第3話 橘さんの趣味

 ゲームを実写化した映画。


 映っている4人がカメラに向かって話しかけてくる、と言う点を除けば、そう表現したくなる動画だった。


 何も映さなくなった画面を見詰めて、俺は小さく息をのむ。


「橘さん。詳しい話を聞かせて貰ってもいいですか?」


「もちろん。そのためにキミ会いに来たのだからね。少しだけ長い話になるけどいいかな?」


「もちろんです」


 楽しげに口元を緩めて、橘さんがソファーから身を乗り出してくれた。



 机の上で手を組み合わせた橘さんが、俺の目をまっすぐに見詰めてくる。


「僕は仕事の関係で、防衛省にも所属しているんだけどね」


 そう前置きして、橘さんは笑みを深めた。






「ひとりでこぼす愚痴を盗み聞きするのが好きなんだよ」






「……は?」



 予想外の言葉に声を漏らすも、橘さんの表情に変化はない。


 シルバーグレーの髪が、小さく揺れていた。


「私立探偵を雇って、仕事をやめたい。自由に生きたい。それに類似した言葉をつぶやいた回数を集計したんだが、その結果。トップがキミだった」


 いや、何の話ですか!?


 そんな思いで橘さんを見るも、優しい微笑みを返されるだけだった。


 どこまで本気かわからないが、なんだろう、少なくとも俺をバカにした様子はない。


「2位を大きく引き離していたね。圧倒的な数だったよ」


「……それは、なんと言いますか。申し訳ない」


 意味はわからないが、確かに愚痴をつぶやいた回数は多いと思う。


 1日5回、いや、10回は言っていた気もする。


 まさか集計されるなんて思わなかったが……、ってか、なんで集計されてんだ?

 

 え? 意味がわからん。


「謝る必要はないよ。僕は純粋に誉めているんだ」


「ぇ……?」


 机の向こうにいる橘さんは、どこまでも本気の目をしていた。


 橘さんの手が伸びてきて、俺の手を包み込むように握りしめる。


「それだけ強く願いながらも、仕事を投げ出さず地道に続けている。僕はね。そんなキミをスカウトに来たんだ」


「…………」


「給料は視聴率に応じた出来高制なんだけど、キミだけは特別に最低保障として月10万円は約束するよ。俳優に近い職業だから、最高額もアイドルやプロ野球選手に並ぶとも劣らない」


 1度言葉を区切り、意味ありげに微笑んだ橘さんが顔を寄せてくる。


「ここだけの話だけどね。職業柄、綺麗な子も多いよ。手を出すことはないだろうけど、素敵な職場じゃないかな?」


 今の職場とは比べると、天国じゃないかい?


 橘さんの笑みの裏に、そんな声が聞こえた気がした。


 言われてみれば、先ほどの動画の2人も非常に可愛かったと思う。


 それ以上に、全員が生き生きとしていた。

 人生を楽しんでいるように見えた。


「はじめの1ヶ月は訓練学校に通って貰うけど、それから先は自由になる。ノルマは月に1回以上の動画撮影だけだね」


 つまりは、可愛い子と月に1度だけの仕事をして、出来が良ければ月1000万以上、悪くても10万は手取りでもらえる。


「最高ランクにまで登れば、メイドや執事、リムジンの送り迎えもあるよ」


「いやいや、さすがに待遇が良すぎませんか? いくらなんでも――「そのかわり」」



「命をかけてもらう」



「…………いのち」


「まぁそれは、トップクラスになってからだけどね」


 橘さんはどこまでも、真剣な眼差しを浮かべていた。


「いのち……」


 俺はもう一度だけそう呟いて、静かに目を閉じる。


 大きく深呼吸をして、橘さんを正面から見据えた。


「わかりました」


 今の生活だって命がけ。睡眠時間という命を削って仕事をしている。


 選べるのなら、ワクワクする方を選びたい。


「よろしくお願いします」


 俺はそう言って、深く頭を下げた。

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