クソゲー2 第21話  聞き逃した言葉

修学旅行2日目、最終日。

初日は真面目に、特に風呂覗きや女子部屋突撃などせず、静かに夜を明かした。

マリスケと延々動画を見ることが果たして健全かはさておき。


今日は平城京跡をヒロインの誰かと巡り、帰るだけの日だ。

もちろん、相手はユーザーが選ぶ。

こちらに選択権は無い。



【2日目は誰を誘いますか?】

→・ミナコ

 ・ルイズ

 ・リリカ

 ・メル

 ・保健委員のエミルちゃん



……まぁ無難だと思う。

ともかくリリカじゃなくて良かった、アイツは史跡そっちのけで虫採集に励むからな。

延々とダンゴ虫を漁るとか、少年かよ。



「リンタロー、今日もよろしくね!」



ミナコと合流したが、相変わらず元気一杯だ。

妙に機嫌が良いのも、胸に抱いた塩センベエの袋のせいだろう。

オレが昨日買ってやったヤツだ。

しかも3袋。



「ミナコ、屋内入ったら食い物しまえよ」


「もひろん。わはってるはよ。ころもあふかい、ひないでもらへる?」


「はぁ……こんなんで校内1の才女は謳えねぇわな」


「んんっ。失礼な! これでもバッチリ勉強してます!」


「じゃあ平城京ができたのは」


「な、7ひゃく……10年?」


「まぁ、正解だな」


「当たった!? 当たったの? ねぇこれすごくない? 一発成功だよ!」



初めて口キャッチできた犬みたいな喜びようだ。

まさか小学生で習う内容でここまではしゃがれるとは……。

ひとまず、柴犬に対する要領でミナコも撫でてやった。


公園の中を進んでいく。

園内の池に差し掛かると、ミナコは足を止めた。

ジィっと水面を眺めているが……気になるもんでもあるのか。



「ねえリンタロー。どうしてこういう場所の水って、小銭が入ってるんだろうね」


「どうしてだろうな。観光客が入れてくんだよな。ゲン担ぎとかだろうけど」


「ここのお金ってとって良いの?」


「ダメ……だろ、たぶん。よく知らねえが、土地の所有者のもんになるんじゃねえの?」


「でも、リリカちゃんは取ろうとしてるよ?」


「ゲエッ! マジかよアイツ!」



ミナコのいうとおり、リリカが水際で狙いを定めていた。

まるで猫が鳥でも標的にしたかのようだ。

病的な節約だけでは飽き足らず、こんな場所の金にまで手を出そうとは。

これはさすがに見過ごせない。

この行為が犯罪なのかはさておき、モラル的に越えちゃいけないラインなのは確実だ。



「リリカ、お前なにやってんだ!」


「あら、リンタロウにミナコさん。ごきげんよう」


「ご機嫌斜めだよオイ! いますぐ止めろ、恥ずかしくないのか?」


「恥……とは? いくらリンタロウでも、言葉が過ぎると思うわ」


「金に執着するにしても、こんな場所の金に手を出すなんて、ちょっと有りえないだろ」


「ふふ、ウフフフ」



お嬢様然として笑い出した。

いや、何がおかしいんだよ。

そして良家の振る舞いをするには、お前はいろいろと手遅れだからな?



「血相を変えて何事かと思えば……それは誤解よ」


「誤解、なのか?」


「ワタクシの目当ては小銭などではないの、これよ」



リリカは手のひらをオレの間近に掲げた。

そこには暴れまわるアメンボの姿がある。

器用な事だが、逃がさないように足を指の股に挟ませながら。




「小腹が空いたからね、ちょっと拝借したの。さすがに虫を捕まえても、咎められたりはしないわよね?」


「咎めは……ねえな。たぶん」


「リリカちゃん。アメンボさんまで食べちゃうの?」


「ええ。あなたもいかがかしら? きっと世界が変わるわよ」


「えっと、私はねーどうしよっかな」


「ミナコはセンベエで腹一杯なんだよ。これ以上食わせてやるな」


「あらそう。残念ね」



どうやら小銭の件はオレの早とちりだったようだ。

だが、越えちゃいけないラインの点については、オレに分(ぶ)がある。

どこの世界にアメンボをオヤツ代わりに食う女が居るんだよ。

いや、世界各国探せばいるだろうけどさ、現代日本をモチーフにしたゲームでやられても困るんだよ。


それからリリカと別れ、見学は順路に戻る。

展示物をサーっと眺め、建物をボンヤリと見つめ、バスに戻るという流れ作業。

何というか義務的な時間だったと思う。



「あれ、リンタロー。早くバスに乗ろうよ」


「先乗ってて良いぞ」


「そう? わかった……」



中々乗り込もうとしないオレをミナコは不審に思ったようだが、搭乗を促しておいた。

軽くこちらを振り返りつつも、タラップを登っていく。


一方オレはというと、次々現れるモブたちを見送った。

待つのはただ一人。

バスの乗降口で待つ事しばし、めざとくお目当ての女子を見つける事ができた。

友達のモブ生徒と笑顔のままやって来る。


その笑みはオレに向けられたものじゃない。

それでも、なぜか不思議な程に心が和らいでいった。



「おう、エミル。中はどうだった、楽しかったか?」


「おはよー、リンタロー君!」


「ああ、おはよう。エミルはこういう場所好きだったりするのか? 結構長く見てたような……」


「先行くね、またねー」


「……うん。またな」



僅かな寂しさ、徒労感がやってくる。

完全に一人相撲だし、ちょっとストーカーっぽい所も、我ながら気味が悪いと思う。

それでもだ。

それでもオレは、話しかけたかった。


ともかく声が聞きたかった。

通り一遍の、代わり映えしないセリフであっても。

少しだけでも視界に納めたかった。

髪型ひとつ変わらない姿であっても。

ほんの些細な繋がりで構わないから、エミルと接していたい。

オレはいつの間にか、そんな事を考えるようになっていた。


そのまま会話の余韻に浸ってから、バスの中へと戻った。

隣席にはもちろんミナコが座っている。

その顔は窓の方に向けられ、こちらを見てはいない。

オレが席に座ると、ミナコはその姿勢のままで何か言葉を発した。



「……本気、なんだね」


「うん? 何か言ったか?」


「あ、えっとね。何でもないよ、気にしないで!」


「そうかよ。まぁいいけどさ」


「はぁーー。帰りのバスは寝ちゃおうかな。昨日の晩ははしゃぎ過ぎて眠たいんだよねー、おやすみ!」


「お、おう。おやすみ」



ミナコはまくし立てるように宣言すると、そのまま寝てしまった。

行きはあんだけうるさかったが、帰りはビックリするほど静かなもんだった。

よほど眠たかったんだろうな。


ミナコは小脇にセンベエの袋を抱えたままだった。

中身はほとんど残されている。

いつもなら空けてしまうだろうに珍しいなと、静かな車内でボンヤリと考えていた。

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