クソゲー2 第25話  記憶を繋ぐもの

部室棟の階段を昇っていると、階下に不思議な生き物を見つけた。

大量に積み上げられた本から手足が生えているのだ。

それは目が見えないらしく、フラフラと動き回り、壁にぶつかっては軌道修正を繰り返している。


その生き物が階段に差し掛かると、大きく前のめりになって倒れた。



「おい! 段差があるぞ!」


「えぇ? キャァァア!」



階段に厚手の本が散乱し、その上に少女が倒れこんだ。

文芸部のメルだった。

力仕事なんか苦手だろうに、無茶するもんだな。



「それ、部室まで持ってけばいいのか? それだったら運んでやるぞ」


「あぁ……。リンタロウさん。ありかとうございます」



安請け合いしたものの、多量の本は結構な重さがあった。

これら全てを華奢なメルが運んでたと思うと、ちょっとだけ見直した。

意外とアクティブだったり……するわけないか。


2階の廊下をフラつきながら進む。

それでも、壁にぶつかったりはしないし、ギブアップなんてもっての外。

男の意地にかけて、死んでも達成させるつもりだ。

たとえ指先の感覚が消えても、腕がプルプル仔馬の様に震えても、だ。


ーードシン!


文芸部内のテーブルに本を雑に置いた。

もう指、肘、肩が限界を突破している。

丁寧に運びきるなんて真似は、もはや夢物語となっていたのだ。



「ありがとうございます。本当に助かりました」


「まぁ、こんくらい平気さ……。それにしても難しそうな本を読むんだなぁ」


「そうでしょうか? 私にとっては特別なものでは……」


「なになに、『分裂する世界』に『魂の回廊』に『偽りの貴方』に……」



本のラベルを目で追っていると、脳にズキリと痛みが走った。

目眩を伴った頭痛。

オレは耐えきれなくなって、テーブルに両手を置いて、そのまま落ち着くのを待った。


ーー今のは、一体?


何かが繋がりかけたような気がする。

心に、頭の片隅に眠っているもの。

それが目覚めかけては、強引に押さえつけられているような、そんな感じだった。



「あの、リンタロウさん。大丈夫ですか? 保健室に行きます?」


「いや、平気だ。ちょっと頭痛がしただけだから」


「無理しないでくださいね。風邪でもひいたら大変ですから」


「気遣いありがとうよ。でも心配はいらないさ。じゃあな」



ーーガラガラッ。


話を遮るようにして、強引に部屋を後にした。

心にたったさざ波が、いつしか大波に変わっていた。

それがオレに原因不明の焦りを生じさせ、無用なお喋りから遠ざけた。



「今日のオレ、おかしいな。少し部室に寄ったら、早く帰ろう」



そのままジャズバンド部の部室へと入った。

中には先客がいて、独りギターを奏でていた。

もちろんルイズだ。

整った顔に真剣味を帯びさせ、指先からは豊かな音を生み出している。


彼女はミナコとは別次元で才気溢れている。

この演奏を前にすると、自分がいかに凡庸か良く分かるというものだ。



「あらリンタロウ。来てたのね」


「まぁな。すぐに帰るけど」


「そう。せっかくだから、ちょっと弾いていかない?」


「お前と? オレなんかが相手で良いのかよ」


「なぁにそれ。また嫌なことがあって拗ねてるのね」


「別に、そういう訳じゃ……」


「ホラホラ、お姉さんが全部受け止めてあげるから。早く楽器を出して」



お姉さんなどと言うが、彼女とは同学年だ。

落ち着きぶりや懐の深さから頼りがちだが、今の態度だと馬鹿にされたような気分になる。

それでも、楽器を出さなければルイズは五月蝿いはずだ。

仕方なくアイテムボックスを開く。


……なんだこれ?


全く見覚えのない物がそこにあった。

キーホルダー、多分安物だ。

鹿のような、豚のような生き物が、笑っているように顔を歪めたもの。

自分の物なのか、預かり物なのかすら記憶にない。


オレは導かれるようにして、そのアイテムを選択した。

そして目の前に出そうとするが……。


『エラーコード404。存在しないデータです』


そんな声が聞こえてきた。

存在しないだって?

あり得ない、現にボックス内に収まってるじゃないか!



