第1部 なくしたものを取り戻すために私たちにできること

1話



 ターミナル駅の正面には、バスや乗合馬車の停留所がある。正午過ぎの人ごみの向こう、いまにもそこから、二頭立ての乗合馬車が出発しそうだった。馬車を牽いているのは、胴体に逆関節の四肢をつけた無頭四足馬ウォードッグだ。バス会社の色なのか、白色に塗り替えられた無頭四足馬はタービン音を高め、準備運動のようにその場で足踏みを始めている。御者席のオペレーターが指示を出せば、すぐにでも動き出しそうだった。

「あ、ちょっと待って」

 旅装のプロメが、慌てて駅の階段を駆けおりる。注意していたのに、最後の段差でつまずいてしまう。背中のコンテナバッグの重みであっさり体勢が崩れる。くるりと躯体をひねってプロメは背中から地面に倒れる。

 どん、という衝撃にほんの一瞬、意識が飛ぶ。

 はっと気がついた時には眼前に、心配そうに覗きこむ、老人の顔があった。

「だいじょうぶかい?」

「はい!」

 プロメは飛び起き、栗色の髪の毛を整えてから、敬礼までしてみせる。

「大丈夫です!」

 麦わら帽子の老人はおどろいたようにうなずく。

「あ!」

 乗合馬車が出発してしまった。

「ああ~」

「あの路線なら帰り道だが、どうするね?」

「え、いいんですか?」

 老人はにっこり笑っている。

「ありがとうございます!」

 プロメはうれしくなった。新しく訪れた土地でさっそく転んでしまったけれど、うまく誤魔化せたと思うし、なにより人に親切にされたことがすぐに気分を明るくした。今日から新しい職場だ、がんばらないと。

「戦前にくらべればとんと減ってしまったが、ここらはよく観光にお客さんが来る土地でな」

 この先の別荘地もその名残りであると、老人は道すがら説明してくれた。困っている旅装の人間を放っておくことは地元ここらの人間にとってはあってはならないことであるとも。

 プロメの新しい職場もその別荘地にあった。

 老人は荷車の御者席で煙草を飲みながら、のんびりと無頭四足馬ウォードッグ操作オペレイトしていた。

 軍からの払い下げ品とひと目でわかる都市迷彩の無頭四足馬は、ところどころ塗装が剥げかかっていて、不思議と周りの風景に馴染んでいるようだった。ゆっくりとした足取りの無頭四足馬に牽かれ、荷車は轍の残るあぜ道を北へと進んでいく。この道の先に、別荘地と散策に適した湖畔があるのだという。

「にしても、最近のアンドロイドはようできておるな」

「わかりますか?」

 わかるもなにも、と荷車の御者席に座った老人は笑う。

 ひときわタービン音を高め、無頭四足馬が次の一歩を踏み出した。

無頭四足馬うまが悲鳴をあげておる。それでわかった。お嬢ちゃんはずいぶんと重いのだろう」

 かっと顔が赤くなる。

「もう、女の子に、そういうことを言ってはダメですよ!」

 両手で顔を隠しても、抗議だけは忘れない。

「そうか」

 老人は驚いたようにプロメを見る。

「そうじゃな。うっかりしておった。すまぬ」

 老人は頭をたれる。労働資源リソースとしてのアンドロイドは、確かにその実数を増やしてはいるけれど、人間社会への浸透率は地域や年代によってもまちまちだ。おそらく老人はあまり私たちには接したことがないのだろう。プロメテウス級アンドロイド――人に寄り添い、人よりも人らしく情感豊かにふるまうことを目的に設計された彼女たち姉妹にあって、プロメはもっとも年長の、つまりもっとも稼働時間の長い躯体だった。

