第34話 雇用契約

リリカの件は工夫が必要なため手間取った。

何せ安心して金を使えるポジションってのが、中々思い付かなかったからだ。

だが一度アイディアが閃くと、オレたちの動きは早く、必要条件のほとんどを満たすことができた。

残すはリリカの返事だけとなるのだった。



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「何かしら。このような場所に呼び出して」



時刻は午後4時、進路相談室。

グラウンドから景気の良い掛け声が聞こえる以外は、雑音のしない空間だ。

重要な話を持ちかけるには、正にうってつけと言えた。



「まぁ座ってくれ。少し話がしたい」


「そう……では手短にね。これから食料の捕獲に出掛けたいの」


「だったら尚更だ。真面目に聞いといた方がお前の為だぞ」



オレは目の前にチラシを置いた。

そこには『どんなトラブルもサックリ解決! マルリン警備.CO カンパニー』と書かれている。

頭痛が痛くなりそうな社名だが、業務内容は真面目そのものだ。


警備会社を謳ってはいるけども、実質何でも屋に近い。

以来内容はかなり幅が広いものとなっている。

ストーカーが出れば追い払い、クマが出れば追い払い、テロリストの巣窟が出来れば追い払う。

身近な案件から手強いものまでを格安で解決するのがオレたちだ。


簡単に言えば正義のヒーローみたいなもんだ。

但し有料。

それでも2〜10万程度でテロリストを追い出せるなら、安い出費だろうと思う。



「これ、もしかして?」


「オレが起こした会社だ。経営はありえんくらい順調で、初めて一ヶ月足らずだが、既に粗利が1000万を超えた」


「い、1000万……」



ゴクリと唾を飲む音がする。

ベンチャーとは言え、大企業の重役の令嬢が食いつく額じゃない。

ここまでの極貧生活が彼女を変えてしまったのだろうか。


こちらとしては、その反応が見れただけで努力が報われた想いだ。

説得力のある数字を叩き出す為に、オレもマリスケも不眠不休だった。

今後は依頼金の上限を20万にしようと思う。



「そこで、リリカには事務方をやって欲しい。初任給は月50万出す」


「50万……何をさせるつもりかしら?」


「当面は難しい仕事は発生しないはずだ。振込金の確認とか、書類の整理くらいで良い」


「それだけで良いの?」


「業務面はな。他にも一つだけ取り決めというか、約束をして欲しい」


「取り決めねぇ。制服としてブルマーを穿け、とでも言うつもりかしら?」


「そうだな。じゃあ約束事は2つだ」


「冗談よ。お金の為とは言え、やる訳ないじゃない」


「オレもだ。本気にするなよ」



内心舌打ちした。

ついリリカの矯正にばかり目がいってしまい、役得にまで気が回らなかった。

想定しなかったオレの馬鹿野郎!

弱みに付け込んで、この立場を利用して、毎日毎日出社する度にあの美しいフォルムを存分に眺め愛でさせてもらうという素晴らしい夢が未来が薔薇色の世界が切り開けたというのに……。



「リンタロウ。ボンヤリしているけど、どうかした?」


「……いや、気にしないでくれ。ちょっと心の小旅行に出掛けてしまっただけだ」


「そう。それは良い趣味ね。頭の中ならタダだもの」


「さて、約束ごとについてだが、特別難しい話じゃない。オレから払う給与は毎回使い切ってくれ。それだけだ」


「……どういう目的かしら?」


「お前はこれまでに十分に金を貯めたはずだ。そろそろ頭を切り替えても良い頃合いだろ。働くことで収入が生まれるようになったら、もう少し人間らしい生活を送れと言っている」


「横暴ね。雇用主とは言え、そこまで強制する権利は無いでしょうに」


「確かに無いな。だがそこを考慮しても、お前にとって悪い話じゃ無いと思う。なにせオレの会社は絶好調かつ急成長している。今後どれだけ見返りがあるかは未知数だぞ?」


「はぁ、悩ましいわね。他所で就職したら給与の使い道なんて自由だけど、せいぜい額面は18万いくかどうかだし……」


「場合によっては倒産するしな。その点ウチは潰れる可能性はほぼ無い」



マルリン警備が潰れるのは、世界が完全に平和になった時だろう。

哀しいとは思うが、恐らくそんな日は来ない。

悪事や悪人というのは必ず一定数発生するからだ。



「そうね……ちょっと検討させてもらえるかしら? 就職以外にも一応大学進学を考えているの」 


「ほう、意外だな。てっきり就職組に確定だと思ってたぞ」


「確かに大学はお金がかかるけど、長い目で見れば十分元が取れるから」


「そうか。まぁ、良い返事を期待してるよ」


「それじゃあ失礼するわね」



ーーバタン。


進路相談室のドアが閉められる。

オレは独り、暮れゆく空を眺めていた。

眼下のグラウンドは既に後片付けが始まっている。

学校は間もなく眠りに落ちるだろう。



「服務規程に検討の余地があるな……」



女性社員はブルマーを着用の事。

これをルールとして盛り込むかどうかを相談してみよう。

マリスケはきっと乗ってくるだろう。


相棒のしたり顔を思い浮かべつつ、オレは夕日に向かって微笑んだ。




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