第32話  課外活動のさらに外

アスカについてだが、コイツは他のヒロインに比べたらおとなしい方だろう。

問題があるとしたら、カーリングルールを無視して暴れまわったり、やたらとハムを食う事くらいか。

正直サポートの必要はそれほど無いとは思う。


強いて何か挙げるとすれば、彼女が本当にやりたい事をやれてない事だろうか。

その気持ちをゲーム設定の為に我慢しているのなら、馬鹿げていると思う。


だからオレは休日にマリスケとともに呼び出した。

サッカー競技場に。


_________

_____



「リンタロさん、何か用ッスか、こんな所に連れてきて……」



アスカは少し不機嫌だ。

それはサッカーが嫌いだからではない。

心境としては、欲しくても手に入らないものを、知り合いに目の前で自慢されている時と似ているかもしれない。

ダイエット中に食べ放題ビュフェに呼び出されたようなもんだろう。



「用ってほどでもないぞ。ちょっとサッカーで遊ぼうってだけだ」


「り、リンタロさぁん。アタシはもう、根っからのカーリング女子なんスよ。もう頭の中ストーンでいっぱいの。球転がしだなんてやってらんないッス」


「君子アスカ。やせ我慢は体に毒でござるよ。何に対して遠慮してるのでありんす」


「あ、アタシは別に、やせ我慢なんか……」


「ほらアスカ。ボールいったぞ」



オレは上空にボールを蹴り上げた。

落下点はちょうどアスカの頭上。

これはノートラップで合わせたくなるような、絶好のハイボールだろう。



「あ、あ、ダメッス! アタシは、カーリングやらなきゃいけないんス! 他のスポーツに浮気するなんて……」


「じゃあサッカーは嫌いか? そう言えるか?」


「えっと、ええと……」


「嫌いだったら構わん、打ち上げたボールは無視しろ。だがもし、画面向こうのユーザーを気にしてるだけなら、遠慮しないで良い」


「でも、だって、アタシらはユーザーさんに高評価をもらおうと……」


「自分の好きなもんから目を逸らしてまで、気に入られようとすんな! さぁ、そのボールにお前の気持ちを乗せてみろ!」



打ち上げたボールが重力を味方につけて、みるみる速度を上げて落下してくる。

それはアスカの頭上、顔、胸を通り過ぎ……そして。



「アタシは、アタシは、サッカーが大好きだぁぁぁ!」



ボールが地面に落ちきる前に、アスカがロングキックの体勢に入った。

そのフォームは完成されていて、一切の無駄が無くて美しい。

元W杯出場選手のオレから見ても指摘しようのないものだ。



「死ねぇええええ!」



気合十分の声とともに足が振り抜かれた。

凄まじい圧力により、ボールが米粒状に細長く歪む。

更には空気との摩擦により発火。

さながら炎の弾丸だ。

それがマリスケの頭目掛けて飛んできた。



「甘いでござる! この程度じゃ虫も殺せないでごわすぞ!」


「な、何ィ!?」



マリスケがバク転の要領で両足で円を描く。

その瞬間にボールを真上に蹴りあげ、球威を無力化させた。



「シュートってのはこうやるでごなす!」



落下してきたボールに合わせて、ダイレクトシュートが放たれた。

マリスケの殺人シュートだ。

8匹の龍を従わせつつ飛翔するボールが、一面の芝を燃やし尽くし、風圧で地割れを引き起こした。



「キャァァアアーー!」



それはアスカに直撃した。

8匹の龍にモッチャリモッチャリ弄ばれながら拐われ、ボールと共にゴールネットに突き刺さった。



「あっ。これはちょっと……やりすぎたでござる?」


「んなことは無い。黙って見てろ」



アスカはユラリと立ち上がった。

体中を泥まみれにして。

衝撃が残っているのか、膝が笑っている。

だが、不要なものが吹っ切れたようだ。

血で滲んだ唇がグニャリと歪む。



「シャァァアーーッ!」



奇声を発してから、アスカがドリブルで猛然と突っ込んできた。

まるで鬼神でも宿ったかのような表情だ。



「今度はオレが相手だ!」



アスカの正面からスライディングタックルを仕掛けた。

全身をキリのように回転させながら、その足元を狙う。

数々のドリブラーやストライカーの足を封じてきた、オレの得意技だ。

さぁどう出るアスカ?



「しゃらくせぇッス!」


「な、何だってェ!?」



アスカは避けなかった。

オレの足先より、やや上を狙ってボールを蹴り飛ばした。

すると、スライディングの回転により、ボールは高く弾かれる。


それは普通のハイボールではない。

竜巻を引き起こすほどの回転力を持った、高エネルギー体だった。


アスカが天高く舞う。

オレも追いかけるが、一呼吸分遅れている。



「弾けろぉぉおお!」



アスカは空で自転し始め、もう1つの竜巻を上空に生み出した。

同じ回転の双子の竜巻はやがて繋がり、大竜巻となる。

その暴風を味方にし、ボールは地上へと叩きつけられた。



「こ、この力は! うわぁぁぁぁあ!」



宙に居たオレと、地上に控えていたマリスケを巻き込み、ボールが大きな破壊をもたらした。

まずは竜巻によってグラウンドには暴風が吹き荒れた。

そして放たれたボールが地面に突き刺さると、衝撃波があらゆるものに襲い掛かった。

ゴールも照明も観客席も、付近にあった全てが吹き飛ばされる。

一様に廃墟と化したグラウンドに、アスカが天空から降り立った。



「はぁ……、はぁ……。どうッスか、アタシの魂は?」


「ご、合格だ。よくここまで、想いを具現化したな」


「化け物でござる……。まさか拙者たちを、ここまで追い詰めるとは」



勝者が誰かは、外野から見ても一目瞭然だ。

地面にひれ伏すオレたち。

疲労困憊(ひろうこんぱい)ながらも、二本足で立つアスカ。

彼女の秘めたポテンシャルを甘く見ていたかもしれない。



「リンタロさん、マリスケさん。立てるッスか?」


「ああ、何とか……イテテ」


「ホラホラ。手を貸してあげるッス。勝者の余裕ッス」



アスカがオレの前で屈んだ。

スカートのままで。

当然の権利だと思い、中を覗き込むが。



「それにしても、やっぱりサッカーは最高ッス! これから週末には社会人チームとかに入って頑張るッスよ!」


「……かよ」


「うん? 何か言ったッスか?」


「スパッツ……かよ」



ブルマーではなかった。

その事実がオレに極度の失意と疲労感を与え、ダメージも相まってか気絶してしまった。

このまま眠りに就いてしまおう。

深い哀しみが癒えるその日まで。

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