第30話  変わらなくて良い

エルイーザの両目が、サーバ内の暗闇を煌々(こうこう)と照らす。

オレとマリスケは横に並んで、その光をジッと眺めている。

何をするでもなく。

明らかに情報過多の状態で、新しい刺激を求める気分にはなれなかった。


そうすると胸に自然と様々な感情が込み上げてくる。

これまでの経験すべてを、脳が整理しようとしてるのだろう。


喜び、哀しみ、感謝に失望。


たかだかゲームの世界を周遊しただけにも関わらず、壮大な冒険をクリアした達成感があった。



「色々あったなぁ。良いことも、嫌なことも」


「みんな懸命に生きていたでござるな。登場したキャラクター全員が」



アイテムボックスを開いてみるが、ここまでの旅を振り替えるような物は何もない。

世界ごとにデータの処理方法が異なるために、外へ持ち出す事が出来なかったのだ。

だから天明剣も、高圧電磁線銃も、自走式対バトルスーツ電子弾も無い。

更には様々なトロフィーも純金製のワゴン車もイルカの赤ちゃんも、何もかもが記憶の中にしかなかった。



「あんだけ大変な思いしたのに。散々大成功したのにさ、手元には何ひとつ残ってねぇのな」


「まぁ、あくまでも全てはゲームでござるからな。そこでどれだけ出世しようが、あくまでその世界だけでの話でごわす」


「残ったのは……知識に経験。色んな人間ドラマや教訓か?」


「そして、この体。もう格闘家も真っ青な体型でござる」


「ほんとだ。お前の筋肉気持ち悪ィ」


「お互い様でござるよ」



苦笑を交換しあう。

顔色を見たところ、先ほどよりもだいぶ良くなっていた。

それはきっとオレも同じはず。

休憩もそろそろ終わりにすべきだろう、エルイーザなんかは退屈の余り壁を殴りだしてるし。



「もう十分休んだよな。時間は?」


「さすらい始めて11時間といったところでござる。読みが正しければ、残された猶予は2〜3時間でござろう」


「どうにか正解を引きてぇな。確率はもう2分の1だ。いけなくも無いだろう」


「そうでござるな。どうか、当たりますように……」



2択のうち、ひとつの穴へと侵入していく。

今度はどうだろうか。

期待と不安に胸が膨む。

しばらく進むと、いわゆる近未来な部屋へとやってきた。

広い部屋の中央には大きなコンソール、その後ろには大きな扉。

扉は開いていて、その奥には鉄格子式の牢屋が見える。



「なぁマリスケ。ここはSFゲーム……じゃないよな?」


「やったでござる! ここが修正所でござるよ!」


「マジかよ、みんなここに居るのか!」



オレは弾かれたように飛び出した。

コンソールを飛び越し、向こう側の通路を目指して走る。



「拙者はとりあえず、牢屋の鍵を探してるでござるよー!」



背中にマリスケの言葉が投げかけられた。

鍵なんて今のオレにはきっと必要ない。

何せ化け物級の筋肉があるのだから、強引に破壊だって出来るはずなんだ。



「ここは、違う。ここも……違うな」



空の牢屋、別ゲームのモンスターに動物が収監されている牢の前を駆け去っていく。

思っていたよりも中は広い。

半円状の通路を駆けて行くと、やがて突き当たりにぶつかった。

片側最後の牢屋には……制服姿のミナコが居た。



「ミナコ! やっと見つけたぞ!」


「……リンタロー?」


「待ってろ、今すぐ出してやるからな」



ぶっとい金属の格子を掴んで引っ張った。

硬い、中々に手強い。

指1本で岩を粉砕できるオレの力をもってしても、簡単には壊れなそうだ。



「それでも、やってやれない……事はねぇぇッ!」



格子は断末魔のような甲高い音とともに、グニャリとひしゃげた。

これで人ひとりくらいは通過できそうだ。

オレは外から手を差し伸べて言った。



「開いたぞ。さぁ、こんな所からさっさと逃げよう!」



オレの手にミナコは反応しなかった。

向こう側の壁に背中を預けて、三角すわりの姿勢を崩さない。


そして、彼女の顔。

異様に瞳が暗い。

救助が来た事も、久々の再会を果たした事も、一切を喜んでいないようだった。


オレは急かすように差し出した手を何度も上下させるが、それでもミナコは動かない。

酷く沈んだ、消え入りそうな声が返ってくるばかりだ。



「私、帰らないよ」



体温のこもっていない言葉。

外部のあらゆるものを拒むような、冷たい声だと思った。



「帰らないって、何言ってんだよ。ここにずっと居るつもりか?」


「そうだよ。そのつもり」


「あのな、ここはデータの修正所なんだよ! 意味わかるか? お前の人格とか色んなものを改造される……」


「そんな事わかってるよ!」



感情を爆発させた叫びが牢屋内に反響する。

施設の壁を伝って、どこまでもどこまでも響いた事だろう。

それがミナコの思いの丈を示すようで、つい怯んでしまった。



「わかってるの。ここが全部を変えられちゃう所だって。今までの自分が無くなっちゃうくらいに、データを書き換えられちゃう場所だって!」


「そこまで分かってて、どうして逃げないんだよ!」


「だって、私はダメな子だもの! バカで、ドジで、何やっても上手くいかなくて迷惑かけ続けて……もうそんな自分にはウンザリなの! ここで生まれ変わりたいの!」


「何言ってんだ、お前っていう存在が消えちまうんだぞ? 姿カタチは同じでも全然別の人間が生まれるだけだ、それでも良いっていうのか!」


「良いよ、全然良い! もう嫌なの……自分のダメさ加減が、本当に嫌なの……」



体温の無い声が湿り気を帯びていく。