「リンタロウ。そんなに驚いてどうしたの?」


「ダメだな、何度試してもエラーになるか」


「ねえったら」


「物を出せないなら、どうにか情報を引き出せないか……。些細な事でも良いんだ」



オレはキーホルダーの説明文に着目した。

そこには本来であれば、1行2行の簡単な文章が書かれているはずだが、こればかりは別だった。

記号や数字がデタラメとも思えるように羅列されているのだ。

所々が英語だから、何かしらの意味があるんだろう。

どんなに眺めても解読なんか出来そうにねぇが。


その説明文はともかく長大で、画面のスクロールが必要になるほどだ。

望み薄ながらも画面を滑らせていく。

空振りかな……と思っていると、オレの目が止まった。

一部分だけカタカナで表記されていて、その違和感に気づくことが出来たのだ。


そこには『オクジ ヨウ ニコイ』とだけ書かれていた。

以降はやはり、記号と数字の海だ。



「オクジ、ヨウ……屋上に来い!」


「さっきからなぁに? 屋上がどうかしたの?」



オレは駆けた。

1階に降り、連絡口を抜け、本校舎の階段を昇っていく。

息が切れ、膝が怠くなるが、それに構う気はない。

3階から半階昇り、ドアを勢い良く開けた。

屋上だ。



「……誰もいねぇな」



人の姿は無い。

手すり部分でカラスが羽を休めているだけだ。

そして、目ぼしいもの、変わったものすら見当たらない。

空振り……なんだろうか。



「偶然か、イタズラなのか? でも、屋上に何かあった気がする」



うっすらとだが一つの光景がよぎる。

誰かが屋上でオレの名を叫ぶものだ。

早く来い、リンタロウ早く来い……と。

だからこうしてやって来たが、やはり誰もいない。


空は今にも陽が落ちそうだ。

間もなく下校時間となるだろう。

遅くまで居残っていると警備のおっさんにネチネチと叱られてしまう。

そうなる前に帰ろう……と思って、踵(きびす)を返したその時。


ーーバチバチッ!


背後から耳慣れない音がした。

ネオンサインというか、放電したような。

付近には給水塔や配管があるだけで、電気的なものは皆無だ。


……空耳、か?


そう思っていると、再び同じ音がした。

今度のものはさっきよりも大きい。

そして長い。


ーーバチバチッバチバチバチッ!


上だ。

目線よりもずっと上の方に、穴があった。

赤く染まった空にポッカリと丸い穴が開いている。

そこから人形が現れ、続いて一人の男が落ち、そのまま屋上に尻餅をつく。

唐突な変化にカラスが驚いて飛んで行った。



「イタタタ。ちょっと座標がズレたでござる」


「お前……お前もしかして?」


「君子リンタロウ、どうやら無事再会できましたな」


「マリスケェーー!」



オレは駆け寄ってマリスケの肩を抱いた。

この時には既に思い出していた。

突然崩壊した世界、忌まわしい黒い靄(モヤ)に。

そして、ミナコの最後。



「マリスケ、どこに行ってたんだよ。まさか生きてただなんて!」


「拙者にはこの人形があるでござる。システムの力を使ってどうにか、己だけがおめおめと助かったでござるよ」



マリスケは手元のエルイーザ人形を一撫でした。

その顔は愛しみと後悔が入り混じっているように、どこか寂しげだった。




「つうかさ、さっきキザッたらしいお前に会ったんだが。そうするとアイツは何者だ?」


「あれは仮データのまがい物、モブみたいなもんでござる。もちろん、他のみんなも同様に」


「つうことは、ミナコやリリカなんかも?」


「左様。本物は、とある場所にて囚われているでござる」


「生きてんのか! だったらすぐに助けに行こう! 場所は知ってるのか?」


「あー、その……大体は?」


「歯切れ悪いな! この穴を通れば良いのか?」


「あー、うん。……概ねは?」


「ヨッシャァ行ったるぞーぉ!」


「あっ。待つでござるよ!」



オレは後先考えずに飛び込んだ。

どんな困難があっても負けたりはしない、と胸に決めて。

全ては仲間たちを、ミナコを救うためだ。


それでも、話くらいは聞いとけばよかったと、後々痛感する事になる。

どれだけの受難が待ち受けているか、この時のオレはまだ知らない。

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