クソゲー2 第4話 お嬢様の懐事情

ゲームのシーンは次の日に移り、オレの部活動周遊は続く。

だが今回出会うのは帰宅部のリリカだ。


彼女は3年3組の生徒で、ミナコの友達でもある。

ヒロイン勢の中で唯一の帰宅部なので、知り合うタイミングは昼休みだ。


リリカの特徴といえば、派手な金髪に巻き髪。

そして超がつくほどのお金持ち。

前作では、彼の親父が旧財閥系の大企業の重役だった。

教師たちも彼女を当然のように特別扱いして、派手な格好や振る舞いを見逃している、という設定があった。


リメイク版では多少アレンジされ、父親は急成長中のベンチャー企業の社長となっている。

その一事だけでリリカは全くの別人となってしまうのだが、それが物語にどこまで影響を与えるだろうか。

嫌な予感しかしていないが……。



ーーーーーーーー

ーーーー



授業終了のベルがなる。

時刻は12時、昼休みだ。

ミナコが隣の席でウウンと背伸びをする。



「お腹空いたー、お昼にしよっと!」



彼女はそう言うなり、カバンから弁当箱を取り出した。

そこそこ小さめの二段式のものだ。

中身はふりかけご飯に卵焼き、たこさんウインナーに葉野菜サラダ、うさぎを模したリンゴなどなど。

それらがビビッドな色味の小器に丁寧に盛り付けられている。

女子らしい鮮やかな見映えだと思う。



「リンタローも食べようよ。お弁当あるでしょ?」


「言われなくても食うさ」



オレが取り出したのは、なんの色気もない大きな弁当箱。

蓋をあけると、手前側がギュウギュウに詰め込まれた米。

反対側にコロッケ、ほうれん草のおひたし、ミニハンバーグなんかがある。

昨晩の残り物がメインのラインナップだ。



「いっただきまーす!」


「いたーきます……」



箸を取り出して食べようとしたところ、教室の引き戸が開く。

現れたのは、学年で唯一金髪の女。

3組のリリカだった。

巻き髪じゃ無いことを除けば、1週目と全く同じ登場シーンと言える。



「ミナコさん。ワタクシもご一緒してもよろしいかしら?」


「あーリリカちゃんだ。もちろん、食べよ食べよ!」


「では、失礼して」



リリカはミナコの前の机を動かし、向かい合わせにしてから座った。

その机の寄せ方から見て、オレに対しては気を払ってはいない。

そして金色の髪を見せびらかすようにサラリと手先でなびかせ、深めの息を1つ。



「私たちはゴハンにしようとしてたの。リリカちゃんもこれからでしょ?」


「ええ、もちろん」



リリカはカバンから小さな包みを取り出して、机の上に置いた。

幼稚園生が使ってそうな、キャラものの包み布だ。

更に言うと、それは相当に使い込まれているみたいだ。

描かれているコミカルなイラストはドス黒い染みだらけで、一種の呪いや怨念のようなものを感じさせる。

彼女はそれを恥ずかしがるでもなく結びを解き、両手を合わせて言った。



「では、いただきます」


「おい、お前の昼飯はそれだけなのか?」


「それだけ、とは。他に何か用意があるように見えまして?」


「いや、何も無いけどさ」



おにぎりがひとつだけ。

海苔すら巻かれていない簡素なものだ。

それに半尾の焼いたメザシが一本だけ突き立っている。

オカズとおぼしきタッパーやら弁当は一切無い。


それが昼飯の全てだという。

年商ウン百億を誇る、会社社長のご令嬢の昼食が。



「ねぇリリカちゃん。それだけで足りるの?」


「そうね。少しばかり不足してるから、どこかで調達しようと思うの」


「調達って何する気だよ」


「外はすっかり春でしょう。おかげでツツジも大分咲いてるわ」


「ちょっと待て。それを食料に含める気か?」



まさか花の蜜で腹を満たそうと言うのか。

小学生だって駄菓子買うくらいの金はあるだろうに。

そんな衝撃発言にミナコが慌てふためく。



「ねぇリリカちゃん。良かったらウィンナー食べる? リンタローもハンバーグあげるって」


「おい勝手に決めんな」


「結構。ワタクシは物乞いでは無いの」


「そんなつもりで言ったんじゃ無いんだけどなぁ」


「それに、体が甘美な味を覚えてしまうわ。一度記憶した味覚というのはとても厄介。二度と質素な食事では満足出来なくなるの。だから、要らないと言ったのよ」


「うん、うん。良くわからないけど、リリカちゃんは欲しくないんだね?」


「ええ。だからそれは貴女がお食べになって」



こうして奇妙な食事が始まった。

ミナコはもとより、オレでさえ箸があまり進まない。

リリカはというと、おにぎりを小さく一口かじり、延々と咀嚼(そしゃく)する。