「しかしそんなに人に似ておるなら、お嬢ちゃんにはいらぬ心配かもしれぬな」

「なんでしょう?」

 ほてった顔をぱたぱたと手であおいで、プロメは訊き返す。

「物騒なことなのじゃが、最近このあたりでは非人間アンチを狙った事件が起きておってな」

「え、ほんとうですか?」

 初耳だった。今回の仕事にあって組合オーナーズからの地域情報には載っていなかった。

「ほんとうじゃとも。先月だと四件、アンドロイドが爆破されてしまった」

「それは、怖いですね」

「そうなんじゃ。官憲が警戒を強めたからか、今月に入ってからはピタリとなくなってしまったんじゃが、いやはやひどいことをするもやつもおるもんじゃて」

 アンドロイドの脚部を執拗に爆破する、という共通項から事件は同一犯による犯行だと考えられている、と老人は付け加えた。

「お嬢ちゃんも気をつけることじゃ」

「はい、ありがとうございます!」

「うむ、気持ちのええ返事じゃ。孫たちにも見習わせたいぐらいじゃなぁ」

 えへへ、とプロメは照れる。あまり褒められてないせいか、こういうまっすぐな賞賛にはなんと返せばいいのかわからなくなってしまう。

「ところで、そろそろ目的地じゃあないかね」

「え、あれ? ほんとうですか?」

 慌ててプロメは現在位置を確認する。確かに老人の言う通りだった。周囲はいつのまにか木々が切れ、そのあいだから瀟洒な屋敷が顔をのぞかせる区画に入っていた。

「あ、ここです!」

 プロメは叫ぶと同時に、荷車から飛び降りる。大型のコンテナバッグが背中で跳ねる。

「ありがとうございました」

 御者席の老人に、深々とお辞儀する。

「そういえば……ここはひと月前に越してきたんじゃなかったかのお」

 おじいちゃーん、と道の先から子どもたちが駆けてくる。

「おお、孫たちじゃ」

「お孫さんですか」

「迎えに来たんかのぉ」

 べしべしと手に持った枝で無頭四足馬を叩きながら、子どもたちが一斉に喋り出す。

「どうしたの?」「なんでお化け屋敷ホーンテッドマンションのまえにいるの?」「このお姉ちゃんだれー?」

「おうおう、まずは挨拶じゃろう」

「こんにちはー」「こんにちはー」「こんにちはー」

「こ、こんにちは」

 プロメは子どもたちの勢いに圧倒される。

(え、お化け屋敷ホーンテッドマンション?)

「よし。さぁさぁ乗りなさい。帰るよ」

 見かねた老人がそう言ってくれる。

「はーい」「はーい」「はーい」

 子どもたちは次々に声をあげ、荷車に飛び乗っていく。

「――あ、あの、ほんとうにありがとうございました」

「かまわんかまわん、みちゆきじゃ」

 老人は無頭四足馬ウォードッグに鞭を入れ、きゃあきゃあと騒ぐ子どもたちを乗せた荷車が出発する。プロメが乗っている時よりも大きくなったタービン音が、ゆっくりと遠ざかっていく。

 遠目に見えなくなるまで待って、プロメは背後をふり返る。

 つる草のからまる門扉がそびえている。その奥には屋敷の威容がうすくのぞけた。しかし目前の光景が実際のものなのかは確証が持てなかった。

 プロメは手を伸ばす。触れると、確かに実感がある。演出としての投影現実オーバーレイではなく、マテリアルとしての鉄の扉、本物のお屋敷マンションだ――ああ、これで曇り空じゃなければ完璧なのに。

 鉄の扉には目立たない位置に家内ローカルネットワークへのアクセスポイントが隠されていた。

 指をそわせると、物の数秒で組合オーナーズへのID照会が終了し、プロメを招き入れるように、自動化された扉がゆっくりと開き始める。

 駆け足にならないよう、つとめて浮足立つ感覚を押さえつける。お屋敷の姿を正面に、周囲をぐるりと見回しながら歩を進める。重ね重ね、曇り空であることが残念でならなかった。庭も手を入れれば、きっとすばらしい景色になるだろう。いまから楽しみだった。

