クソゲー2 第23話  闇が来る

肩が異常なくらいに痛んだ。

少し動かすだけでも身体中に激痛が走る。

どうやら生きてはいるが、万全じゃないらしい。



「み、ミナコ……?」



穴の中は光量は十分だが、まだ焦点が合わなくて、視界はぼやけている。

だから探るようにして声をあげた。

すると、目の前の何者かが返答した。



「私ならいるよ。リンタローは大丈夫?」



その言葉を聞いているうちに、目線が定まってきた。

辺りは落とし穴のような、地中の空洞だ。

ミナコはというと、オレのすぐ隣で壁に背を預けて座り込んでいる。


ーーゾワリ。


その横顔を見て、なぜか違和感というか、不吉なものを感じた。

これまで10年以上眺めてきた横顔から。

その気持ちも、呼吸ひとつの間に切り替えた。

気のせい……という言葉で感情を飲み込むことで。



「オレはどうにか。体が痛ぇけど」


「そうなんだ。平気なの?」


「我慢できないほどじゃない。それより、ここはどこなんだろう」


「わかんない。でも、そんなに深くないみたいだよ?」



ミナコが上を見る。

オレもそれに習うと、入り口から赤い空が見えた。

あの辺りから落下したんだろう。

その距離は目測で7メートルくらい。

知恵と努力次第では脱出が出来そうだが。



「あそこから抜け出せそうだな。ミナコは動けそうか?」


「うーん、ちょっと難しい……かな」


「どうした。どこか怪我でもしたのか?」


「ええとね、ちょっと捻っちゃった。もう少し休みたいかな」


「そうか。オレもどこか折ったらしい。お互いに動きは取れない……みたいだな」


「ごめんね、リンタロー」


「お前のせいじゃないんだ、謝るなよ」


「そうじゃないの」



ミナコが青ざめた顔を俯かせる。

胸にザクリと痛みが、何かを警告するような鼓動が駆け巡った。



「本当はね、もっと早く声をかけられたの。でも、エミルちゃんが、校門から出て行くのが見えてね」


「それは……オレがアイツを引き止めてた時の話か?」


「私、ちょっと、思ってたの。あんな子、消えちゃえって。リンタローの、目の前で、消えてくれたら、諦めも、つくのかなって……」


「み、ミナコ?」



聞こえる声が途切れ途切れになる。

横顔も汗に濡れている。

口元だけで笑顔を作っているが、かえって悲壮感が増していた。



「私って、嫌な子だね。もうちょっと、いい子だと、思ってたんだけどな」


「おい、どうしたんだ。辛いのか?」


「エミルちゃんが、居なくなっても、別の人に、気持ちが、向かうだけ、なのにね。でも、消えちゃえって、気持ちが、強くって」


「聞けよ、おいッ!」



ーーズルリ。


ミナコの体がこちら側に倒れてきた。

呼吸が荒く、目は虚ろ。

顔からはすっかり血の気が引いている。

さらに……。



「お前、腕が! 腕をどうしたんだ!?」



左肩から先が無かった。

千切れたというわけでなく、まるで手品の演出のように、完全に消えているのだ。



「どうしてそんな怪我を! なんで黙ってた!」


「さっき、落ちるとき、黒いのに、触っちゃった。そしたら、無くなって。私って、ほんと、ドジ……」


「クソッ。どうにか手当を!」



上に着ていたブレザーを脱ぎ、傷口に巻いて縛り付けた。

血止めの要領だが、血は一滴も出ていない。

この手当てに意味は無いと感じつつも、他にやりようなど無かった。


上着の背中部分を傷口にあて、袖を右肩に回して、キツく縛る。

ギュッと締めた瞬間、ブレザーがはらりと落ちた。

布地に黒いモヤらしきものが侵食していて、真ん中から2つに裂かれてしまったのだ。

辺りには端切れひとつ見当たらない。

文字通り、布が消失したとしか思えない。



「コイツが、全部このモヤが悪いのか!」


「リンタロー、触っちゃ、ダメだよ。私みたいに、なっちゃう」



ミナコの左肩にあったモヤは、宿主の体を更に侵食していく。

そして、ミナコの首から顔にかけて、肌がドス黒く染められてしまった。


オレはそのモヤを払い落とそうとしたが、手応えはない。

叩こうが爪を立てようが無駄だった。

