クソゲー2 第17話 ギタリストの山籠り
8月。
うだるような暑さをセミがフルブーストさせていく、夏の盛り。
オレはルイズに連れられて、とある山中を登っている所だ。
ちなみにこれは遊びではなく、合宿だ。
珍しいことに担当楽器で行き先が異なるとのこと。
だから弦楽器のオレとルイズの二人だけで、合宿所に向かっているわけだ。
「リンタロウ。ここから道が険しくなるから気を付けてね」
「マジかよ……どこまで連れていくんだ?」
「ごめんなさいね、お師匠様は人里に降りてこないから」
師匠って、ギターのなんだろうな。
こんな山奥に住んでるなんて、絶対普通のヤツじゃない。
魔力弾とか平気で撃ちそう。
ルイズの言った通り、足場はどんどん悪化していった。
大岩をよじ登り、断崖絶壁で山肌にしがみついて進み、半壊の吊り橋を渡った。
ジャズ部のやることじゃねぇよ!
「さぁ、着いたわよ。お疲れさま」
「はぁ、はぁ。こんな所に人なんか住んでんのかよ」
二の腕や膝が死んでる。
ガクガクと震えて『もう無理ッしゅ』という言葉が聞こえてくるようだ。
一方ルイズは涼しい顔。
何モンだよお前。
「ここでしばらくトレーニングするから。集中できそうな環境でしょ?」
「そうだな。無理矢理やらざるを得ないよな」
山頂の平たいスペースには立派な民家だけがあった。
少し古びてはいるが、名家みたいな気品が感じ取れる。
……一体どうやって建てたんだ?
オレが訝(いぶか)しんでいると、ルイズはお構いなしに歩いていき、引き戸をコンコンと鳴らした。
「すみません、ルイズです。師匠様はご在宅ですか?」
しばらくして、引き戸がガラリと開く。
中から現れたのは、白髪で小柄な老人だった。
「ルイズ、よくぞ参られた。修行をしていくのだね?」
「はい、お願いします。そして、後ろの彼は志をともにする者です。同席させていただいても?」
「ふむ……その男か」
ギラリ。
そんな言葉が似合うほどの鋭い眼光が飛んできた。
まるでクマやイノシシにでも睨まれてるような、痛烈な恐怖を感じた。
まぁ、クマとなんて出くわした事ねぇけど。
「悪くなさそうだ。よろしい、許可しよう」
「ありがとうございます!」
「では中に入りなさい。荷物を置いて着替えたら、道場へ」
「わかりました。行きましょう、リンタロウ」
「お……おう」
今道場って言ったよな。
ここは本当に演奏を学べるところなのか?
何とも胡散臭い雰囲気だな。
不安を覚えつつ、あてがわれた一室に荷物を置き、それから胴着に袖を通した。
真っ白な生地に、丸字に『へ』と書かれたものだ。
クソだっせぇな。
ちなみにだが、ルイズとは別室だ。
当然だよな。
「ちゃんと着替えたわね。じゃあ案内するから」
廊下にはすでに着替え終わったルイズが待っていた。
同じく丸に『へ』の胴着だ。
こんなときは定番の『胸の膨らみチェック』なんかがあるかもしれんが、オレはやらない。
意外と育ってるやんけ、とか思ってない。
「ところでさ。ここで学ぶのは演奏技術でいいんだよな?」
「んーー。行けばわかるわよ」
移動中に聞いてみるが、要領を得ない。
何となく詐欺にでも遭っているような気になってくる。
たどり着いた道場は、やっぱり道場だった。
どこにだしても恥ずかしくない剣道場だ。
爺さんが掛け軸を背に正座している。
ルイズが対面に座るのに倣って、オレもその隣に座った。
「ようこそ。我がヘップションウス一刀流へ」
「ヘップ……えぇ?」
「ルイズよ。まずはそなたの腕を見せてもらおう。鈍っていないと良いのだがな」
「はい。お師匠様」
ルイズは手渡された木刀を上段に構え、気を溜めていった。
ジーワジーワとセミが鳴いている。
それ以外は何もない。
「てぇいッ!」
ーービャッ!