 その一方で、頭の片隅では急に不安がもたげつつあった。ほんとうに自分は、うまくやれるのだろうか。

 ――いや、違う。うまくやらなければならない。ここで失敗するわけにはいかないのだ。

 屋敷の正面玄関を入ると、投影現実オーバーレイの矢印がプロメの行き先を教えてくれた。

 中央階段の右下、たどり着いた先は、キッチン横の部屋だった。前任者の残り香は感じられない。それなりに清潔に保たれている部屋だった。

 背のコンテナバッグをおろし、即席のワードローブにすると、プロメは着替え始める。

 大事な初日だ。新たな雇い主には正装で会うことにしている。

 といっても組合オーナーズから支給されている制服だ。

 旅装を解き、制服に袖を通し、スカートをひるがえし、エプロンドレスを腰できゅっと結ぶ。ヘッドドレスで髪をおさえ、ワードローブの鏡で位置を確認する。最後に、栗色の髪の乱れを直す。

「よし!」

 思わず声に出してしまって、恥ずかしくなる。それでもこれだけは忘れてはならない。

 口角をあげて、笑顔を鏡に映す。

 時刻を告げる鐘が鳴る。古い、時計の音だ。

 プロメはその音を合図に、動き出す。投影現実オーバーレイの矢印は――、どうやら執務室へと向かっているようだった。

 オーク材が使われた古い扉の前で、役割を終えた矢印が砕け散る。

 ひとつ間を置き、プロメはタイが曲がっていないか、スカートがしわになっていないかを確認し、ノックした。

「失礼します」

「入れ」

 プロメは返事を待って、執務室に入った。北向きの部屋は思いのほか暗く、視覚素子が照度を調節する。

 最初が肝心だ。満面の笑みで自己紹介を始める。

「はじめまして、だんな様。今日からこちらでお世話になります、プロメテウス級アンドロイドの一番機、プロメテウスと申します。よろしくお願いします。掃除洗濯料理など家事全般、お任せ下さいませ」

 深々とお辞儀する。部屋の主は、すでに経歴は知っているだろうけれど、それはただの情報だ。プロメ自身を知ってもらうことが重要だと、今までの経験からわかっていた。

 顔をあげると目が合った。

 プロメは微笑みかける。

 目立った反応はない。

 新しい雇い主の無機質なミラーシェードに、自分の引きつった笑いが映っている。

 不意にその顔に、組合オーナーズの差配係が重なって見える。

「あなたの業績は、組合オーナーズへの貢献度が低いと判断されました」

「――え?」

「そこで今回はこちらの現場に行ってもらいます」

 そうして提示されたのが、素性が秘匿された元軍人宅への派遣だった。雇用主のバックグラウンドが把握しづらい案件は、相対的に危険度が高くなり、それだけアンドロイドたちのなかで嫌われる。ずっと就き手がいなかった案件を回されることは、最後通牒に等しいことであるとはわかっていた。しかし断ったからといって状況が好転することはない。プロメにできることは、この仕事を万事上手くこなすことだ。

「だんな様、最初のお願いです。パーソナルネームを新たな雇い主である、だんな様につけていただきたいのですが」

「…………」

「――か、かしこまりました。では通称としてプロメとお呼びください」プロメは聞く。「だんな様はなんとお呼びすればよろしいですか?」

「デルタ。デルタ・スリーだ」

 男は即答した。聞こえたのはデジタル音声だった。どうやらデルタと名乗った新しい雇い主は声帯まで機械化している――完全義体。軍事サイボーグという話は、本当のようだ。

「かしこまりました。デルタ様」

 プロメは新しい雇い主を改めて観察する。

 表情を完璧に覆い隠すミラーシェード。黒いナノメタルの皮膚が下顎から首を覆っている。そこから下は、かっちりと上までボタンをとめたえり付きのシャツに覆われていて、よく見えない。

