クソゲー2 第2話 周回プレイの開始

あれから、ユーザーは2週目を始めてくれた。

もう一度起動してもらわない限り名誉挽回もできないので、嬉しいっちゃあ嬉しい。

もちろん、より酷い醜態を晒して、更に評判を悪くするリスクもあるのだが。


それはさておき、このゲームについておさらいをしておこう。

最初の場面は3年1組の教室だ。

時期は四月頭。

ユーザーはオレの視界越しに、最後の高校生活一年間を追体験することになる。

17歳の高校男子リンタロー、目立った取り柄のない、普通の高校生の視点で。


この導入部分はメインヒロインである『ミナコ』の紹介シーンも兼ねている。

まず数学の授業が始まり、頭脳明晰な彼女は難なく解答する。

品行方正なので、正答の早さに対して称賛があっても図に乗らない。

更には眉目秀麗の美しさから、教室内の男子生徒はため息を漏らしまくる。

一応、それにはオレも便乗する。

オレと彼女は幼馴染みの立場だが、自分とはあまりの出来の違いに、諦めたようなため息を漏らす。

それが冒頭のシーンだ。


ミナコはスポーツも無難こなすので、いわゆる完璧女なんだが、これは本来の彼女とは大きく違う評価だ。

幼馴染み、眉目秀麗、品行方正までは合ってるにしても……それ以降が問題だ。


これから起こりうる出来事が不安で仕方がない。

そんなオレの気も知らずに、ゲームの世界は順調に歯車を回していった。



ーーーーーーーー



「おはようリンタロー。今年も同じクラスなんだね」



クラス換えによって再編されたクラスメートの中に、よく見知った女子がいた。

ミナコだ。



「しかも席が隣なんだね。これからもよろしくね」


「マジかよ。縁ありすぎだろ」



背中まで伸びた艶のある髪を揺らしつつ、真っ直ぐに笑う。

部活もテニスをやってるはずなのに、肌もかなり白い。

『お人形さんみたいね』とか、母さんが頻繁に言ってたことを思い出す。



「先生はまだ来ないみたいね。読みかけの本を読んじゃおうかな」



独り言を呟きつつ、ミナコが鞄(かばん)を漁る。

新しい文庫本でも買ったんだろうか。

恋愛ものが好きだったと思う。



「よいしょっと」



ーードォンッ!


縦横高さ全てがどデカイ本が、机の上に置かれた。

すさまじい重量感。

これは辞書だ。

辞書を暇潰しに読むってのか。



「ミナコ、それは何だ」


「何って……国語辞典だよ?」


「辞典だよ、じゃねぇって。いつからそれは娯楽品になったんだ」


「ええとね。これ読んでると賢そうに見えない?」



ああ、そういうことか。

小道具の持ち込みで『頭脳明晰キャラ』を表現したかったのか。


ハッキリ言うと浅はかさがアホっぽい。

難度高い本は、読んでるだけで賢くなる訳じゃない。

中身をしっかり把握して初めて意味があるんですよオイ。



「賢く見えねぇ。むしろすげぇバカっぽい」


「そんな事無いもん。ちゃんと読み込んでますぅ!」



その時、教室の引き戸が開く。

担任の教師がやってきたのだ。

慌ててミナコは辞典を鞄にしまい込んだ。

明らかに本がサイズオーバーしてるが、キレイに中へと戻される。

謎の収納術だな。



「きりーつ、れいー」


「はい、おはようさん」


「ちゃくせきー」



この教師は俗に言うモブキャラだ。

自発的に動くことはなく、あらかじめ用意されたデータをなぞるだけの存在。

オレたち主要キャラと差別化をはかるため、顔は細部まで描かれておらず、眉と鼻の間が肌色でぼかされている。


その教師が、早速シナリオ通りの台詞を喋り始めた。



「今日からみんなは受験生だ。部活も引退が近いし、勉強はドンドン難しくなっていく。就職はもとより、大学受験というのは楽じゃない。それでも、高校最後の貴重な一年間だ。文化祭に体育祭、そして修学旅行。存分に学び、楽しみ、実り豊かな時間を過ごして欲しい」


