第35話 ペンの真価
最後の相手はメルだ。
この病人はかなり手強い。
死ねば異世界に転生し、そこへ行けたなら無条件で幸せになれると盲信している。
その逞しいまでの妄想力をコントロールする必要があるのだが……。
ーーーーーーーー
ーーーー
「スピー、スピー」
放課後の図書室。
暖房でほんのりと暖められた室内は、まさに仮眠にうってつけだ。
過労気味な肉体が眠りを求め、意識は夢の世界へと落ちていく……。
フリをした。
これは誘い。
無防備な姿を晒しているのは、あの女を罠にはめる為だった。
「クケ、クケケ。すやすやと眠ってやがる。いい気なもんだぁ」
邪悪な女、現る。
ヒタリ、ヒタリと粘っこい音と共に。
ヒロインどころか、10代少女という肩書きすら怪しくなる程のおぞましさだ。
というか素足なのは何でだよ。
「クヒヒ。リンタロォ……。送ってやるぜぇウケッケ。夢見心地のまま異世界になぁぁあ!」
メルが両手でシャムシールを逆手に持ち、振り下ろそうとした。
狙いはオレの首元だ。
その姿を片眼で見とり、オレは振り向き様に刃を払う。
するとカキィンという乾いた音とともに、剣が根元から折れた。
「なぁ!? テメェは丸腰なハズ、一体どんな手品を使いやがった!」
「手品? 違うな。オレは刃物なんかよりも遥かに上位の武器を使ったまでだ」
オレの手には1本の鉛筆が握られている。
ペンは剣よりも強いことを実証してやったのだ。
「チィィ! このままで済むと思うなよ!」
「バカ。逃がすかっての」
「クソォ! 離しやがれ、この豚野郎が!」
オレは逃げるメルのブレザーを掴み、襟元を吊るすようにして捕まえた。
バタバタと暴れまわる手足が宙を掻く。
つうかコイツ、口悪すぎだろ。
「あのなメル。お前はやたら異世界と言うが、それはどんな場所なんだよ?」
「へっ。無知なるゴミカス野郎め。よぉく聞けよ。美男美女に囲まれて、何一つ不自由しない力を与えられて、世界を自分の思い通りに……」
「オッケーオッケー。だったらその素晴らしいビジョンを紙に書き出してみろよ」
オレは机の上に原稿用紙の束をドンと置いた。
その数300枚。
小説にしたなら読みごたえのあるボリュームとなるだろう。
「紙に書き出せ、だぁ? 何でそんな面倒な事しなきゃならねぇんだブッ殺すぞ」
「ほんと口悪いな文学少女。いいか、その異世界とやらがメチャクチャ魅力的で、オレが感銘を受けたとしたらどうよ? 抵抗することもなく、自分から率先して旅立とうとするさ」
「……なるほど。一理あるじゃねぇか。明日までには仕上げてくる。それまで首洗って待っていやがれ!」
メルはそう叫ぶと原稿用紙の束を掴み、よろけながらも走っていった。
そして図書室の入り口で突っかかってコケた。
何やってんだか。
ともかく導入は成功だ。
後は流れに上手く乗せれば良い。
オレは色んなケースを想定しつつ、報告を待った。
ーー次の日。
文芸部の部室に呼ばれたオレは、メルと対面した。
テーブルには殴り書きされた原稿用紙と、自決用のナイフがある。
刃には古めかしい血サビが付いている。
怖い。
「フフフ。リンタロウさぁん。約束通り書いてきましたよぉ?」
「あいご苦労さん。早速読ませて貰うぞ」
「フヘヘ。感動の余りお小水漏らすんじゃないですよ? クキャーッキャッキャ!」
罵詈雑言は無視して中に目を通した。
怨念の籠りきった文字が織り成す世界は、まとめるとこんな感じだ。
フラりと異世界にやってきたメル。
彼女には最初から『完全無欠攻撃魔法』と『完全防御能力』と『傾国の美女』というスキルが備わっている。
それらを使ってあらゆるトラブルを遊び半分にクリア。
よってたかって求婚してくる107人のイケメンを全部ふって、最後の1人を散々もったいぶってから、最終的には結ばれる。
それからも何も不自由することなく、幸せに暮らしましたとさ。
リンタロウには捨て扶持(ぶち)をあげました。
「……めでたし、めでたし」
「フフフ、どうですか。感動しちゃいましたか? ハンカチ貸しましょうか?」
「ふざっけんなぁぁあ!」
「ああっ! 何を!?」
室内を舞う300枚の落書き。
それをメルは短い両手で必死に追いかけた。
「私の世界が! 楽園(パーフェクト・ゾーン)が崩壊するゥ!」
「お前は創作事を舐めてんのか! こんな独りよがりな内容で感動できるわけないだろ!」
「そんなハズ有りません! あなたの品性が下劣で無教養なせいで、物語の深みを理解できないだけです!」
「だったら試してみるか?」
「試すって……どうやって?」
オレはスマホをホイホイと操作。
慣れた手付きで『小説家になっちゃいなよ!』というサイトを表示させた。
ここはタイトルから察せられる通り、アマチュア向けの小説投稿サイトだ。
「ここにさっきのを載せてみろ。もしお前が正しければ、称賛と評価の嵐でとんでもないことになる」
「フフッ。何だそんな事。私にかかれば楽勝です!」
「じゃあやってみろ。話は明日の同じ時間でいいな?」
「もちろんです。吠え面かくんじゃねぇですよ!」
メルが猛然と扉から出ようとするが、開け方が不十分で肩が突っかかる。
そしてコケた。
