クソゲー2 第6話 おいもさん

逃げ込んだ先はジャズバンド部だった。

ここには3年4組のルイズが居る。

女性陣のなかで一番背が高く、手足もモデルみたいに細長い。

演奏中は背中まで伸ばされた髪を、ポニーテイルに。

その姿から生み出される美麗な音の数々は、男子のみならず女子までも魅了してやまないとか。


気になる性格だが、ルイズだけに限って前作とほぼ変わりがない。

おっとりとしたお姉さんキャラ、特別アホでもドジでもなく、ナイフ持って暴れたりもしない。

だからここばかりは安心できる。

そう思っていたのだが……。



ーーーーーーーー

ーーーー



ジャズバンド部も、文芸部と同じ広さの部屋だった。

壁際には譜面台、ミニアンプやギターケースが並ぶ。

演奏の為に空けたような中央のスペースには、3人の女子が楽器を持ってただずんでいた。



「それであなた。どうするの。保健室にいく?」


「いや、悪いが少しだけ休ませてくれ。もう少し落ち着きたい」


「そう。私たちは練習をしたいのだけど」


「オレには構わんでくれ。いつも通りにやってくれりゃいい」


「んーー。じゃあ、お言葉に甘えるわね」



ルイズがガットギターを抱える。

ガットギターってのは、アンプに繋がない生楽器だ。

アコースティックギターのナイロン弦を使ったヤツだと思えば良い。


残り二人はモブ生徒。

一人は自分の体よりずっと大きいウッドベース。

もう一人はカフォンという四角い木箱の打楽器だ。

箱に空いた穴から音が出る仕組みとなっている。


トリオバンドによる演奏は、低音から始まった。

体に染み込むような振動が別世界へと誘うようだ。

それに乗っかるようにしてカフォンが鳴る。

トン、トトン。

トン、ツトトン。

ウッドベースとは対極な軽めの音で、穏やかなビートが刻まれていく。


そして最後にルイズ。

コードを鳴らしつつメロディが乗せられていった。



「この曲、知ってる。有名なヤツだよな」



これはFly me to the moonだ。

家で親父がギターで無謀なチャレンジを繰り返してるあの曲。

目の前の演奏は繊細で美しく、初老オッサンの『日曜演奏』なんかじゃ足元にも及ばないほどだ。



「あぁ……音楽は良いなぁ」



つい先程の恐怖体験で凍りついた心が、少しずつ緩んでいく。

体の強ばりもいつの間にか消えた。


微かな眠気を感じながらも、曲の世界へと没入し、深い場所まで誘われる。

やがてクライマックスを迎えると、音数も多くなり、それでいて雰囲気を壊さない程度に盛り上げられる。

そして。


ーージャラァーン。


ルイズの緩やかなストローク。

優しげなコードが鳴らされ、演奏が終わった。

一曲を聞いただけなのに、オレは立ち上がって拍手をしてしまった。

たった一人だけのスタンディングオーベィション。

それが今できる最上の称賛手段だったから。



「すげぇよ。メチャクチャ上手……」


「よいしょっと」


「……え?」



ルイズがギターを高く掲げあげた。

フレットを両手で握りしめ、ボディが天井ギリギリに届くようだ。

その動き、数秒後には一つの結末にしか辿り着かないが。



「ワッショーイ!」


「えええええー!?」



一直線。

なんの躊躇もなく振り下ろされたギターは、木っ端微塵に砕けてしまった。

飛び散る木片。

楽器の断末魔のような、デタラメで汚い音。

残骸がナイロン弦に捕らわれ、宙でプラプラと揺れている。



「じゃあ次の曲やるわねー」


「いやいやいや。何だよ今の。壊す必要無かったろうが!」


「これはね。要るの。見ていれば分かるわ」



手にしていた木片が部屋の中央に投げられる。 

当然彼女は手ぶらになる。

演奏するにしても、そもそも楽器はどうするんだよ。



「ギターだって安くはねぇだろ。大事に使えよ」


「心配いらないわ。アイテムボックスにあと999本入ってるから」


「言葉のチョイスに気を付けろよお前ェ!」



それは確かにゲーム内の概念にはあるけど、オレも持ってるヤツだけど、口にしちゃダメだろうが。



「じゃあ次の曲いくわねー」


「マイペース過ぎやしねぇか」



ルイズが胸元から一本のギターを取りだし、再び演奏を開始した。


やっぱりジャズのスタンダード。

曲終わる。

ギター壊す。

新しいものを取り出して次の曲。

その繰り返しだった。


5曲も演奏を終えると、部屋の中央には無惨なギターの廃材が積み上がった。

まさに楽器の墓場と言える。



「どうすんだよコレ」


「じゃあ燃やしまーす」


「ちょっと待て、この量はさすがに……」


「ふぁいやー!」


「聞けよオイ!」



なんの戸惑いも無く火が付けられた。

火勢いはどんどん強くなり、すぐに危険なレベルにまで達する。

スプリンクラーや消火器なんかの気の利いたものは無い。


このままじゃ、うっかりするとカーテンや衣服に燃え移りかねない。

危ないから子供は真似すんなよ!



「あらぁー。思ったより火が強いわねぇ」


「ノンキか! 早く消すぞ!」


「ええと、お水。お水」


「ペットボトル寄越せ!」



オレは急いでカーテンを剥がし、水で濡らしてから火に被せた。

そして手当たり次第にバンバン叩いて鎮火。

どうにか『失火エンド』の回避に成功する。



「ふぅ。どうにか消せたな」


「んんー。次からは気を付けないとダメねぇ」


「つうか何で燃やした? 普通はロックスターがライブを盛り上げるためにだな……」


「理由はこれよ。よく出来てると良いのだけど」



ルイズが焼け焦げた事件現場をまさぐった。

そこから取り出されたのは、銀紙に包み込まれた何か。

ベリベリと包みを剥がし、中から顔を見せたのは焼きいもさん。

割るとふっくら湯気が昇り、見た目も金色で美味しそうってふざけんな!



「うんうん。良く火が通ってるわね」


「お前ほんとバカだろ、バーカバーカ!」


「酷いこと言うのね。こんなに美味しいのに。食べる?」


「要るかッ!」



オレはそのあと散々に叱りつけた。

屋内では火を扱わないこと、外でも燃やすときは鎮火できる態勢を整えること。

まるで子供に注意しているような気分だ。

何がお姉さんキャラだこの野郎。


しっかりと言質をとってから、オレは帰宅した。

ここでようやく導入は終わり。

次からはゲームプレイが可能となる。



「これ、恋愛ゲームなんだよなぁ」



個性しか無い強烈な女性陣を思いだし、静かにため息を漏らした。

疑似的とはいえ、どんなドラマが出来上がってしまうか、悪い意味で未知数だった。

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