episode3 カーリとレイオス
「文体祭?」
「そう!それの実行委員にレイオス君を推薦しようと思ってね!」
「興味無いな。」
唐突にレイオスの前に現れたヒカルが、よくわからない決めポーズを取りながらレイオスを指名するが、一蹴されてしまう。
放課後の第九訓練場。
いつもはカーリの駄々に付き合って模擬戦をしているのだが、カーリはロゼと学園街の方へ買い物に行ったので、レイオスは一人、鍛錬をしていた。
「君ならそう言ってくれると思っていたよ!」
「は?」
「だから私は学園長権限を使おう!君を中等部一学年代表の文体祭実行委員に任命します!」
ビシッとレイオスに指を指し、高らかに宣言するヒカル。
明らかな職権乱用である。
「くたばれ。」
レイオスがヒカルの顔目掛けて、先程まで素振りで使っていた木剣を突く。
それを首を捻るだけで軽く避けるヒカル。その顔には徴発的な笑みが浮かんでいる。
「確かに今の私は、魔術においては役に立ちませんが、身体能力だけなら未だに世界最強ですよぉぉぉ!?」
レイオスは先程とは比にならないほどの速度で、連続でヒカルに向かって突きを繰り出す。
「ちょ、あぶ、あぶない!あぶないですから!」
「チッ…。」
「危うく死んでしまうところでした!アハハハハハ!!」
「全て紙一重で避けている癖に、よく言うな。」
かつて世界を救った英雄の影もないヒカルに、冷ややかな目を送るレイオスだが、一撃も当たらない自分の剣を見て、少し落ち込んでいる。
「文体祭と言えば毎年雪月(二月)だったか?今から動くのか。」
「王国主催の学園生達の大イベントだからね~」
文体祭は毎年雪月に王国中の学園を巻き込んで開催する大イベントなのだが、今は麦月(十月)。まだ四ヶ月以上先にも関わらず、今から動かないと間に合わないようだ。
「どうせ拒否権はないんだろ?」
「おや、レイオスくんにしては素直ですね?」
「簡単な話だ。どうせ貴様は嫌でも俺にやらせるのであれば、一秒でも早く終わらせて鍛錬に戻りたいだけだ。」
「君は鍛錬バカを通り過ぎて鍛錬狂ですね~」
ヒカルの言葉を無視して、鍛錬に戻るレイオス。
「取り敢えず明日の放課後、高等部の第一会議室まで来てください、待ってますよ」
そう言い残し、訓練場を後にするヒカル。
何故か退場する時も、格好つけて決めポーズを一回挟んだので、レイオスに木剣を投擲されたのは言うまでもない。
☆
「皆さんもご存知だと思いますが、今年の文体祭の開催校は、この勇者記念魔術学園です。基本的に私達教員は手を出さず、委員会の皆さんが中心となって事を進めてください。それでは私はまだ仕事があるので後は実行委員長のニアくん、お願いします」
「はい」
中等部から歩いて十分ほどの高等部の本館二階にある会議室。
端にあるホワイトボードをコの字に囲むように配置された長机に委員会の生徒がそれぞれ座っていた。
ヒカルが少し前置きの話をするも、すぐに実行委員長であるニアにバトンタッチされ、会議が進行されていく。
「中等部の一学年、二学年は毎年展示物の作成になっているから、今月中にそれぞれのクラスで作成するものをリストアップして提出するように」
「「はい。」」
「中等部三学年は飲食店。毎年かなりの量の材料が必要になるからそこも考えて何を作るのか考えてくれ」
「はい」
会議はスムーズに進み、程なくして終了した。
レイオスは会議の間、渡された資料にメモをし、最低限の返事だけをしてあまり積極的とは言えないが、無難に過ごしていた。
「次週、またここで会議をするから全員集合するようによろしく。じゃあ解散で」
少し机の上に散らばった資料を整頓しながら、解散の合図を出すニア。
その合図に従って、各々が会議室を後にする。
「あ、レイオスくん」
レイオスも早々に立ち去ろうとしたが、実行委員長のニアから声がかけられる。
「…何か?」
レイオスは持っていた資料を再び机に戻し、ニアの方へと近づいていく。
今は歳上を相手する時の外面らしく、いつもの刺々しい雰囲気は感じられない。
「いや、一度挨拶しておこうと思ってね」
「なるほど。」