それはやがて、6月の雨のように、静かに濡れていった。


ミナコの言いたい事が、全く分からない訳じゃない。

人は誰しも変身願望を持っている。

過去の失敗や能力の低さに嫌気がさして、自分が生まれ変わった姿を夢想したりするもんだ。


だが……。

今この場面で、彼女の希望を叶えてやる訳にはいかない。

放っておいたなら、そう遠くない未来にあらゆるデータを書き換えられてしまう。

その結果生まれるのは、サーバ移動直前に見たアイツらのような存在だろう。


何もかもが完璧なミナコや、金に物を言わせて贅沢三昧を繰り返すリリカのような。

本来の彼女たちからはかけ離れたマネキンのような連中が生み出されるのだ。



「そんな未来、そんな結末、認められっかぁーーーッ!」



ーーグシャリ。


辛うじて形を保っていた格子を完全に曲げてやった。

もはやミナコとオレを隔てる物は何もない。

そのまま足を牢内に運ぶ。

ミナコはオレの変貌ぶりに驚いているが、やはり座ったままだった。



「帰るぞ。嫌だと言うなら無理にでも連れて行くからな」


「……どうしてよ。リンタローは、普通の女の子が好きなんでしょ。だったら私も生まれ変わったほうが嬉しいじゃない。変テコな幼馴染なんか嫌でしょ?」


「オレはな、ここに来るまでに色んな経験を積んできたんだ。命がけで目的を追いかけるやつ、自分の利益のために騙すやつ、赤の他人のために生贄になったやつと色々見てきたさ」


「それが、なに?」


「嬉しいこと哀しいこと、善人も悪人も散々味わってきた。その結果思うのは、性格が変な事くらい大した問題じゃない、と。善良であれば、心根が正しければそれだけで良いんだ」


「わかんない。そんな事言われてもわかんないよ」


「今この場で理解できなくてもいい。いずれ分かる日が来る」


「……私のドジっぷりは知ってるでしょ? またたくさん迷惑かけちゃうもん」


「迷惑をかけたら謝ればいい。でも迷惑をかけてるのはお前だけじゃない。誰も彼もが支え合って生きてるんだ」


「支え……あい?」


「そうだ。大人も子供も偉い奴だってそうしてる」



旅をする前は、オレも気付いてなかった。

2週目のヒロイン勢の破天荒ぶりに頭を痛めていたが、そう思うなら周りで上手にサポートしてやるべきだったのだ。


ミナコは凄まじい程のドジだ。

それなら都度フォローして、ひとつずつ直してやればいい。

リリカは病的な守銭奴だ。

だったら安心して金を使えるよう、安定したポジションを用意してやればいい。

アスカの本心はサッカーを求めている。

だから部活とは別に活躍の場所を与えてやろうと思う。


ルイズの楽器破壊、メルの殺傷癖。

それの対処は、まぁ……がんばる。


あの頃のオレは普通のラブコメ世界に憧れるばかりで、何も努力をしなかった。

人も、境遇も、何ひとつ変えようとしなかったのだ。

その結果として、マネキンと変わらぬモブに恋をしたのだから、我ながらマヌケで怠惰だと思う。



「お前は別に変わらなくていい。そのままでいいんだ」


「……そのままで?」


「自分の事が嫌いで変わりたいなら、頑張れ。オレは応援するし、ヘマしたときは助けてやる」


「でも、でも、いっぱい失敗すると思う。たくさん、本当にたくさん、呆れられるくらい」


「それがどうした。オレは何度でも助けてやるし、見捨てもしない」



オレは再び手を差し伸べた。

そこに熱い視線が注がれるのを感じる。



「変わりたいなら、変われ。だけどそれは自分の力でだ」


「出来るかな……私なんかに」


「表を見てみろ。オレは自力で生まれ変わって、牢屋をひしゃげられるまでになったんだぞ」


「そう、だね。変なの。リンタロー変なの!」


「うるせぇよ。つうかさっさと行くぞ。続きの愚痴や泣き言は家に帰ってからだ」



手のひらに、震える手が添えられた。

その白く華奢な手を掴み、引っ張り上げた。



「よし。こんな辛気臭い部屋、とっとと出るぞ!」


「うん!」



ミナコの手を引きつつ通路を駆ける。

そうするとコンソールルームに着いたが、そこにはリリカたちの姿があった。

マリスケに全員助け出された後のようだ。



「リンタロウ、こっちは全てOKでござるよ!」


「ようし。面倒が起こる前に帰るぞ!」



エルイーザの生み出した穴を通り、無事学校へと帰った。

これからは異世界巡りして変質したオレと、破天荒ヒロイン勢との生活が始まる。

これまでとは540度ほど違う暮らしが。




_________

_____



朝9時、新宿。

アルバイトの青年がオフィスに出社してきた。


「おはよーざぁす」


「……よぉ」



有るか無きかの挨拶を耳にしつつ、デスクのパソコンを立ち上げた。

この日はバグデータの修正に当てるつもりだったが、サーバ上のファイルを見て異変に気付く。

作業対象となるデータ数が昨晩と一致しないのだ。

不審に思った彼はチーフへ報告した。



『バグデータの件ですけど、ファイル内のキャラが何個か足りません。もう作業済みですか?』



上長へメッセージを送るが、返事はない。

それは昼近くになっても変わらず、未読のままである。

午後の業務を迎えた彼はこう思った。


ーーまぁいっか。誰かが修正してくれたんでしょ。


そして追及する事を止めた。

むしろ仕事が減ってラッキーなのだから、下手に騒いで余計な作業を増やしたくない。

それが本音であり、行動理念であるのだから。

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