クソゲー2 第1話 超大作恋愛シミュレーション

オレたちは今、学校の多目的ルームに居る。

ここは実在する高校の敷地内じゃない。

れっきとしたゲームの中の世界だ。


広々とした室内の端っこに長テーブルを出し、パイプ椅子をズラリと並べ、主要メンバーが横一列に座る。

眼前には大きなホワイトボード。

そこに書き連ねられるのは罵詈雑言の数々は、全てがフォーラムを介して寄せられた生の声だ。


書記の能力が高いおかげで文字は読みやすく、意図を把握しやすい書き方だが、それが一層鋭い痛みを与えてくれる。



「はい。これが本作品の評価と感想の全てです」



主要メンバーの一人である、メルの声が冷たく響く。

レンズが厚いメガネと、ストンと真っ直ぐな髪型が心の壁のようにも見える。

血の通っていないような平坦な声。

ボードの端から端まで暴言を埋めた人間とは思えないほど、ケロリとしている。

彼女はこれだけ挙げられた酷評にも、心を微動だにさせていないようだ。



「では、これらを振り返るとしましょう」

「ええと大体同じことを言ってるよね。キャラが古くさい、台詞回しや動きに違和感、シナリオおかしくて感情移入できない……って感じかな」

「そうですね。星平均0.8も納得の不振っぷりです」

「シナリオがおかしい……かぁ。大体は前作の話を引っ張ってるんだが」

「改編部分じゃないですか? 部活とかの新要素。私もその部分はオブラートに包んで評価すると『クソ悪変』だと思います」

「オブラートが剥(は)がれ落ちてんぞ」



本作は10年以上前に発売された恋愛ゲームのリメイク版だ。

全キャラはフルボイス、舞台のオープンワールド化を実現し、さながらゲームの学園に没入したかのような臨場感が味わえる。

高校最後の一年間をすごし、ヒロインたちと結ばれ、大学入試や起業を成功させよう、という売り文句だ。

前回からのシナリオを一部改編しているので、新規も既プレーヤーも楽しめるという作りだ。



「私も新要素部分は変だと思うな。高3で部活をいきなり始めて、数ヵ月後にはコンクール金賞とか、インターハイで優勝とか、メジャーデビューとかあり得ないもん」

「世間様の苦労をバカにしてますよね。起業にしても18歳の世間知らずが、どうやって年商100億の企業を一年足らずで起こせるのか。子供でももう少し現実を見てますよ」

「おい、非難がましく見るな! オレは用意されたシステム通り動いただけだろ!」



部活や企業の要素はリメイク版で加えられたものだ。

それがすこぶる評判悪い。

だが、批判も分からなくはない。

リアリティの無い投げやりなサクセスストーリーなんか、誰だって不快に感じるだろう。



「古くさいのは仕方ないけどさ、台詞や動きがおかしいってのは?」

「台詞が棒読みとか、表情やリアクションが変って事だろ」

「まぁ、全イベントがキャラクターの人格を無視して書かれてますからね。多少は仕方がないのでは」

「多少どころじゃねぇと思うが」

「そうですね。私も舞台裏では散々笑わせてもらってます」

「裏がアヒャヒャうるせぇと思ったら、犯人お前かよ」



リメイク版はオープンワールドなので、主要キャラには固有の人格が設定されている。

それをもとにしてリアルな日常を演出するためだ。

だが、その試みが仇となった。

どういう訳かリメイク前とは大きく違う人格にされたり、ひどいケースだと真逆の性格が設定されてたりする。

制作中に何があったかは知らないが、余りにもずさんな仕上がりだった。



「編集モード……を使うでござるよ」



端の男が口を開いた。

彼はお助けポジションのマリスケ。

ブッ飛ばしたくなるくらいのイケメンで、中性的な優男だが、中身が極めてアレな男だ。



「編集モードにすれば、イベントの強制コードを無視して、思い思いに動けるでござる。そうすれば、みんなが生き生きとした演技を披露できるであろ?」

「そりゃそうだがよ。博打が過ぎるって」

「ほう。君子(くんし)リンタロー。何を気に病んでござるか?」

「そりゃ編集モードなら好き勝手やれるさ。不評なイベント内容とか、キャラの演技も何もかも変更し放題だ。だけど、同時に設定上の恩恵も失うんだぞ」



設定上の恩恵とは、学校一の天才とか、スポーツの才能とか、肩書きや概念などに活用される。

例えば、ヒロインのミナコは学校一の天才なので、一切の判定をする事なく学年一位の成績が手に入る。

その友人のアスカは、スポーツの才能に恵まれているので、何の苦労もなくあらゆる球技をマスターできる。


そればかりか、好感度判定や新要素の部活に起業だってそうだ。

選択肢さえミスらなければ、自動的に物事が『成功させられて』しまう。

これらは全て『強制コード』という仕組みによるもの。

世界のあらゆる物事が、問答無用で変えられてしまうのだ。


数多の制限で役者を縛りもするが、同時に世界のルールを守ってくれている強制コード。

そのシステムを失うとなると……。



「メインストーリーを追っかけ続けるには、全部自力でやらなきゃダメだ。勉強も、スポーツも、他の細々した物事全てを、実力で達成しなきゃいけない」

「それそれ。それでござるよ。その方がよっぽどリアリティがあるでござんす。ユーザーも感情移入しやすいでありんす」

「マリスケ。武士なのか花魁(おいらん)なのか、語尾キッチリ決めろ」

「どうですか、皆さま方。このまま何もせず終わって良いのですかな?」



周りに問いかけられる。

そればかりは全員がノーだ。



「嫌に決まってるじゃん。どうにかして評価をひっくり返したいよ」

「ゴミゲーと呼ばれて平気ですかな?」

「そんな訳ない。アタシたちはもっと面白くできる!」

「では、今の我々に必要なものは?」

「編集モード!」

「リスクがあってもやるべき事は?」

「編集モードォ!」

「ではよろしい。早速実行するでござるよぉ!」

「ウォオオオーーッ!」



さっきまでの沈鬱(ちんうつ)ムードから一変、まるで祭りのような活気に満ち溢れていた。

誰もが握りこぶしを掲げ、腹の底から叫んでいる。

中にはテーブルの上に立って騒ぐヤツすら居る始末。

この展開は後戻りの出来ないヤツだ。

冷静な意見を垂れた所で、失笑されるのがオチだろう。



「はぁ……せめて、まともなストーリーに仕上がりますように」



オレは祈るような独り言を、静かに呟くだけだった。

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