episode4 ツンデレイオス


「以上が今年の文体祭の詳しい内容だ。何か質問がある奴はいるか?…ないようだな。では解散。」


 文体祭の初めての会議から二週間後。


 今日は、文体祭の詳しい内容を一学年全員に実行委員であるレイオスが説明するために、午前中の座学の時間を使って第九訓練場で学年集会を行っていた。


 二百人近くの中等部一年生を前に、事前に貰ったニアからの詳細資料を元に説明を行うレイオス。その姿は妙に様になっており、人の前に立つことに場馴れしているような感覚を覚える。


 レイオスが一通り説明が終わったので、解散の合図を出すと、各クラス事に生徒達が訓練場を出ていく。出ていく生徒達を尻目に、レイオスは今日使った資料を脇に抱えて自分も訓練場を後にしようとしていた。


「あの、レイオス様…」


 不意に後ろからレイオスにかけられる声。


 レイオスが後ろを振り向くと、小さな体を更に小さくし、もじもじとレイオスの顔色をう伺うロゼの姿があった。。


 不安そうな声音で話しかけてきたロゼを見て、レイオスは人のいない訓練場の端へと誘導する。


「なんだ?」


「ご相談したいことがあって…お昼あいてますか?」


「ああ。」


「…!ありがとうございます!」


 レイオスの承諾を得たことで、ロゼはレイオスの手を握り、必死に感謝を伝える。


 声音も先ほどとは違って明るいものに変わったロゼを見て、自分は他人の願いを聞かないほど冷たいと思われているのかと心の中でボヤくレイオス。


「それじゃあまた後で!」


 深く頭を下げて一礼すると、自分のクラスへと戻っていくロゼ。


「妙に懐かれたものだ。」


 レイオスは不思議そうに呟くと、ロゼの後を追いかけるように自分のクラスに戻っていった。



「なんだ、ド平民はいないのか?」


 最近は寒くなり、外で食べるのもそろそろ終わりだなと思いつつ、レイオスはいつも昼食を食べる中庭へと足を運ぶ。


 そこには、先にブルーシートを敷き、ちょこんと正座して待っているロゼの姿があった。


「あ、はい。レイオス様に二人きりで相談したいことがありまして…」


「なんだ?」


「今週末、カーリの誕生日でして…誕生日プレゼントを買いに行きたいのですが、何がいいのか分からなくて…レイオス様にご相談をと」


「あのド平民が好みそうなものか…食い物とかか?」


「それも考えたんですが、なにか残る物がいいかなと…」


 カーリはともかく、ロゼには普段からお弁当を作ってもらったりなど普段から世話になっているのは確かで、貰った恩は返さなければならないと気が済まないレイオス。


 そういう理由もあり、できればロゼの力になりたいと常々思っていたレイオスは、何がいいかと顎に手を当てて深く考え込む。


「ド平民が使っている木剣は学園からの貸し出しだ。学園街には有名な鍛冶師の武器屋があると小耳に挟んだことがある。訓練用にド平民に剣を買ってやったらどうだ?」


「レイオス様もやっぱり、自分用の剣を…?」


「いや、家にいた時は専用の剣を持っていたが、学園では貸し出し用のだな。俺は特にこだわりは無いからな。だが、ド平民には自分にあった剣があった方がいいかもな」


「ならそうしてみます!」


 ロゼはレイオスの話に興味深く相槌を打ちながら、いつの間にか懐からメモ帳を取り出しており、レイオスの一言一句をメモする勢いでペンを走らせる。


「あっ…!」


「どうかしたか?」


 不意にペン止めて素っ頓狂な声をあげるロゼに、レイオスは不思議そうに質問する。


「私、剣の善し悪しがわからなくて…」


「…少し待っていろ。」


 レイオスは制服のポケットから小さな黒色のメモ帳とペンを取り出し、先ほどのロゼと同じく、何かを物凄い勢いで書き始める。


「週末に三時間だけ時間を作った。昼の鐘に学園街の時計塔に集合でいいな?」