鋭い音が鳴る。
爺さんはそれを見て満足そうに頷く。
「素晴らしい。我が手を離れて幾年。衰えるどころか一層に磨きがかかっておる。もはやワシの教えなど無用だろうに」
「いえ、少し自分と向き合いたいので。しばらく置いてください」
「ふむ。それも良かろう。では小僧。そなたも振って見せよ」
「オレもかよ。素人だぞ」
腑に落ちないが、やらなきゃ話が進まなそうだ。
同じく木刀を上段に構えてみる。
「へやぁ!」
ーーふぉん。
情けない音が鳴った。
こういう時に限ってセミが鳴き止んでたりするから、運命ってのは意地が悪い。
「お師匠さま。いかがですか?」
「むぅ……鍛え方次第では化けるやもしれん、教えてみるか」
「ありがとうごさいます!」
「勝手に決めんな。オレの意思確認くらいしろよ!」
オレとプレイヤーの気持ちなんか無視して、謎の合宿は始まった。
ちなみに初日は飯食って風呂入って、泥のように眠って終了。
覗きとか湯上がりイベントなんてねぇから。
二日目。
状況はいよいよ馬鹿らしくなる。
ルイズは道場でひたすら正座。
『クソゲーこそ人生』と書かれた掛け軸と、延々にらめっこだ。
楽器触れよオイ。
そんでオレはというと、薪割り。
マジで思う。
何でだよと。
ジャズ要素どころか、音楽要素すらゼロじゃねぇか。
「小僧、軸がぶれておる。己の中心を意識せよ」
「わぁってるよ。うっせえな!」
「口だけは達者だな。もう百本追加」
「クソが!」
こんな日々が毎日続いた。
ひっくりするくらい代わり映えしない生活が一週間も。
その結果、オレの肩回りは異様に発達し、副産物として大量の薪を生み出した。
これ数ヵ月分は割ったんじゃないか。
そして迎えた最終日の朝。
二度寝に入ろうとしたオレをルイズが起こしに来た。
「リンタロウ。お師匠様が道場で呼んでるわ」
「わかった。すぐ行く」
『へ』胴着も今日で着納めになる。
そう思うとニタニタ笑えてくるから変な気分だ。
「さてルイズよ。迷いは消えたかな?」
「はい、お師匠様」
「では見せてもらおう。木刀ではなく、実際の得物(えもの)で」
「わかりました」
ルイズはアイテムボックスを漁り、宙から一本取り出した。
ガットギターを。
その指盤を両手で持ち、上段に構えた。
そして……。
「エィヤァ!」
ーーパカァン!
粉々だ。
指盤を残して、ボディ部分が全部木片になった。
爺さんが手を叩いてそれを褒め称える。
「うむ。お見事! さすがは天賦の才!」
「ありがとうございます! これもお師匠様のお導きあってこそ!」
これかーー!
ひたすら上段の動きを強要されてると思えば、この動作の為の一週間だったのか!
「では小僧、お主も……」
「うるっせぇ! こんな下らねぇ事につきあってられっか!」
オレは猛ダッシュで部屋まで行き、胴着を裏返しで脱ぎ捨て、荷物片手に飛び出した。
「リンタロウ、どうしたの。一回落ち着いて」
「これが落ち着いてられっか! 受験生だぞ、高校最後の夏だぞ! こんな茶番に一週間も使わせやがって!」
玄関をドガッと開け、中庭を飛ぶようにして駆ける。
一刻も早く帰って、夏を満喫しなくてはならない。
「リンタロウ、待ってー!」
「バカはバカとつるんでろバーカッ!」
「そっちは崖よー?」
「え? おわぁーー……」
憐れ、崖から転落。
なんて可哀想なオレ。
幸い命に別状は無かったが、体力-70の大惨事。
再び一週間の休養を余儀なくされた。
ちなみにルイズからお見舞いとして、焼けたお芋さんが届いた。
皮肉かよクソが。
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