第2話 見せてくれた映像には

 感じていた死の感触が、スー……、っと引いていく。


「っぁ、はっ、はっ、はっ……。なにが……」


 肩や胸に重さは感じない。


 服の中に、あの弾力はない。


 床を這うようにして壁に手を当てて振り返ると、老紳士が床に転がるビー玉を拾い上げていた。


「申し訳なかったね。まさか君に向かって行くなんて思いもしなかった」


 近付いてくる橘さんの顔には、本当に申し訳なさそうな表情が浮かんでいる。


 差し出された手を握ると、橘さんが力強く起こしてくれた。


「大丈夫かな?」


「……えぇ、まぁ、……大丈夫、だと思います」


 肩を支えられながら、ソファーに戻る。


 冷や汗が止まらない。

 全身から嫌な汗が流れ続けている。


 今のは、……何だったのか。


「生物学者たちの集大成だよ」


 弾かれるように視線を上げると、橘さんがどこか誇らしげに微笑んでいた。 


「手品、いや、VR……」


「だと思うかね?」


 思わない。


 紫の炎には、温度も臭いもあった。


 化物には、不思議な手触りと重さがあった。


 あれが、映像や手品の類だとは思えない。


 もし仮に最新の映像技術だったとしても、騙してまで俺に見せる意味はない。


「今の炎を使って、さっきの化物と戦う。そんな動画が撮りたい。そう言うお話しですか……」


 ここにきてようやく話が見えてきた。


 まだまだ疑問は多いが、妄想の類ではないのだろう。


「理解が早くて助かるよ。ただ、使うのは炎だけじゃないんだ。僕には今見せたものの適性、ゲームで言うところの魔法使いの適性しかなくてね」


 どこか寂しげに、橘さんが肩をすくめて笑って見せた。


「入学時に適性を調査して、1ヶ月間で最低限の知識と技術を身につけてもらう」


 これを見てくれるかな?


 そう言って、橘さんは鞄からノートパソコンを引っ張り出して、とある動画を映してくれた。



 月明かりに照らされた大きな黒板に、並んだ机。

 薄暗い部屋の中に、高校生くらいの男女が4人いる。


 それぞれの手には弓や槍、剣、杖らしきものがあった。


 杖の少女は、三角形の大きな帽子なんかも身につけている。


『やほやほー。今からわんちゃん退治してきまーす』


 杖の少女がこちらに視線を向けて、ピースサインを作りながら無邪気に笑っていた。


 わんちゃんを退治。


 このタイミングで見せると言うことは、これもさっきのスライムのような本物のモンスターと戦う動画なのだろう。


『って言ってるそばから出たぞ』


 そんな事を思っていると、巨大な剣を持った男子が鋭い視線を教室の中央に向けた。


 カメラがズームに切り替わり、鋭い牙を持つ3つ首の獣が映し出される。


 コイツもゲームで見たことがある。


――ケルベロスだ。


『ねぇねぇ。……あの子、可愛くなくない?』


 何を期待していたのか、杖の子が見るからにションボリとしていた。


『いやいや、モンスターが可愛いわけないだろ。うっし、やりますか』


 巨大な剣を肩に担いだ少年が、グルルルル、と低いうなり声を漏らすケルベロス目掛けて走り出す。


『先に目を潰すわ、……たぶん。もしあなたに当たったら避けてちょうだい』


 背後から聞こえてきた弓少女の言葉に、剣の少年が慌てて足を止めた。


『いやまて、絶対オレに当てんなよ!? マジでやめろよ!?』


『大丈夫。視聴者も望んでいるわよ』


『なにがだよ! 視聴者"も”ってなんだよ!』


 敵意むき出しの化物を前にした雰囲気は、みじんも関しない。


 どことなく、全員が楽しんでいるように見えた。


『おまえら、遊んでないで#殺__や__#るぞ』


『はいはーい。サクッと可愛くがんばるよー』


 剣士と槍使いが前に出て、ケルベロスの動きを制限していく。

 背後からは弓少女が、目や手や足を中心に、敵の動きを弱らせていった。


『詠唱完了したよー。みんな避けてー』


 杖の先から紫色の炎が吹き上がる。

 それは橘さんが見せてくれた炎に、良く似ていた。


 紫の炎が膨れ上がり、少女の体よりも大きな火の玉が作られる。


『死んじゃえーーー!』


 物騒な叫び声と共に玉が動き出した。


 仲間たちが一斉に距離を取る。


 玉に触れたケルベロスが、この世の物とは思えないほど激しく燃え上がった。


 誰しもが固唾を飲んで見守る中で、炎がゆっくりと治まっていく。


 そこには、焦げ跡1つない、綺麗な床だけが残されていた。


『わーい、勝ったー!』


 少女が楽しげに飛び跳ねている。


『肩の矢が痛い! 抜いて! マジ抜いて! ヒールして! 回復して!』


『悪かったわ。わざとだから気にしないで』


『わざと!??? 今わざとって言ったよな!?』


『……。ほらよ』


『ではではー。次回も見に来てねー』


 若者たちが、幸せそうに手を振って笑い合っていた。

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