侵食は一定の速度で頭を目指して進んでいく。



「アスカ、マリスケ、助けてくれ! このままじゃミナコがッ!」


「私、今度生まれ変わったら、しっかり者に、なりたいな。こんな、ドジで、バカな子、もうやだよ」


「縁起でもない事言うなよ! 気をちゃんと持て!」


「えへ、へ。賢い子に、なったら、リンタローも、見てくれるかな? もっと私を、私の事を……」


「ミナコッ!」



黒く染まった体を抱き留めようとした。

だが、その手は空を切る。

ミナコは最後まで言葉を残すことなく、消えてしまった。

跡形も残さずに。



「ミナコ! ミナ……!」



そのとき、両手が目に映る。

黒いモヤが宿ったその手を。

憤怒、憎悪。

そんな言葉が生温いほどの、手中のものよりも黒い感情が胸の中で爆発した。



「クソがぁぁあーッ!」



手のひらを壁に叩きつけた。

何度も、何度も、狂ったように。

それでもモヤは意に介さず、オレの事も端から喰らいはじめた。



「よくも! よくも全部ぶち壊しやがってぇえ!」



ーードガッドガッドガッ!


壁を叩きつける度に腕が短くなっていく。

侵食のせいか、骨が折れているせいなのかもわからない。

そして、すっかり疲れはてた頃。




体が闇に飲まれた。




静寂。

耳が痛むほどに静かだ。

気づいたときには、光も音も何もない世界に連れ去られた後。


湖面に浮かぶ木の葉のような浮遊感がある。

だがもしかすると、海中を漂う藻の様なのかもしれず、ともかく状況が見えない。


ーー光は、音はどこだ。


すがるべき物を求めた。

今はただ、自我を保つための取っ掛かりが欲しかった。

現実に繋ぎ止めるための楔。

それは一体どこにあるのか。


ーーピピピッ。ピピピッ。


甲高い音だ。

この電子音は聞き覚えがある。

思わず音のなる方へ手を伸ばす。

警戒も考察もいらない。

ともかくここから抜け出したかった。


ーーピピピッ。ピピピッ。


音は次第に大きくなる。

それに伴って、視界にも光が溢れていく。

目を開ける事が難しくなるほどの、強烈な痛み。

それが最高潮を迎えた頃……。


ーーピピッ。


音が止んだ。

右手で掴んだのは、使い慣れた目覚まし時計だ。

半身を起こして辺りを眺めてみる。


年代物のパソコン。

手垢で少し汚れたレースカーテン。

軋む音の大きいパイプベッドに、乱れたシーツ。

自分の部屋だった。



「ええと、オレは……?」



酷く寝覚めが悪い。

秋も本番なのに寝汗で身体中が濡れていた。



「今日は木曜か、シャワーを浴びる時間は……無いな」



それどころか、朝食を食べる時間すらない。

急いで制服に着替え、パンだけ咥えて学校に向かった。

天気は腹が立つほどに快晴、秋晴れだ。

うっかり途中の公園に引き込まれそうになるが、自分を叱咤(しった)して道を駆ける。


そのまま15分ほど全力疾走すると、ようやく校門に着いた。

好タイムの為、時間にそこそこの余裕が生まれている。

息を整えつつ下駄箱へ。

すると、昇降口には見慣れた生徒がいた。



「おはよう、ミナコ」


「リンタローおはよう! 今日はスゴく良い天気だね」


「そうだな。ついつい学校をサボりたくなるぞ」


「またそんな事言って。ちゃんと宿題はやってきたの?」


「宿題? あれ、えっと、どうだったかな……」


「もう、受験生なんだからしっかりしてよね。今度と言う今度は写させてあげないんだから」



宿題?

昨日の夜は何をしてた?

記憶がスッポリと抜け落ちている。

無理に思い出そうとすると、ツキリと頭痛が走った。



「オレ、昨日は何してたんだ……?」



周りの景色から、自分だけが取り残されていく気がした。

流れていく生徒たちから浮いているような錯覚。

まるで別世界にやってきたような気分だった。

だがそんな違和感も、予鈴のベルが掻き消していく。


ここで遅刻するのもバカらしいと、走って教室まで向かった。



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