クソゲー2 第5話 響き渡る猿叫

リリカ事件が起きた同日の放課後。

これから文芸部のメルと出会う。

彼女の見た目はレンズの厚い眼鏡に、髪は大抵ひとつ結び。

女性陣の中では一番背が低く、体つきも幼いので、中学生に見間違えられる容姿をしている。


今回は文芸部の部室が舞台となる。

二人きりでテーブル向かいに座り、小説について語り合うのだ。

もちろんオレは深い話やコメントはできず、有名作家や話題作をポツポツと挙げるだけ。

それに対し、彼女は高校生とは思えない見識から、鋭い書評を返してくる。


そうやってしばらく談笑した後にオレは退室する。

帰りがけにジャズバンド部室の脇を通り、その演奏の素晴らしさから、ついつい中に足を運んでしまう。

その教室こそが、これまでの長ったらしい導入の最後の場面となる。

ここまでユーザーは何もしていない。

ひたすらテキスト送りだけに終始している。

早いところゲームを楽しめるようにしてあげたい。


だが、そのためには2人の登場シーンを通過しなくてはならない。

果たして、滞りなく無事に進んでくれるのか。

早くも憂鬱な気分に襲われてしまうのだった。



ーーーーーーーー

ーーーー



放課後。

オレは相変わらず部活巡りの最中だ。

4月半ばという時期のため、あちこちに勧誘のビラが貼り付けられている。

女子部員が描いたと思われる可愛らしいイラストやフォントの数々が、少し目に痛い。



「文芸部……ねぇ」



その中で目立っていた一枚を見た。

パソコンで作ったようで、正確無比な書体だ。

無駄な装飾が一切無い、とてもシンプルな仕上がり。


『文芸部員募集中。どなたでも歓迎します』とだけ書かれている。

その文字を指でなぞりつつ眺めていると、後ろから声をかけられた。



「本に興味がおありですか?」



かなり小柄な女の子だ。

振り返ってから首を下げる事で、ようやく視線が重なる。



「突然すみません。私は3年4組のメル。文芸部の部長をしています」


「オレはリンタロー。3年1組だ」


「あら、あなたも3年生ですか。てっきり新入生かと思いました」



彼女は手を口に当ててクスクスと笑う。

お前だってとても3年には見えない、と言いかけたが、それは止めておいた。



「上級生でも結構です。入部されますか?」


「いや。オレは本や小説に詳しい訳じゃないぞ」


「そう固く考えなくて平気です。良かったらお話ししませんか?」


「まぁ、聞くくらいなら」


「ではこちらへ」



そのまま部室棟に案内され、二階の端の部屋へとやってきた。

八畳くらいのスペースの中心に、大きめのテーブルとパイプ椅子が並んでいる。

机の上には何冊かの分厚い本。

それが資料の類いか、それとも文学書かは手に取らないとわかりそうにない。

壁にはいくつもの本棚がならび、立派な装丁の本ばかりがある。


この雰囲気からは『ラノベ大好きなんすよー』なんて気軽に言えそうにない。

かなりの場違い感に戸惑っていると、着席を促された。



「お好きな席にどうぞ。他の部員は滅多に来ませんから」


「……じゃあ、この辺に」



座ったのは端も端。

両腕をテーブルに乗っけられないほどの隅っこだ。

メルはオレと向かい合うようにして座る。

何やら面接というか、尋問のような構図になってしまった。



「それで、どういったものがお好きですか?」



始まった。

彼女の書評タイムだ。

2週目でどれほど違いがあるか分からんが、ひとまず1週目と同じ台詞を言うとする。



「ええと、ミステリーかな。海外作家とか」


「そうですか。他には?」


「ホラーも好きだ。映画化されたヤツばかりだけど」


「はい。他には?」


「たまにコメディものも読むかな。話題作なんかは割とチェックしてる」


「他には……?」



段々と語気が荒くなっている。

どうしてだろう、何か気に障ったんだろうか。

前回だったら答える度に、各ジャンルの作家や作品の話になって、彼女の独壇場となるのだが。

今回は全く興味をそそっていないらしい。



「ええとだな。歴史、歴史物もいけるぞ。戦国時代とか三国志とか……」


「そういうのじゃないッ!」



ーーバァン!