「同じ伯爵家の者同士だけど、パーティーで顔を合わせたことは無かったからね」
「ええ、そうですね。」
気さくに身振り手振りを付け加えながら、レイオスに話しかけるニア。
レイオスも相手を不快にしない程度の無難な回答を繰り返す。
「ここでは一応、身分は関係ないってことになってる。君も僕には学園の先輩と接してほしいよ」
「わかりまりした。」
「うん、ありがとう。それじゃあ僕はこれで。お疲れ様」
「お疲れ様でした。」
会議室から出ていくニアに軽く頭を下げつつ、その背中を睨みつけるように見るレイオス。
(あれがイムペラートル家の嫡男。『軍神』の息子か…戦場で見かけないと思ったら学園にいたのか。)
イムペラートル家。
レイオスのフィエルダー家と同じ、王国誕生前から初代国王に仕えたとされる旧貴族の一つで、爵位はフィエルダー家と同じ伯爵。
フィエルダー家が戦場の前線で剣を振るうのならば、イムペラートル家は戦場の一番後ろで軍扇を振るい、フィエルダー家が一対多を得意とするならば、イムペラートル家は多対一を得意とする。両家は対極的な位置にあると言える。
そして、今のイムペラートル家の当主であるニスル=イムペラートルは王国内で『軍神』と呼ばれる知将である。
その戦績は、大規模なものから小国との小競り合いを合わせ、五十七戦五十七勝。
常勝無敗の将だ。
そして、その名を最もこの世界に知らしめたのは十年前の『マードック・ドローング間の戦い』だ。
王国領であるマードックと、帝国領であるドローングは、数十年前に火山が噴火したのをきっかけに使われなくなったが、元々は互いの輸出入品を運ぶために使われた貿易都市だった。
隣接したこの土地で行われた帝国軍からの宣戦布告無しの奇襲。
帝国軍二万に対し、唐突な事で動けたマードック近くの衛兵などを寄せ集めたたった二千の兵のみ。
それを率いたのが、当時まだ軍神と呼ばれる前のニスル=イムペラートルである。
帝国軍が奇襲に成功したのは、マードックとドローングの間が大きな山と、深い谷があったことが大きい。
だが、ニスルはその地の利を利用し、援軍が到着するまでの二週間、二万の兵を足止めに成功。そのまま援軍を率いて勝利した事でその名を大きく広めた。
「王国歴史上最強の将の息子か。どんな奴かと思ったが思いのほか普通だな。」
父親譲りの青い髪に同色の瞳。
身長も平均的で、制服の上から見ても特別鍛えてるようには見えない。
レイオスが一度戦場で見た、ニスルの怖いくらいの威圧感とはかけ離れた穏やかな雰囲気をニアは纏っていた。
「だが、薄気味悪さがある。要注意だな。」
普通と言ってもニアは貴族。それもレイオスと同じ、旧貴族だ。どんな隠し玉を持ってるかわからない。
別段敵対しているわけではないが、レイオスは初対面の相手でも、この相手と自分が戦うならどうなるかを考える戦闘狂的な癖があるため、何か相手が自分に勝ちうる何かを持ってないかと考えてしまうのだ。
「そう言えばド平民に模擬戦の相手に呼ばれてたな…。」
思い出すように呟くとレイオスは会議室を出ると、いつもの訓練場に向かって歩き出した。
☆
「てりゃぁぁぁ!!ふっ!ほっ!」
「何度言えばわかる。闇雲に突っ込んでも意味が無いぞ。」
「やぁ!」
「頭を働かせろ。相手の先の手を読め。戦いにおいて一番大事なのは頭を使うことだ。」
大きな掛け声と共にカーリは、レイオスに剣を振るうが、全て簡単にいなされてしまう。
「はぁ…はぁ…一発も当たらねぇ……」
「当たり前だ。そんな単調な剣が俺に当たるわけがないだろう。」
「そんな事言われても、どうすれば単調な剣にならないのか分からねぇよー!」
肩で息をしつつ、口うるさく文句を言いながら地面にヘタリ込むカーリ。かれこれ数十分、休みなく動き回っていたため、無理もないだろう。
そんなカーリを見て、レイオスはやれやれと言った感じで、構えていた剣を下ろす。
文体祭の会議の終了後、レイオスとカーリはいつもの訓練場で模擬戦を行っていた。
と言っても、実力差が天と地ほどあるので、カーリが攻めて、レイオスがそれを軽く流すを繰り返しているだけだが。