ーーモグモグ。

ーーモグモグ。

ーーモグモグ、モグモグ。


コイツなかなか飲み込まない。

一口が異様に長いぞ。

健康番組見たあとの、ウチの親父みたいな動きだ。


ーーカプリ。


飲み込む仕草の前に、メザシをひと噛み。

それからも不必要にアゴを大きく動かし、ひたすら咀嚼。


ーーモグモグ。

ーーモグモグ。


やっぱり飲み込まない。

何てもどかしい姿なんだろう。

既に何分か経過してるが、中々量が減らない。


その間オレは米の3分の1を平らげ、コロッケを胃に格納し、ハンバーグを半壊させていた。

ミナコはというと頻繁にリリカを見つめ、思い出したように箸を口に運んでいた。


高校生、更に言えば箸が転がるだけでも笑う年頃の、女子生徒の食事風景。

そのジャンルからはほど遠いほど静かな場面となった。

周りの顔無しの連中の方がよっぽど騒がしい。


やはりというか、食い終わるのが一番遅かったのはリリカだ。

メザシの尻尾を惜しむようにして口に入れる姿が、めちゃくちゃ印象的だった。

4歳の姪ッ子よりも少ない食事を、良くもまぁ引き伸ばしたもんだと思う。



「ねぇリリカちゃん。一個聞いて良い?」


「何でしょう。タダで手に入る食料についてかしら? 春はやはり虫から始めるのが……」


「ううん。どうしてそんなに切り詰めてるのかなって。リリカちゃん家はお金持ちじゃない」


「そうね。我が家には唸るほどの大金があるわ」


「リリカちゃんも、お金をたくさん持ち歩いてるじゃない」


「ええ。自慢じゃないけれど、財布はいつもパンパンよ」



彼女はそう言いつつ、ボロボロの長財布を取り出した。

あから様に男物だ。

その中にはギッシリと紙幣が詰めこまれている。

くたびれた財布を虐めるかのようであり、革から悲鳴が聞こえそうなほどの膨らみだ。

ウチの親父なんて小銭しか持ってないのに。



「それだけ持ってたらさ、使えばいいじゃん。購買部でたくさんパンとか買えるでしょ」


「ミナコさん。ワタクシは……いえ、父も母もお金を使おうとしません。なぜなら、いつ父の会社の経営が傾くか分からないから」


「そういえば、不安で仕方ないって言ってたよね」


「だから少なくとも、ワタクシはお金を無駄遣いせず、貯めておく必要があるの。いつ会社が潰れて、家族が路頭に迷っても良いように」


「もしかして、自分の貯金を家族の為に使おうと……」


「いえ。自分だけでも生き残ろうと思ってるのだけれど」



美談かと思ったら違った。

そこは嘘でも『年の離れた弟の為にー』くらい言っとけよ。

世渡り下手か。



「さて、つまらない話をしたわね。ワタクシは校庭に行ってくるわ」


「ねぇ、もしかしてツツジの蜜を吸いに行くの?」


「まさか。流石に冗談よ、子供じゃあるまいし」


「だよねぇ。驚かさないでよー」



ほんとだよ全く。

一応これ、恋愛ゲームだからな。

お前も攻略対象なんだからな。

何が悲しくて、花をチューチュー吸ってる女を口説かなくちゃならんのさ。


リリカは少し勝ち誇ったような、イタズラを成功させた子供のように微笑んだ。



「ワタクシはもう18歳。虫を調理するくらいお手のものよ」


「おい、今虫って言ったか!?」


「春だから、たくさん見つかると思うの。すぐにお腹一杯になるかしらね」


「待て待て! それはかなり、いや凄く良くないぞ! どんな結果になるか考えるまでも無いだろ?」



教室から立ち去ろうとするリリカを引き留めた。

顔だけ振り向いた彼女は、不敵に笑い、虫眼鏡を見せつけてきた。



「安心して。ちゃんと火を起こしてキチンと焼くから」



ーーガラガラ、ピシャン。


唖然とするオレたちを置いて、立ち去っていった。

論点が大きくズレてる。

オレは別にアイツの胃腸を気遣った訳じゃない。

世界観の、作風の崩壊を恐れたんだ。


ヒロインがそこらの虫を食うとかあり得ん。

これは無人島サバイバルじゃねぇんだよ、青春学園ラブコメディなんだよ。



「リンタロー、あれ見てよ」



ミナコが窓の外を指差した。

そこにはリリカが石をひっくり返している姿があった。

どうやら本気で食うつもりらしい。


もう一度言うが、これは恋愛ゲームだ。

そしてあの女も攻略対象だ。

ダンゴ虫片手にご満悦なアイツが。


それを見てたら、なんだか腹が痛くなってきた。

心優しきひと、オレの胃腸を気遣ってはくれないか。







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