「修学旅行だってさ。楽しみだねリンタロー」


「普通は2年の時にやるだろ。なんで受験前に行くかなぁ」


「さぁ。早速だが授業を始めるぞ。教科書開いてー」



もちろん彼は素朴な疑問というか、ささやかなクレームには答えない。

逐一対応できるだけのテキストが用意されていないからだ。

オレはため息混じりに、数ⅢCの教科書を開く。



「おさらいの意味も込めて、先生が黒板に問題を書いていくから。席の順で解いていってな」



そうして、黒板には計算問題や公式の虫食いなんかが書かれていった。

前の方に座っているモブの生徒たちが教壇に立って解答を書く。

彼らは正答誤答を織り混ぜつつ、次々と順番を回した。


そして迎えたミナコの番。

彼女はにこやかな表情で立ち上がり、意気揚々と教壇へ向かう。

その何でもない動作を、周囲の男子が少しばかり不純な目で見つめる。

オレも彼女の背を目で追うが、意味合いは大きく違った。



「大丈夫かよ。アイツの実力で解けんのか?」



彼女に出題されたのは計算問題だ。

sin30゜+cos45゜=? とある。

1週目のミナコであれば即答できる問題だが、果たしてどうなるか。


教壇でキョロキョロ不審者のように辺りを見回す。

あれはチョークを探してるのか。

勿体ぶってるのか、それとも時間稼ぎか。

長めのものを手にとり、いざ書き始める。


ーーギギ、ギ……。


ほんのり耳障りな音を立てながら、小さなミミズが描かれる。

力が入りすぎているのか。

それともノープランなのか。

この段階では分からない。

そして……。


ーーポキリ。


チョークが半分に折れた。

分裂した物の長い方を選び、再び書こうとするが。


ーーポキリ。


まただ。

ドンドン手の物が短くなっていく。

それからも他のチョークを使い、全てが同じ結果に収束していく。


ポキリ、ポキリ、ポキリ。


黒板に置いてあるものだけでなく、予備までもが犠牲になった。

白く染まった教壇は、もはや雪国のようだ。

チョーク生産者がこの光景を見たら卒倒しかねない。

これだけの事をしでかしているが、まだ途中式のひとつも書けていないのだった。



「あんのバカ……」



彼女が正解するまで物語は進まない。

不正解のシナリオなんか用意されていないからだ。

実際教師もモブ生徒も置物のように静かにして、何のアクションもない。

早い話が、ほぼ詰みの状態に陥っていた。


オレは仕方ナシに、ノートに答えを大きく書いて、それをミナコの方へと向けた。

すると今にも泣き出しそうな顔が、途端に明るくなる。


ーーカッカカカッ!


これまでとは打って変わって、意思の籠ったような数字が書き出されていく。

腹立つくらい綺麗な字で書きあげると、教師が拍手をしはじめた。



「さすがは学校一の天才だ。こんな問題じゃアクビが出るだろう?」

「ええと、そんな事ないですよぉ」


ーーアッハッハ!


クラスで笑い声が起こった。

中には見とれて溜め息をつくヤツまで居る。

何だか分からんが、手当たり次第にひっぱたきたくなってきた。



「えへへ。なんとかなったぁ」



導入シーンで詰むという、前代未聞のトラブルは回避できた。

そのせいか、ミナコは気が緩んだのかもしれない。

机の足につまづいてしまう。



「あわわっ!」



ーービタァン!


勢いを一切止める事なく、全速力で床に向かって倒れた。

顔、胸、腹全てを打ち付けるダイレクトアタック。

それは高校生の転び方じゃないぞ。

オレは惨劇の場所まで歩き、救出の手を差しのべた。



「大丈夫かよ。怪我は?」


「ありがとう、平気だよー」



顔を赤くしたミナコが手を取って立ち上がる。

えへへと照れ笑いを浮かべたままで。



「これからずっと、いやもっと酷い事が起きるんだろうな……」



自然と溜め息が溢れた。

やりきった感で一杯のミナコを見て、オレは漠然とした不安を募らせていった。

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