれいな絵が仕上がると思う。


「式の準備が整いました。新入生のみなさんは一列に並び、私の後について来てください」


 思い思いに散らばっていた高校生たちが、互いに顔を見合わせて列を作り始める。

 

 校舎の裏手から体育館へ。


 土足のまま体育館に入り、先頭の美人教師が一礼をする。


「前の方から詰めて座ってください」


 彼女はそれだけを言い残して、教員が座っているであろう席に向けて歩いて行った。


 中央には誰も座っていない椅子が並び、後方にはマスコミらしきカメラの軍団が列を成していた。


 先頭の生徒を中心に、まぶしいほどのフラッシュがたかれている。


「……すげーな」


 誰ともなく、そんな声が漏れ聞こえた。


 来賓席には、テレビで見たことのある人々の姿もある。

 その中でも驚きなのが、日本国総理大臣だろう。

 

 新設された、総理肝いりの事業。


 橘さんからそう聞いてはいたが、偽りはなかったらしい。


「可愛い子が多いのも本当だったしな」


「!!!!」「……変態ね」


 心の声がもれていたのか、前と後ろにいた子が、少しだけ俺から距離を取った。


 突き刺さる視線が程よく痛い。


『でもでも、本当に美少女が多いから仕方ないよね、私も含めて』


 そんな言葉で許して欲しく思う。


 セクハラで訴えるのだけはやめてください。お願いします。


「あのあの、となり、失礼します」


 右隣には、鞄にガイコツのキーホルダーをつけた可愛い少女が座り、


「…………失礼するわ」


 左隣には、鋭い視線を帯びたポニーテールの美人な少女が腰を下ろした。


 気が付けば、前後左右のすべてが美少女だった。


 たしかに、前の職場とは比較にならないほど幸せな環境だと思う。


 訴えられないかだけが心配だけどな。


「これより、国立 冒険者サポート専門高等学校 の入学式を執り行います」


 聞き取りやすい声に続いて、総理大臣までもが頭を下げる。


 理事長の挨拶に移り、シルバーグレーの橘さんが壇上にあがった。


 チラリと俺の方に視線を向けて、口元に渋い笑みが浮かぶ。


『サングラスはどうしましたか?』


 橘さんの唇がそう動いた気がした。

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