 ぎしり、と空気が鳴った。デルタの身じろぎで、椅子が悲鳴をあげた。

 重苦しい空気に気後れしていてはなにもできない。プロメは自分を奮い立たせる。

「ではデルタ様、まずなにをいたしましょうか?」

「必要ない」

「は?」

「なにもする必要はない」

「しかしそれでは……」

「私はなにも必要ない。誰の助けも必要ない」

「そんなこと!」

 プロメは机に駆け寄る。

「一週間! 試用期間があります。それから判断してください。きっとお役に立ってみせます!」

 このままでは業績不振を理由に組合オーナーズから除籍されてしまう。野良アンドロイドとして生活していくことは、プロメには想像できなかった。組合オーナーズからのリースが基本のアンドロイド産業において、相互補助バックアップのないアンドロイドは社会的な信用が存在しないのだ。もちろんアンドロイドを買い取ろうとする好事家もいるが、そんな一握りの富裕層には専門の企業体メーカーズが存在する。戦後の人口減少と復興に向けての労働資源の急騰で、アンドロイドの実数は飛躍的に増加しているけれど、維持費の面からまだ一般家庭での購入は難しいのが現状だ。だから野良アンドロイドの末路は火を見るより明らかだった。労働資源としての価値を失ってしまえば、待つのは――頭をふって躯体からだが建築資材にリサイクルされているイメージを払いのける。

「……好きにするといい。結果は同じだ」

「ありがとうございます」

 プロメは一礼すると執務室を後にする。

 よし、なにから始めよう――屋敷の平面図を思い浮かべる。組合オーナーズから提供された情報はデルタの略歴の他には近隣の詳細情報に加え、この屋敷の来歴から簡単な構造図までが添付されている。事前に目を通してはあるけれど、どうしたって自分で観測したものとは齟齬が生じる。わざわざ人型であるのだから、情報は常にアップデートして最新のものにしておきたかった。

(あれ、そういえばデルタ様、ご飯はどうされるんだろう?)

 プロメは専用の経口型調整剤と一定間隔の充電でエネルギーを賄っている。完全義体であるデルタは食事から開放されているのだろうか。そもそもサイボーグは普通人とは生活スタイルが違っていて当たり前だ。

(あとで聞いておかないと)

 平面図を拡大し、屋敷の通路へと重ねオーバーレイながらプロメは現在位置を確認する。いまは二階の執務室の前だ。プロメが寝起きするのは一階の、住み込みの家事手伝いの部屋。利便性を考えて隣はキッチンになっている。

 二十世紀から存在する古いタイプの洋館マンションを、随所に手を加えて丁寧に使い続けた――そう平面図には注釈が付いている。使われていない部屋や通路は防塵シートに覆われている。組合オーナーズから派遣された前任者の注釈によればデルタが使用する部分ははっきりと決まっており、その範囲からはみ出ることはないようだ。

 それにしても――デルタが越してきてからまだ日も浅いというのにプロメでアンドロイドが三体目とは、みんな試用期間でリタイアしたということなのだろうか――手強い相手になりそうだった。

 プロメはまず掃除に取りかかった。高いところから低いところへ埃を払い、集めていく。二階の寝室や客間はほとんど使われている様子がなかった。しかし見過ごすことはできない。そういうところを放っておくことでどんどん怠惰は降り積もっていくのだ。人の手が入った状態を保つことは継続が重要となり、その点、疲れを知らないアンドロイドにとっては、うってつけの労働だった。

 玄関ホールの照明を掃除しようとした時だった。アンドロイドとはいっても腕を伸ばす機能はついていないので、プロメは脚立という道具ツールを使って、高い位置にある照明を掃除することにした。本当なら数人がかりで床におろしてやる作業だったのだが、もちろんデルタに助力を願うことは叶わないので、吊った状態のまま、ひとりでやることにしたのだ。

 照明は四つの円からなっており、脚立の場所を一ケ所ずつ、ずらす必要があった。一つ目が終わり、二つ目にとりかかる時、プロメは思い切って脚立に乗ったままずらすことにした。

 高い位置で反動をつけて、えい、とやる。うまく次の円の下に移動できた。躯体の動かし方や荷重の移動はモーションセンサーが記憶しているので次も同じようにうまくやれる、はずだった。