「立て、手本を見せてやる。」
「手本?」
「ゆっくりとやるから、よく見ておけ。」
「わかった!」
「まず、相手の頭を狙って横に一閃。」
レイオスが木剣をカーリの側頭部目掛けてゆっくりと横薙ぎ。
ゆったりと自分に飛んでくる剣をしゃがんで回避するカーリ。
「次に、相手の動きに合わせて、そのまま左下に手首をかえす。」
「うおっと!」
ゆったりとした剣を相手にしているはずなのに、どこか危なげを残しながらも頭上から自分を斬るように下げられた剣を、素早く自分の剣で受け止めるカーリ。
「次に相手の剣の刃を滑らせるように剣を下ろす。下ろしきった後、手首を返して相手の腕を斬るように再び横薙ぎ。」
レイオスは、口で説明した通りに剣を走らせる。
カーリの剣の刃の上を滑らせ、柄の部分の手前で少し浮かせたあと、手首を返してカーリの腕を狙う。
「危ないっ!」
それを真上へのジャンプで剣を回避するカーリ。
「飛んだところに、相手の股から頭をへ両断するように剣を切り上げる。」
「くっ!」
ギリギリのところでレイオスの剣を、自分の剣で止めるカーリだったが、力の入らない空中のせいか、全ての衝撃を抑え込めずに体勢を崩されて後ろに軽く飛ばされたカーリは尻餅をつく。
「最後に刺突。これで終わりだ。」
スッとカーリの喉元に剣を突き立てるレイオス。
「いてっ」
受け身も取らずに勢いよく、お尻から落ちたカーリ。
訓練場の下は土なので、衝撃はかなり緩和されてるはずだが、痛いものは痛いので、強く打った尾てい骨のあたりをさするカーリ。
「さっき言った通り、戦いで必要なのは頭を使うことだ。相手の体勢を崩し、相手が反撃できない状態まで押し込み、最後にトドメをさす。これに初級魔術での不意打ちをしたり、道具を使ったりした戦術の駆け引きをしてからが本当の戦いだ。」
「へ~、初級魔術って近接戦に使えるのか」
「よく誤解されがちだがな。」
この世界における戦闘による攻撃魔術は、『高威力の中距離攻撃』という概念にある。
いくら初級魔術が何千発と撃てるだけの魔力があっても、上級魔術を一発も撃てなければ意味がないとされ、実際のところ戦争でも、敵軍の固まっているところに中距離から高威力の魔術を大人数で叩き込むことがベストとされている。
レイオスとカーリが行っている模擬戦などの近接戦において高威力の魔術などは詠唱を唱え、魔術陣を作る暇がないため、まず魔術は使われない。
だが、レイオスが言ったとおり、比較的詠唱の短い初級魔術は近接戦において使われることはあり、有効作とされている。
このことがあまり広まっていないのは、近接戦闘を行う傭兵や兵士の中に魔術を扱えるものが少ないためだ。
そもそも魔術が扱えるのならば、危険を侵してまで近接戦闘をせずとも、安全な中距離から魔術を撃てばいいので、近接戦闘で初級魔術を使うような輩はいないのだ。
「例えば貴様が俺の剣を受けた時、貴様の足元を土属性の初級魔術である『錬成』を行い、地面の形状を変化させたらどうなる?」
「転ぶ!」
「そう、近接戦において初級魔術ってのは、相手の隙を作るのに有効的なものだ。」
戦闘において、一瞬の隙は致命的なものに繋がる。特に、刹那的な時間に数十という攻防を繰り返す近接戦闘では尚更だ。
レイオスも、隙は絶対に作るなと小さい頃から教えられてきたので、相手の隙を作ることの大切さは身に染みている。
「ほうほう、レイオスの説明って先生よりわかりやすいよな」
「当たり前だ。俺の強さは才能やセンスもあるが、戦闘においてはこれまでの積み上げだ。」
「さらっと自分に才能やセンスがあるって言っちゃったよ…」
「事実だからだ。」
それが当たり前のように話すレイオス。
確かにレイオスは神童と呼べるだけの才能があり、努力も怠らない。言っている全てが事実だとしても、どこか癪に障るところがある。
「レイオス!もう一戦やろうぜ!」
「もう夕飯時だろ。そろそろ寄宿に戻らなければ…。」
「最後の最後!」
「…構えろ。」
少し考えたあと、嫌そうな顔を浮かべるも、承諾するレイオス。なんだかんだで推しに弱い。
二人は、少し距離を取り、お互いに剣を構える。
