第33話  お芋先生

次の標的はルイズ。

アイツは所構わずギターを叩き壊しちゃあ火をつけて、焼きいもを生成するという病に冒されている。

屋内での火遊びは止めさせたものの、風の強い日や乾燥している日でもお構いなしだ。

焼失エンドの可能性を潰すためにも、別の調理法を教えてやる必要があった。



ーーーーーーーー

ーーーー



「フンフンフゥーン」



ルイズは今日も壊れたギターを積み上げている。

随分と機嫌が良い。

これからおイモさんを焼けるとあって、鼻唄混じりでの作業だ。

そこへ水を差すように、オレは鼻先で嗤(わら)った。



「へぇ。焼きイモねぇ」



ゆっくりとルイズはこちらを見た。

普段通りの笑顔のままだが、気配は別人のようだ。

そして、全てを凍てつかせるかのような声が発せられた。



「そうだけど。何かおかしいかしら?」



人の心には、踏みにじってはいけない領域がある。

追いかけている大切な夢だったり、心を潤し律する信仰心だったり、愛する家族だったり。

この場面では焼きイモが該当する。

オレは不躾(ぶしつけ)だと知りつつも、敢えて踏み込んで挑発したのだ。



「別に、おかしくはねぇよ。イモは旨いしな。だが……」


「だが……何?」



ルイズはいつの間にかギターを手にしており、それを中天に構えた。

最も得意な振り下ろしでも食らわせる気なのだろう。



「この焼き方はなんだ。そこまでイモを愛しているのに、随分と雑じゃないか」



向き合う顔がヒクヒクと歪む。

それによって、かなり深いところまで入り込んだ実感を得た。



「失礼な物言いね。私が何のこだわりも無く焼いてると思う? これでもだいぶ研究したのよ」


「じゃあ研究不足だな」


「なんですって!?」


「そう目くじらを立てんなよ。見てろ」



オレはイモの両端を持って高速回転させた。

そこでイモの表面に爪先を当てると、表皮が削れていく。

まるで鉛筆削りのようだ。

大きく違う点は、摩擦熱で発火しだした事くらいか。



「ふふん。大口を叩く割りにはお粗末ね。直火で調理するつもり?」


「もちろんだ。良いから見てろ」



回転率で火勢を調整。

角度で熱の伝わり方も慎重に整え、最後は平手で虚空を打った。

瞬間的、局地的に真空状態を生み出して鎮火。


出来映えは上々。

黄金色の身に所々お焦げを作りつつ、ホクホクな仕上がりとなった。



「ほら、食ってみろ」


「ふ、ふん。素人がどこまでやれるか……!?」



ルイズは一口かじるなり、途端に目を見開いた。

それからは飢餓状態かのように、無言で貪り続ける。

外はパリパリ中フンワリと甘い焼きイモは、瞬く間に喉を道を通っていった。

最後の一口は丁寧に。

ルイズは何か納得したかのように頷きつつ、ゆっくりと飲み込んだ。



「どうだ、美味いだろ。こうやればわざわざギターを壊すこともなく……」


「リンタロウ……いや、先生! これまでのご無礼をお許しください!」



ルイズが素早く手を着いた。

こんな機敏に動く姿は珍しいと思った。



「先生……ねぇ。それは何のつもりかな?」


「お願いします。先ほどの秘技を、どうかお教えいただけませんか!」


「ふむ、ふむ。教えんでもないがねぇ。辛く厳しい日々となるよ?」


「構いません! とうか、何卒!」


「よかろう。では差し当たって、腕立て500回な」


「はい先生!」



こうしてオレとルイズの師弟関係が結ばれた。

言葉に偽りなく、かなり厳しいトレーニングを課した。

延々ワックスを塗りをさせ、そして拭き取らせたり。

箸で小豆をひたすら掴ませたり、お芋型の筋力育成ギプスをつけさせたり。


ちなみにこれらのメニューに意味は全く無い。

気分だよ気分。

秘技の伝授には、ご都合主義満載のツボをひと突きしてやれば良い。

簡単に会得できたら有り難みがないからね、当然よね。


ある日の夕暮れ。

オレとルイズが茶室で向き合う。

マリスケに頼んで、ヒグラシによる演出をさせて雰囲気を高めた。



「ルイズよ。これまでよくぞ頑張った。誉めてやろう」


「ありがとうございます!」


「これより、我が秘技を授けよう。しかし、己の欲を律するように。決して技に溺れてはならぬ」


「はい、肝に命じます!」


「では、参る」



正座するルイズの後ろからツボをプスリ。

そして、何かそれっぽい事を施し、技を伝えた。

そこそこ痛いはずだが、ルイズは呻き声すらあげなかった。



「さて、やってみなさい」


「わかりました!」



ルイズが寸分違えず、オレの焼き方を再現した。

そして出来上がったものは、悪くないものだった。



「先生、できました!」


「ふむ。少し焦げ付いているが……。まぁ良いだろう。これに満足せず、精進したまえ」


「これまでのご指導、ありがとうございました!」



それからのルイズは、ギターを壊すことを止めた。

オレの狙い通り『焼失エンド』は今後起こるまい。

だが、些細ながらも新たな問題が起きてしまう。


彼女はライブを頻繁にやるのだが、ステージ上でも頻繁に焼くようになってしまった。

具体的にはMCの度にやってる。

最終的には曲の演奏よりも芋関連の時間の方が長くなったらしい。


技に溺れんなって言ったのにルイズこの野郎。


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