 えい、と三つ目の円の下へと移動した、その時だった。脚立がバケツにひっかかった。拭き掃除のために足元に用意していたものだ。こうなることはわかりきっていたので脚立のそばには置いていなかった。どこで間違えたのだろうか、脚立の移動で気がつかずに近づいてしまったのか――精妙に保たれていたバランスが一瞬にして崩れる。危険な角度に傾き、オートバランサが姿勢を整える前に躯体が宙に浮いていた。

 思わず照明へと手を伸ばすも、空を切り、プロメは悟る。

(あー、やっちゃった。初日なのに)

 落下の瞬間、頭をよぎったのはどうにか損傷箇所を最小限にしなければ、ということだった。プロメの外見は若い女性を模してはあるが中身は精密機械の塊だ。日常でそう簡単に壊れることがないといっても、体格に比して内部荷重は成人女性のそれとは比べ物にならない。体重のかけ方によっては自重で破損してしまうこともある。高所からの落下は打ち所によっては致命傷に成りうる可能性もあった。足から落ちるようにどうにか躯体をひねる。新規パーツのマッチングがうまくいくまでは不便な生活が続くことになるし、当然仕事どころではなくなってしまうけれど、それでもメインシステムにダメージが残るよりはるかにマシだった。

 緊急時に際して引き伸ばされた演算時間の中で、プロメは覚悟を決めた、その時だった。

「あれ?」

 どん、という衝撃とともに、落下は終わっていた。思っていたほどのショックもダメージもなく驚いていると、プロメは自分が抱きとめられていることに気がつく。揺るぎない感覚に深い安心すら覚えるその腕の主は誰であろう、デルタであった。

「も、申し訳ありません!」

 慌てて逃れようと、プロメはじたばたともがく。

 しかしデルタは意に介した様子もなく、プロメの両脇を支えると、思いのほかやさしい手つきで床に下ろすのだった。

 まるで幼い子供のように扱われ、プロメは恥ずかしさでデルタの顔をまともに見ることができない。なによりミスを雇い主に知られてしまった情けなさと恐れも、強かった。

(やばいやばい、どうしよう――)

「どうしてわざわざ近づいた?」

 デルタが言った。

「は、はい?」

 プロメは顔をあげる。

 無機質なミラーシェードには、プロメの引きつった笑顔が映っている。

 デルタはそれ以上言葉を続けようとはしない。

「ど、どういうことでしょうか?」

 しかしデルタは興味を失ったのか、中央階段を登って二階へと戻ってしまう。

 それにしても――いつのまにデルタはそばにきていたのだろうか。まったく気がつかなかった。パーテーションされた一時記憶保存領域から直近三十分ほどの映像記録を十倍速でチェックしてみたが、デルタの姿を確認することはできなかった。ただ掃除を始める前に、水の入ったバケツを脚立より遠ざけて置いていた、そのことは、確認できた。

(大丈夫かな、うまくごまかせたかな……)

 実は照明の掃除に取りかかるまでに、プロメは二回、転倒していた。

 一度目は二階の廊下、なにもないところで。びたん、と思いの外、大きな音がして、しりもちをついたプロメは誰にも見られていないのに顔を赤くした。

 二度目は拭き掃除用の水を満載したバケツに引っかかって。幸い制服には水がかからなかったので事なきを得た。しかし、自分で自分の仕事を増やしてしまい、情けなくなって天を仰いだ。

 そして三度目はついさっき。

 自分でも本当にどうかと思う。こういう些細なミスの頻発が自分の足を引っぱっていることはわかっている。しかしプロメにはどうしようもなかった。

「あ!」

 せっかくだから食事のことを聞けばよかったのだ。

 駆け出そうとする。

 見事にバケツにひっかかり、水をぶちまけて転倒する。

 えっぐえっぐと涙ぐみながらプロメが雑巾をかけ直していると、家内ネットワークを経由して電子メールが着信する。署名はD3とあった。

 きりのいいところで仕事を終えて休むように、いまからの時間は二階にあがってこないように、食事も必要ない――だいたいそういう意味のことがそっけなく書いてあった。

 ぺたんと座り込んで天井を仰ぐ。

 深い溜息がこぼれる。

「おやすみなさい、デルタ様」

 そうして、プロメの一日目は暮れていった。

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