両手でテーブルが叩かれる。

その振動で机上の本がバサバサと床に落ちた。



「何だよ、何を怒ってるんだよ?」


「あなたはもう……ワザとですか、そうでしょう?」


「話が見えねぇ。何が言いてぇんだ?」


「小説と言えば異世界転生ものでしょうが! それ以外にあり得ませんッ!」


「そんなジャンル知らねぇよ!」



オレはここでハッと気づく。

メルの様子が明らかにおかしい。

瞳孔が開いてるし、両手をテーブルについて身を乗り出している。

更には恫喝するように、首をやや傾けながらオレの方を見てる。

任侠ドラマとかでありそうな動きだ、

意図せず危険なスイッチを入れてしまったらしい。



「落ち着けよ。それってどういうヤツなんだ? 有名な作家は?」


「有名ですって!? あの新進気鋭な作家陣に甲乙をつけろと? バカな事を言わないでください! みんな優秀、みんな完璧です!」


「熱くなるなって! つうことは何かい。本棚にしまわれてるのも、その異世界なんちゃらっていう……」



重圧に耐えきれなくなって、椅子を下げつつ視線を正面から外した。

その時だ。

ハラリと、髪の毛の束が落ちた。

更には赤い液体もテーブルの上にポタリと落ちる。


しばらく眺めていると、どちらもオレのものだと気づいた。

頬が少し熱い。

前髪も妙な所で切れている。



「な、なんだコレ!?」


「避けられましたか。良かったのは運なのか、それとも勘なのか……」


「お前、その手の物はなんだ。危ねぇだろ!」



メルはナイフを握りしめていた。

切っ先が少し赤いのはオレの血なんだろう。



「フフフフ。何の為かって? それはもちろん異世界に送る為ですよ。車に轢(ひ)かれたり刺し殺されれば行けるんですよぉ」


「んな訳あるか! 死んだらそれまでだろうが!」


「本に書いてありましたー行けちゃうんですー! 向こうに行ったら楽しいですよ世界最強のウハウハハーレムのやりたい放題であぁ素晴らしい一緒に行きましょう私と共に次の世界を牛耳りましょう!」


「ふざけんな、そんなに死にたきゃテメェ一人で死ねよ!」


「私が先に死んだら、あなたは絶対に来ないでしょおおお!」


「あぶねぇッ!」



メルがナイフを逆手持ちにして飛びかかってきた。

手に触れた本で咄嗟に迎撃する。

それで小さな体は壁の方に飛んでいった。



「付き合ってられっか、帰らせてもらうぞ」



急いで部室から飛び出し、廊下を走って逃げた。

すると、後ろから声が迫ってくる。

背中越しに見えた追跡者は、ナイフを口に咥え、四つん這いで走っていた。



「ウキャキャキャキャアーーッ!」


「うわぁぁああーーッ!」



人間離れしたスピードだ。

これでは玄関どころか、階段まで逃げ切れない。

オレは途中の教室へ転がり込んだ。


ーーガラガラッ。カチリ。


逃げ込むなりすぐに内鍵を閉めた。

呼吸が辛い。

走ったせいか、恐怖のせいかは自分でも分からない。



「落ち着け、落ち着け。助けが来るまで粘れば良い」



息を整えつつ、頭を冷やしていく。

オレが出した結論は籠城だ。

引き戸のドアを自分の手でも押さえて、ヤツに対抗することにした。


ーーペタリ、ペタリ。


妙な足音が聞こえる。

ヤツは素足なのかも知れない。

そのまとわり付くような不快な音は、この教室を通過……はしない。


ーーペタ。


近くで止まった。

木の板を挟んだすぐ反対側に居ることは間違いない。

引き戸にはすりガラスのはまった覗き窓があり、うっすらと向こうが見える。

黒くて丸い何か。

メルの頭が映し出されているのだ。


ーーガシャァン!


そのガラスが一撃で粉砕された。

ナイフ、白くて細長い腕が順に侵入してくる。



「やべぇ、これはヤバすぎる!」



手負いの獣のように暴れまわる腕。

標的が見えないからか、デタラメに振り回されている。

この窮地を脱するにはどうしたらいい。

反対の窓から飛び降りるべきか。


そんな事を考えていると、後ろから柔らかな声が聞こえてきた。



「あなたたち、何をしているの。先生を呼びましょうか?」



その声で腕がビクッと跳ね、おとなしく窓枠を通って消えた。

そして、ペタリペタリと足音が遠ざかっていき、やがて聞こえなくなった。

どうやら命を落とさずに済んだらしい。



「あ、ありがとう。助かったよ」


「んーー。良く分からないけど、困ってたのよね? 大丈夫?」


「平気だ。大した怪我はしてない」



部屋のなかには女子生徒が3人。

その真ん中に立っているのは見知った顔だ。

彼女の名はルイス。

最後の主要キャラクターその人だった。


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