 フードで顔は見えないが、とても驚いたように動かなくなるロゼ。


「なんだ?」


「い、いえ、なんでも…」


「ならいいがな。」


 レイオスもそれに気づいたのか不服そうにするも、追求はしない。


 だが、ロゼが驚いたのは無理もない。


 まさかレイオスがわざわざ平民であるロゼのためにスケジュールを調整するなんてことは、ここに誰がいようとも、全員が驚くだろう。


 だが、これは悪いものでは無い。むしろ、他人のために動こうとするいい変化であり、レイオスの大きな成長と言っていいだろう。


「今日もお弁当作ってきたんですけど、食べますか?」


「…卵焼きはあるのか?」


「はい!」


「いただこう。」


 少し頬を染めながら、そっぽを向くレイオス。


 レイオスは最初にロゼのお弁当を食べてから卵焼きがかなり気に入っており、ロゼもそれを知っているのでお弁当を作る時は欠かさず卵焼きを入れていた。


「ふふっ、めしあがれ。今日はカーリがいないのでゆっくり食べても大丈夫ですよ?」


「ああ。」


 いつもの引き締まった顔とは違う、分かりにくいが、幸せそうな顔で卵焼きを食べるレイオスをロゼは優しく笑って見つめていた。



「待たせたか?」


「いえ、それほど」


「思ったより仕事が長引いてな。」


「気にしなくても大丈夫ですよ」


 週末。


 ロゼとレイオスは時計塔の下で待ち合わせをしていた。


 少し遅れて来たレイオスを寛容に許すロゼの懐の深さも流石と言えるが、少しの謝罪の言葉もないレイオスもいつも通りと言えるだろうか。


「ここ、パン屋さんが入ったんだ…」


「どうかしたか?」


「つい先日まで工事をしてたので、何のお店が入るのか楽しみだったんです!」


「…寄るか?」


「いえ、また来るので大丈夫ですよ」


 時計塔から学園街を散策しつつ、途中途中で店先を軽く覗いたりもしたが、順調に武器屋まで移動していた。


「目的の武器屋は東通りの奥だ。」


「雑貨屋さんの近くですか?」


「ああ、ビューラーとか言ったか。その雑貨屋の近くだ」


「私、あそこによく行くんですよ。結構品揃え良くて」


「確かに庶民的な物が多いな。」


「余裕のない学生の味方って感じです」


 レイオスとロゼ。


 貴族と平民という身分の差がある二人だが、二人の距離はかなり近い。


 レイオスは普段話していても喋る内容は一言二言と言った最低限の発言しかしない。


 カーリやヒカルと話していても、すぐに会話が終わってしまうので、二人はすかさず別の話題を挟むことでレイオスとの会話を長く続けている。


 だが、ロゼはレイオスの小さな発言から、話を膨らませ、一つの話題で長く話し続けている。


 これはロゼの長所であり、特技でもある。


 レイオスも、以前にカーリに、「貴様と違って、ロゼ平民との会話は長く続いて飽きない」と零していた。


 ロゼもレイオスを口下手な人だなと思いながらも、会話をたのしんでいるので二人の相性はかなりいいと言える。


「ここだ。」


「色んな武器がありますね」


「武器屋だからな。」


 集合してから小鐘一つほど。


 ようやく着いた武器屋には堂々と『ミレディの武器屋』と看板が掲げられていた。 


 武器が置いてある以外は普通の木造の平屋かと思いきや、裏側に煉瓦造りの大きな煙突のついたドーム状の建物が見え、煙突からは黒い煙が立ち昇っている。


 どうやら、裏で工房をやっており、卸した武器ではなく、手製で作った武器を並べている店だと伺える。


 店先に置かれた剣や弓を物珍しいそうに見るロゼに付き添いながら品定めするレイオス。その目はいつになく真剣だ。


「ド平民の戦闘スタイルからして、重心が手元にある少し短めの剣がいいだろう。変則的な剣を使わない分、こういう剣がいい。訓練場にある木剣に近いものだと、ここの棚の剣がいいな。」