そこには先程までの穏やかな雰囲気は無い。
模擬戦だろうと二人は真剣だ。
「行くぞ!」
「来い。」
地面を激しく蹴り、飛び出すカーリ。
その目には迷いはなく、真っ直ぐレイオスに向かって突進している。
「何度言えば…っ!」
単調なカーリの行動に叱責しようとするレイオス。
だが、カーリはレイオスとの距離が縮まった瞬間、剣を地面に突き刺すと、それを支えにレイオスの頭上を越えてレイオスの後ろへと回り込む。
「もらっっったぁぁぁぁ!!!」
勢いを利用し、地面についた手を軸にレイオスの側頭部に回転蹴りを放つカーリ。
レイオスは蹴りを手の甲で受け止めると、振り向きざまに姿勢を低くし、カーリの支えとなっている手首に水平蹴りを放つ。
「ぐぅっ…」
痛みに耐え、崩された体勢をなんとか持ちこたえるカーリ。
その瞬間を逃すほど甘いレイオスではない。
蹴りを放った勢いを利用し、一回転。そのままカーリに木剣で横薙ぎを振るう。
「あぶ…なっ、い!」
カーリはとっさに空中に魔力の足場を作り、それを蹴ることで体を捻って体勢を変え、レイオスの剣を紙一重でかわす。
「疾ッ!」
レイオスから距離を取ろうと、必死に離れるカーリ。
その距離を一瞬にして詰め寄るレイオス。
「【錬成】」
レイオスの方を向きながら、後ろ向きに下がっていたカーリの足元が突如、少し隆起する。
隆起した土にかかとを引っ掛け、後ろに転ぶカーリ。
「ぐぅ…!」
不意な出来事に戸惑いつつも、わざと強引に腕を後ろに回し、余分に勢いを付け、バク転の要領でなんとか体勢を保つカーリ。
だが、レイオスはその間に距離をカーリの目前まで縮める。
「【光よ 我が元に
カーリが苦し紛れに発動させた初級無属性魔術の閃光。
閃光は、一瞬にして手元に光を集めることで、相手の視力を奪う魔術だ。
「小賢しい!…ぐぅ!」
レイオスは不意をつかれたものの、しっかりと目を瞑り、閃光を回避していた。
だが、その一瞬のうちにカーリがレイオスの腹に拳を撃ち込む。
カーリはレイオスの不意をついて一撃を加えた後、最初の位置…剣を突き立てた場所へと走り、剣を手にする。
「らぁぁぁぁぁ!!!!」
掛け声と共にレイオスの背後から思い切り、斬りかかるカーリ。
その瞬間、レイオスの姿が霞み、掻き消える。
「お前が殴ったのは俺の魔術で作り出した【
後ろからレイオスの声と共に、軽く頭を剣の腹で叩かれるカーリ。
「いてっ!」
「詰めが甘いんだよ馬鹿が。」
「いいとこまで言ったと思ったんだけどなぁ」
「お前が俺に一撃を与えられる日は永遠来ないから安心しろ。」
叩かれた頭を抑えながらカーリはレイオスの方を振り向くと、やれやれと呆れた表情を浮かべたレイオスが視界に入る。
「さっさとその体を洗ってこい。寄宿に帰るぞ。」
「は~い」
レイオスが手を払い、カーリを水場へと促すと、訓練場近くの水場へと出ていくカーリ。
その後ろ姿を見ながらレイオスは思う。
出会ってから半年。
最初はただただ力任せに剣を振るうだけだったカーリ。
それが今では、日に日に洗練され、より鋭く、より速く研ぎ澄まされている。
レイオスからの教えを聞き、十のことを百にして実践できる戦闘における才能。
まだまだレイオスが本気を出せば足元にも及ばない存在。
だが、少しずつ後ろから聞こえる足音。
確実に近づいてきている。
負けられない。
実力差はあれど、レイオスの中にカーリに対する競争心が生まれていた。
☆
カーリは水を浴びながらレイオスと自分の差を感じていた。
日に日に分かっていく遠すぎるレイオスの背中。
どれだけ速く成長すればレイオスに届くのか。
レイオスの隣に立てる日を夢見てカーリは今日の悔しさの涙を水と共に洗い流す。
☆
「お前の背中がどれだけ遠くても、俺は光の速さで追いついてやる!」
カーリの決意。
「貴様が光の速さで俺に追いつこうとするなら、俺は光よりも速く成長するだけだ。」
レイオスの決意。
二人の目には確かな力強さがあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます