クソゲー2 第24話  異物感

カリカリカリ。

さすがに3年の授業風景は真剣そのものだ。

それをどこか他人事の様に眺めてしまうあたり、オレは不真面目な生徒だと思う。



「この問題、解けるやつ居るかー?」


「はい!」



教師の問いかけに対して真っ先に応えたのはミナコだ。

軽い足取りで黒板まで歩き、スラスラと数式を書き上げていく。

しかも達筆、パソコンで印字したかのような正確な文字で。

オレが書いたとしたら異国風の文字になっちまうのに、ミナコのそれは精密機械そのものだと言えた。

綺麗に書くコツでもあるんだろうか。



「うんうん。答えはもちろん途中式まで完璧だな。お前らも見習えよー」


「さすが校内1の天才は違うよなぁ!」


「それでいて美人なんだもん。憧れちゃうなー」



数々の羨望の眼差しを受けつつ、ミナコが席へと戻る。

オレと似たような環境で育ったはずなのに、どこで差がついたんだろう。

絶望的な能力差が壁のように立ちはだかるようだった。


ーーキーンコーンカーンコーン。


午前終了の鐘が鳴る。

するとモブ教師は話途中にも関わらず、いそいそと教室を出ていった。

きっとスマホゲームでもやる気だろう。

あの中毒者め。


ミナコが自席についたまま弁当を広げ出す。

オレもつられて弁当を取り出すが、このまま食べられそうになかった。

リリカが昼時にやってきたからだ。



「ミナコさん。ワタクシもご一緒させてもらえるかしら?」


「あ、リリカちゃん。いらっしゃい。私は構わないよー」


「では失礼するわね」



美しい巻き髪の金髪を揺らしつつリリカは入室した。

その後ろにはスーツで身を固めた年配の男が続く。

……あの自慢たらしい食事が始まるのか。

オレは内心反発しながら、机を教室の端に向かって引いた。



「ソウヤ。今日のお昼は何かしら?」


「漁港より取り寄せたイクラを始めとした、海鮮料理となっております」


「そう。どこのものかしら?」


「早朝に十勝より空輸にて直送させました。保存料の類いは一切使用しておりません」


「ふぅん。まぁいいわ。早く用意なさい」


「かしこまりました」



付き人は恭しい態度を崩すことなく、そして手早く準備を始めた。

3人分はありそうな長テーブルに、純白でツヤのあるクロス、日差しを良く弾く銀食器の数々。

そこにフルコースの要領で、順次料理が並ぶ。

リリカのペースを完全に把握した供出の手腕は、もはや芸術の域だと思った。



「はぁー。リリカちゃんは相変わらず、豪勢だねぇ」


「羨ましいかしら? だったら、上流階級の紳士方を紹介するわよ。あなたなら引く手あまたでしょうね」


「いいよいいよ。そういうのは肩が凝りそうだもん」


「そう……。実は既にいくつかお話を預かってるのだけど?」


「アハハ。悪いけどお断りしといてー」


「わかったわ。気が変わったらいつでも仰って」



オレは心の中で褒め称えた。

よく言ったミナコ、と。

金持ち連中に好き勝手させんなと。

それが僻みから出た言葉だというのは、誰よりも理解している。

自覚はすげぇある。


それから純金製のティーセットでお茶だの、スマホでM&Aの打ち合わせだの、高校生とは思えない振る舞いを目の当たりにした。

飯食ったなら帰れとも思うが、コイツはギリギリまで帰らないのが常だった。


ーーキーンコーンカーンコーン。


予鈴が鳴る。

それとともに付き人が辺りを整然と片付け、粗方を元通りにした。

時間にしておよそ30秒。

マジで何モンだよ。


それからは午後の授業。

地理、現国、英語と続く。

その間もオレは全く身が入らない。

というのも、朝に感じた違和感が、この時になって再び頭をもたげたからだ。


ーー何かを忘れてるような、何かがおかしいような……。


自分が世界の異物のような気がして、どうにも落ち着かない。

かといって、それを裏付けるような物は何もない。

だから相談しようもないし、したとしても受験ノイローゼで片付けられそうな話である。

当の自分でさえ現実逃避と感じなくもない。



「はい、今日はこれまで。気を付けて帰れよー」



いつの間にかHRも終わり、モブ生徒たちが騒がしくなった。

ガタガタと一斉に鳴る椅子の音が耳にうるさい。

だがそれ以上に、喧しい女が教室に乱入してきた。

2年生のアスカだ。



「ミナコちゃーん! 授業はもう終わったんだよね!」


「アスカちゃん。そうだよ、ちょうど終わったとこ」


「ねぇねぇ、ちょっとウチの部に寄っていってよ。この前の大会のトロフィー見せてあげるから!」


「そう言えば約束してたよね。行く行くー!」


「じゃあ早く! あんま遅れると顧問に怒られちゃうもん」


「うんうん。わかったよ。それにしても、アスカちゃんスゴいよねぇ。カーリング始めたのって高校入ってからでしょ?」


「自分でも驚いてるよー、なんかビタッとハマった感じでさー。それにね……」



2人が教室から立ち去ると、辺りは急に静かになった。

嵐の過ぎ去った後という言葉がピッタリと当てはまりそうだ。



「さてと、オレはどうすっかな。ゲーセンでも寄って……」



バッグの重みに体を揺らしながら、教室を後にした。

だが、このまますぐには帰れそうにない。

目の前に面倒なヤツが現れたからだ。

2組の廊下の前で、マリスケに捕まってしまったのだ。



「どうしたんだい、リンタロウくん。浮かない顔じゃないか?」



勘に障るイントネーション。

それが決めポーズとともに放たれるのだから、怒りや疲れが倍加する。



「マリスケ、何か用か?」


「はぁ……。いつになったら覚えてくれるんだい? 僕の名前はマーリィ・スライ・ケーニヒスベルグだと言ってるだろう」


「うるせぇ。嫌味に決まってんだろ。てめぇなんかマリスケで十分だボケ」


「それは僻みなのかい? これだから不細工は。美しい男の役割も辛いものだね。際限無き嫉妬まで引き受けなくてはならないんだから」



早くもストレスゲージはグングン上昇し、その7割が赤く染まる。

つうか、何の用事があるんだよ。

ここまで煽りしか受けてねぇぞ。



「用件を言え。オレは急いでんだ」


「どうせゲームやら動画やらの為だろう。そんな無価値なものより、僕の話に耳を傾けた方が良いと思うよ? 何せミナコさんにまつわる情報だからね」


「……い、いらねぇよ」


「本当かい? 痩せ我慢は良くないよ?」


「要らねぇもんは要らねぇ! とっとと消えろ!」


「そうかい。気が変わったらいつでも言ってくれ。もっとも……それを知ったところで、君には活かしようが無いがね!」



高笑いとともにゴミ野郎が去っていった。

結局嫌みや暴言を貰うだけの時間だったな。

得るものがゼロだったことは自分のせいでもあるが、それにしても酷い結末だと思う。



「はぁ……部室でも行くか」



オレは予定を変更して部室棟へ向かう事にした。

こんな気分のままで帰宅なんかゴメンだからだ。

楽器でも触れば気が紛れるだろう。

そんな事を考えながら、ジャズバンド部の部室へと向かって歩き出した。

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