「おや、学生にしては中々いい目をしているね」


 店の中の剣を一つ一つ見ながら、ロゼに説明をしていく、レイオス。


 候補の剣を見つけ、手に取って見ていると、店奥からレイオス達に声がかかる。


「おっと、貴族様でしたか。これは失礼しました。私はここの店主のミレディ息子であるミルトと言います」


 レイオスに軽く頭を下げて詫びるミルト。


 レイオスの胸に付いたワッペンを見て、貴族だと気づくと馴れ馴れしいのは変わりないが、一歩引いた接客に切り替わる。


 ちなみにミルトの年齢は二十代後半と言うところで、薄い緑の髪をした糸目の男だ。


「この剣は貴様が?」 


「わかります?」


「なんとなくな。」


 レイオスの言葉にニヤリと自信有り気に笑うミルト。


 レイオスは素っ気なく返すも、剣を見る目を見ると、ミルトの腕をかなり買っているようだ。


「そこらの棚は私の中でもかなりの自信作です。値段もかなり抑えてあるのでお買い得ですよ」


「確かに、この値段なら安いな…ふむ。」


 レイオスは棚に飾ってあるうちの一本の剣を手に取ると、まじまじと見つめると、満足そうに頷く。


「これがいいだろう。」


 納得いった剣を見つけたようで、口元にはうっすらと笑みが浮かんでいるレイオスは、選んだ剣をロゼへと手渡す。


「えっと、じゃあこれください」


「これは、このお嬢さんが?」


「いえ、友人への誕生日プレゼントです」


「おや、それならプレゼント用の包装紙に包ませてもらいますね」


「ありがとうございます」


 剣をロゼから受け取ると、ミルトは店奥に姿を消そうとする。


 自然な流れで購入者の事情を引き出す話術を見るところ、ミルトには鍛冶の才能だけでなく、商売の才能もあると見える。


「おい。」


「なんです?」


「そこのもだ。」


「かしこまりました」



「うぉぉぉぉ!!!剣だ!すげぇ!!!すげぇ!!まじすげぇ!!!!」

 カーリの誕生日当日。


 寄宿のカーリの部屋で、ロゼはカーリに買った剣をプレゼントしていた。


 ロゼから受け取ったプレゼント鉄剣にカーリのテンションは上がりに上がり、先程から凄いを繰り返していた。


「えーっと、プレゼントはもう一つあって…」


「え、まじで!?」


「これなんだけど」


 ロゼが後ろに隠していた箱を持ち出すと、カーリは箱を奪い取るとように箱を受け取り、早速、中身を確認する。


「おぉ…おぉぉぉ!籠手ガントレットだ!!」


 包装紙の中からカーリが取り出したのは白を貴重とした籠手で、金色のラインが入ったカーリ好みのものだ。


「かっけぇぇぇ!え、これどうしたんだ?」


「それはレイオス様からなの」


「レイオスから?」


「うん、その剣もレイオス様にカーリの誕生日プレゼントのことを相談したら、勧めてくれて。一緒に選んでくれたの。籠手はその時に一緒に買ってたんだよ」


「そうなのか!あいつに後でお礼言わないとな!」


 籠手を貰ったカーリは大はしゃぎで、既に腕に籠手をはめている。


 ちなみにレイオスは不在だ。


 ロゼが一応誘ってみたのだが、「なぜ俺がド平民の誕生日などを祝わないといけないんだ。」と言って、訓練場へと出かけたらしい。


「こういうのをツンデレって言うんだよね…」


 ヒカルが以前、レイオスに使っていた言葉を思い出して呟くロゼ。


「ん?」


「ほら、ケーキ焼いたから食堂に行って食べよ?クラスのみんなもそろそろ来ると思うから」


「誕生日会だな!先に待ち伏せして皆を驚かせてやる!」


 誤魔化すようにカーリを立たせて背中を押すロゼ。


 カーリも一瞬で話を忘れ、慌ただしく部屋を出ていくカーリ。


 小さな子供のようにはしゃぐカーリを見て苦笑するロゼだった。



 余談だが、後日、カーリが籠手のお礼を言った所、「ハッ、俺が貴様のようなド平民の誕生日を祝うわけがないだろ。」と突っぱねたらしい。


「ほんとレイオス様はツンデレですね」


「そうだね~」


 その話を聞いたロゼと学園長は二人、顔を見合わせて笑っていたそうだ。

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