周りをよく見ろよな。
ーーさらに次の日。
メルはオレより先に部室に居た。
椅子に座ってるんだが、ボンヤリと天井を見つめたまま動かない。
オレが向かい側に座っても一切反応を示さなかった。
「メル。おい、メル!」
「り、リンタロ……しゃん」
「結果はどうだって、聞くまでもねぇよな」
実はあのサイト、作家の評価を外からも確認できるのだ。
昼過ぎの段階で1500PVの評価点2、感想ひとつ。
ちなみに評価は加点式だが、10段階評価だ。
つまり2点とは最低評価ということになる。
「どうしてですか……眠い目を擦って、頑張って、頑張って書いたのに……」
「それは誰もがやってる事だ。それくらいじゃアピールポイントにならねぇのさ」
「感想も、やっとついた感想も酷いんです。『こんなクソ作品、載せるだけ容量のムダ使いだ』って……」
その言葉にはオレの胸にもグサリと刺さる。
人というのは時として、異常なまでに残酷になれるもんだ。
それが顔の見えない相手なら尚更容赦が無くなる。
かつてストリートミュージシャンとして活動していた頃の記憶が甦るようだ。
「メル。辛いよな、悔しいよな。自分の作品を、真心を貶(けな)されるのはさ」
「リンタロウさん……私は、何もかもを放って逃げ出したいです」
「このままで良いのか? 逃げたとしても、今日の出来事を忘れられる訳じゃない。ずっとずっとお前に付きまとって離れないぞ」
「でも、どうすれば……」
ーーバン!
原稿用紙を置いた。
今度は1000枚ある。
かなりの重厚感で、テーブルの足がグニャリと揺れた。
「書いて……書いて書いて書きまくれ! バカにされたのなら、その都度検証だ。再創生のブラッシュアップだ!」
「書くしかない……この苦痛から逃れるには、物語を書くしか無いのですか?」
「そうだ。お前は異世界に深い思入れがあるんだろう。だったら再び立ち上がれるはずだ!」
オレは鉛筆をつき出した。
削りたての、長く使えそうなものを。
そこへ震える手が伸び、そして……。
「やります! 私、絶対に素晴らしい作品を書き上げてみせます!」
「お前の想いを受け取った! 今後はウェブ公開する前にオレがチェックしてやる。こう見えて興業では一度大成功してるからな」
「わかりました。お願いします、師匠!」
こうしてメルと師弟関係が結ばれた。
ルイズもそうだが、やたら形を重要視するのな。
それはさておき、メルはやる気十分だった。
そのため連日10万字の作品を仕上げて持ってくるようになった。
だが褒められる所は作業スピードだけ。
ありきたりな設定や、独りよがりな展開の改善は難航した。
「違う違う違ぁーう! もっと主人公に自然な苦労をさせろ! しれっと最強魔法授けんな! 能力はもっと順当に、ギリギリ問題解決出来そうなラインを保て!」
「すいません師匠! 書き直します!」
「それから何だこれは。『メルはメルリと笑った』って洒落のつもりか? 小細工に走るんじゃねぇよ!」
「すいませんすいません! 面白いかなって思っちゃいました!」
何度も修正させるが、中々光明は見えてこない。
来る日も来る日も叱り、大量の赤字で指摘、そして再提出。
1から作品を生み出すことの難しさを改めて痛感した。
だがある日を境に、オレからの指摘がみるみる減った。
取っ掛かりとなる名物キャラクターが誕生したからだ。
そいつを軸に話を組み立てると、ストーリーが綺麗にまとまり、面白味や深みが生まれていったのだ。
そして一ヶ月以上過ぎたある日。
総計11万9603字の物語を精読し、それをテーブルに静かに置いた。
メルの息を飲む音がする。
「どうでしょうか……今回のは自信あります」
「メル……」
オレは立ち上がり、メルの肩をがしりと掴んだ。
壊れそうな程に華奢なそれがビクリと震える。
「よく頑張った! これはスゲェ面白いぞ!」
「ほ、本当ですか! ありがとうございます!」
「待て待て、礼は反響を見てからだ。とりあえず投稿してみろよ」
「わかりました! すぐに公開します!」
メルがメルッと笑い、すぐさまサイトに投稿を始めた。
その笑顔を見て、オレの胸は大きな達成感で埋め尽くされていく。
後は結果が付いてきてくれれば満点なんだが、どうなる事やら。
さて、メルの小説についてだが、結論から言えば大成功を収めた。
投稿されたその日から凄まじい反響が返ってきたのだ。
満点評価、熱狂したような感想コメントの雨あられ。
瞬く間にジャンル内1位、デイリーからの週間1位、そして総合1位へと登り詰めた。
そしてメルは、サイト史上最年少の職業作家としてデビューする事になる。
すっかり創作事にハマった彼女は、もう二度と刃物を振り回す事はなかったとか。
ちなみに。
第1作目は増刷に次ぐ増刷という大成功となるのだが、第2第3は不振に終わる。
そのため作風をガラリと変え、それまでの王道ファンタジーから一転し、濃厚なBL恋愛小説を書くようになる。
しかもモデルはオレとマリスケ。
メルふざけんなこの野郎、破門にするぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます