クソゲー2 第18話 ほのかな予感

9月。

先月は度重なる不幸により、虚弱体質の子みたいな夏休みを過ごし、そして二学期を迎えた。

高校最後の夏が滑落ってなんだよ。


それはさておき、ゲームの方は新たなイベントが待っている。

体育祭だ。

ともかく、これ以上怪我だけはないようにしたい。

オレは切に願うのである。



ーーーーーーーー

ーーーー



グラウンドは大にぎわいだ。

今日はカラッと晴れているので、土埃が激しい。

さっきから鼻につく石灰の臭いが、少しだけ気持ち悪かった。


オレとマリスケは鉄棒に背中を預けつつ、成り行きをボンヤリと眺めている。

特別盛り上がったりはせず、ただ淡々と脊髄反射のような会話を繰り返した。



「マリスケ。どうしてウチの高校はブルマーじゃないのかね」


「哀しいかな。それは惜しまれつつも衰退した文化でござる」


「マジかよ。伝統はちゃんと守れよなぁ。国会は何をやってんだよ」


「まぁまぁ。そう腐らずに。地面を眺めてても、妹属性美少女は生えてこぬでござる」


「なんだよマリスケ。お前は寂しく無いって言うのかよ?」


「そりゃ、まぁ。拙者はリアル女子が土偶にしか見えぬゆえ。アニメの世界で遺されていれば十分でありんす」


「とことんだなお前。頭バグッてないか?」


「冗談キツいでござるよ」



マリスケはそう言いながら、手元の人形を愛で続けている。

『魔法少女エルイーザ』をディフォルメさせたやつだ。

友人の手遅れ加減を前に、心がいくらか寒々しくなく。


さて、グラウンドの方はと言うと、人の入れ替わりが起きている。

これより2年生による騎馬戦が始まる所だ。

そこにはアスカの姿もあり、アイツは騎馬の一番上に納まっている。

もちろん女性陣は全員がハーフパンツで、下半身は膝までスッポリ隠されている。

フトモモ品評会とかねぇから。



「リンタロさーん、私の活躍見ててくださーい!」



アスカがこっちに手を振りながら叫んだ。

オレも苦笑いでそれに応える。



「位置について、よぉい」


ーーパァン!


騎馬戦が始まった。

3対3のぶつかり合いだ。

アスカは運動神経が良いから、もしかすると勝ち残るかもしれんな。



「いっくぞぉ! うなれ、私の黄金の足!」


「おい、誰かアスカを止めろ!」



オレの警告が虚しく響く。

スラリと伸びた足による美しいフォームが展開され、そして……。



「死ねぇぇえ!」



土台の三人が次々と蹴り飛ばし、相手方の騎馬隊を蹂躙(じゅうりん)した。

見事なまでに吹き飛ぶモブ生徒たち。

それはさながらボウリングのピンのように。

そして……。


誰も動かなくなった。

最後の独り、ラスト・スタンディング・パーソンが無邪気に跳び跳ねる。

それからアスカは満面の笑みを浮かべて、オレの方へ駆け寄ってきた。



「えへへ。リンタロさん。見ててくれました? 凄かったでしょ!」


「おう、バッチリ見てたぞ。犯行の瞬間をな」



裏では倒れたモブ生徒たちが担架で運ばれていく。

これだけやってもお咎め無しってどうよ。

ゲームの補正機能がおっかねぇ。



ーー次の種目は粉アメ競争です。参加する生徒はあつまってください。



運営のアナウンスだ。

次の種目はコースの途中に用意された、小麦粉に隠されたアメを口で咥えて、そっから走るってやつだ。

衛生面が気になるオレは神経質野郎だろうか。


これはクラス対抗種目となる。

うちからはミナコ、2組はルイズ、3組リリカで4組がメル。

一列に並ぶとデコボコ感が凄いな、とても同学年とは思えんぞ。



「位置について、よぉい……」


ーーパァン!



4人が一斉に走り出した。

早速ミナコが何もないところで転ぶ。

靴ヒモがほどけてたって、アホか。


一番最初にアメゾーンに辿り着いたのはリリカだ。

4つのトレーのうち1つに飛び付いて……。


ーーズォォオオ!


小麦粉を掃除機の如く吸い上げ、全てを飲み込んだ。

そしてあらわになったアメを1つだけ口に咥えて走り出す。

化け物かよ。


二番目に辿り着いたのはルイズだ。

でもすぐにアメを探そうとはせず、トレーの前で首を捻っている。

何やってんだアイツ。

そのままコースアウトしたかと思うと、係りのモブに話しかけた。



「ねぇ。このお芋さんをあの中に入れてもいい?」


「そういうのは……ちょっとやってないですねぇ」



アメが食いたくねぇと。

アホか!


三番目はメル。

ここまで大きな失敗をしてなかったが、やっとアメゾーンか。

走るの遅くないか?


