現代日本の冒険者 ～仕事に疲れたオッサンと高校生が紡ぐ英雄譚～

第1話 死を感じるスカウト

「冒険者の、インターネット放送……？」

　過労でフラフラになりながらも、始発で出社したその日。

　社長から応接室行きを命じられた俺は、ひとりの男と面会をしていた。

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　国立 冒険者サポート 専門高等学校

　常任理事　橘 敬三（たちばな けいぞう）

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　受け取った名刺には、そんな文字が書かれている。

「次世代のエンターテイナーを育てる。そんな事業ですよ」

　目の前には、高級スーツに身を包んだ白髪の紳士――橘さんが、ソファーに浅く腰掛けていた。

　彼は、空想上の生物、いわゆるモンスターと戦うための学校を運営しているらしい。

　冒険者とモンスターが戦っている姿を全世界に配信したいと言う。

　この老紳士はなにを言っているのだろうか？

　心の底からそう思う。

　残念ながら俺には、じいさんの妄想に付き合ってる暇はない。

　仕事が立て込んでいるのだ。

　このままだとまた上司に怒鳴られる。

「そうなのですね。それは素晴らしい事業だと思いますよ」

　だが、社長からは、くれぐれもよろしく、と言われていた。

　変に話しを打ち切ったり、言い返す事など出来るはずもない。

「どのように撮影を行うのですか？　非常に興味がそそられますね」

　出来る限り爽やかに。

　愛想笑いとごますりは、残念ながら得意だ。　

「現代の日本にはモンスターが出るんですよ。……なんて、この爺は何を言ってるんだ？　そう思っている。違うかな？」

「っ……！？　ぃ、ぃぇ、決して、信じてない、わけでは……」

　ドキリと心臓が跳ねて、額から汗が流れ出る。

　橘さんは小さく微笑んで、まっすぐに俺の目を見詰めていた。

　その瞳には、イタズラ好きの小学生のような色がにじんで見える。

「まずはこれを見てくれるかな？」

　おもむろに人差し指をピンと立て、橘さんが大きく息を吸い込んだ。

　ろうそくの火でも消すかのように、ゆっくりと息を吐き出していく。

「ぇ……？」

　目の前に紫色の炎が浮いていた。

　大きさは、手のひらほど。

　揺らぎのない、綺麗な形の炎だった。

「行っておいで」

「っぁ……！？」

　橘さんが小さくつぶやくと、紫の炎がゆっくりと動き出す。

　テーブルの上をかすめて裏手にまわり、橘さんの周囲に円を描き始めた。

「もう良いよ。おつかれさま」

　中指と親指かこすれて、パチンと音が鳴る。

　それまでの光景が嘘だったかのように、紫の炎が消えていた。

　先ほどまであった熱量や焦げた臭いが、今はどこにも感じない。

「今のが人類の可能性、化学者たちの集大成だね。そしてこれが……」

　橘さんが懐に手を入れて、なにやら小さな物を取り出した。

　指先に握られているのは、ビー玉、だろうか？

　周囲を見渡した橘さんが、ビー玉を絨毯の上に投げ落とす。

　ビー玉が転がりながら膨れ上がり、ガラスのように崩れた。

「なっ！？」

　その中から、半透明の巨大なグミが姿を見せる。

　正面らしき場所に、糸のような細い目があった。

――スライム。

　言わずと知れたモンスターの名前が脳裏をかすめた。

　言葉にならない圧力を感じる。

「っぁっ！！」

　気が付けば、ソファーから転げ落ちていた。

　右の頬に、絨毯の毛並みが触れる。

　視線と同じ高さで、スライムが飛び跳ねていた。

――ペトン、ペトン、ペトン。

　ゆっくりと、こちらに近付いるような気がする。

　ペトン、ペトン、ペト――

　不意に、その体が大きく弾んだ。

　蛍光灯を背にスライムが飛びかかってくる。

　体の表面が、プルプルと震えている。

　左の肩に、柔らかなゼリーが降り立った。

　喉元にヒンヤリとした物が触れる。

　肩や喉元に、化物の重さを感じる。

　襟元から服の中に入り込んでくる。

「っぁああああああああああああああああああああああああ！！！！！！！！！！！！！！」

　プルプルとした物が胸元に

「やっ、やめ――」

――パチン。

　不意に、誰かの手を叩く音が鳴り響いた。