それはともかく、やる気は十分らしい。

男らしく勢いをつけてバフッと顔から突っ込んだ。

そして素早くアメを咥えたが。



「あれ、あれあれ? 前が見えませんね。メガネメガネ……」



両手をさ迷わせながらメルが明後日の方へ迷走をし始めた。

メガネならかけてるぞ、真っ白なグラサンみたいだがな。

つうか外してからアメ探せっつの。



「はぁ、はぁ、やっと着いたぁ!」



ようやくミナコもアメゾーンへ。

勢いよく顔を突っ込もうとするが。



「これ、息止めてなきゃダメだよね。深呼吸しよっと」



ーースゥゥウ。


あのバカはトレー間近で大きく息を吸いやがった。

しかも鼻からだ。

そんな事をしたら当然こうなる。

子供でも知ってる。



「ヘィップシ!」



小麦粉がクシャミで勢いよく舞い上がる。

大気中に舞う粒子が、さらにミナコを攻め立てる。

こうなると無限機関、際限無しにクシャミが生成されていく。



「ヘップション! ヘップションウェーイ!」


「メガネメガネ。誰か私のメガネ知りませんか?」


「アメも良いけど、お芋さんも美味しいのよ? 最近は海外セレブとかも……」


「お前ら早くゴールしろよ!」



結果。

リリカの単独優勝で打ちきり。

何だったんだよ今の茶番は。


ちなみにリリカだが、アメを食べずにハンカチの中にくるんでいた。

このような贅沢品は記念日に食べる、とのこと。

こっちはこっちで通常進行だ。



ーー次は借り物競争です。参加する生徒はあつまってください。


アナウンスが鳴る。

オレの唯一の出番だ。

『応援してるでござる』という言葉に対して、手をヒラヒラさせて返事をし、参加者の列へと並んだ。


何順目か終わると、自分の番が回ってきた。

オレ以外全員モブだが、それが却って能力が見えてこない。

恥をかかない程度の結果を残したいんだが。



「位置について、よぉい」


ーーパァン!


一斉にオレたちは走り出した。

5人中4位をキープ。

これは借り物部分で巻き返さないと、ビリになる可能性すらあるな。


ーーパシッ。


駆けながら紙を掴んで目を通す。

そこには……。



『美少女』



とだけ書いてあるぞふざけんな!

この種目は難易度高いのか?

他の連中もとんでもないアイテムを求められてたりするんだろうか。

周りのモブたちの様子はと言うと。


ーーすいません、誰か接着剤持ってませんか?


ーー1組のハチマキ貸してくださーい!


クソッ、割かし簡単そうなヤツばかりだ。

オレのだけ異常難易度だぞクソが。

ひとまずはオレも観客の前まで進んでいった。



「び、美少女を貸してくださーい……」



ついつい声がひっくり返っちまったぞ。

完全に不審者じゃねぇか。

もちろん、こんな申し出に応えるヤツはゼロ。

こうなったら強引に行くしかねぇ。


そんな決意を固めると、ユーザーに向けて選択肢が表示された。



【誰を美少女として連れていきますか?】

 ・ミナコ

 ・アスカ

 ・リリカ

 ・ルイズ

 ・メル

→・保険委員のエミルちゃん



誰だエミルって!

そんなヤツ知らんが、ともかく捜すしかない。



「ほ、保険委員のエミルはいるか?」


「えっと、はい。私だけど」


「頼む、オレと来てくれ!」



返事を聞かず、モブ女子の手を引いた。

先頭走者はすでにゴールし、二番手も間もなくゴール。

三番手ともかなり引き離されている。

となると、ビリ争いをしてる最中か。


最下位を争う相手はというと……。



「うわぁ、コレすっごく重いよぉ」



ハルバートだ。

槍の先に斧の刃のついた、立派なハルバートを借りてやがる。

誰がこんなものを……と思ったが、どうでもいいな。

どうせメルの所持品だろ。



「えーっと、エミル。走るぞ!」


「リンタロウ君、危ないよ!」


「重いぃ、持ってらんないよぉー」



ーーブォン! ブォン!



モブ男子が泣き言を言いつつも、鋭利な素振りを繰り返す。

しかも完全にオレを狙ったかのような動きだ。

刺客かよテメェ。



「とにかく走ろう、距離をとらねえと!」


「うん!」


「もうヤダァ! こんなのどっかいっちゃえ!」



走り去るオレ目掛けて、ハルバートが投げられた。


ーーフォンフォンフォン!


重たい風切り音が顔の側を通過していった。

どうにか直撃は避けられたらしい。

つうか、この世界の住民は殺意が強すぎねぇか!?



「4位、今ゴール!」


「ふぅ、ふぅ。死ぬかと思った……」



もう体育祭なんかクソ食らえだが、惰性で走った。

危機が去ったというのもあったろう。



「エミル。怪我はないか?」


「私は平気……ねぇ、怪我してるよ? 頬の所!」


「マジで? さっきので切れたかな?」


「あーダメダメ! 汚い手で触っちゃ! 私に任せてよ」



エミルはそう言うと、ポケットからウェットティッシュを取り出した。

そしてオレの頬を丁寧に拭った。

目の前で彼女の髪が優しく揺れる。

何となく甘い匂いがした気がする。



「あとは絆創膏をはって、と。はいオッケー!」


「あ、ありがとう」


「これでも保険委員だからね。これくらいなら任せてよ!」



眩しいほどの笑顔だ。

ごく普通の女の子。

キャラクター紹介にも登場しない、攻略対象外の女の子。


なぜだかそのまま目を合わせる事が出来ず、弾かれたように顔を背けてしまった。

何だか胸が熱い。

これまでに感じた事のないほどに、鼓動がどんどん早くなる。


オレはこれまでに抱いたことの無い、新たな感情に困惑した。

でも不思議なことに、不快な心境じゃ無かった。


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