第28話終末の開始


 なんにでも、終わりはやってくる。けど、わたしの恋は始まってすらいなかったのかもしれない。あまりに触れ合えなかった。あまりに通じ合えなかった。


 だから、これが最後なの……?


 見合うと、トウマの目が、薄い膜がかって見えた。多分、魔王の心臓にその心を乗っ取られかけてるんだ。ううん、自ら望んでそうなった。トウマは……。あなたはやさしいから。そうしないとわたしが本気で殺しに行けないって思ってるんだね。


 大丈夫。だいじょうぶだよ……トウマ。わたしも魔物のはしくれだから。結構、念力とか、使えたりするから。


 ふっと、トウマが視線を外した。さっきの赤ん坊の方を見ているの? わたしも視線をやると、トウマのフェイントで。彼の外骨格の尻尾がわたしの頬をぶったたいた。


「よそをむくんじゃない……」


「……」


 ……どっちが。今本気で心配して見てたくせに。でなきゃつられないからね!


「じゃあ、《ハウリング・リボルト》雨よ、魔王の心臓を凍てつかせよ!」


 パキパキバキバキっと樹氷みたいなのが穴の中からのびてきて、これで穴の底は見えなくなった。穴の底からわたしたちは見えなくなった。


「む!?」


 驚くのは早いんだよ。


「《転輪のアーチャー》その心臓を射抜け!」


「《エンペラーズ・オーダー》……」


 ううん、その呪文は使えないよ。


 わたしは首をふる。


 さすがに勇者の呪文は魔王になったら使えないでしょ。


 わたしは、最後の呪文を唱えた!


「《ハウリング・リボルト》!!!」


 彼の心臓めがけて飛んだ銀の矢に光の共鳴が鳴り響く。


「ぐああああ!」


 トウマは――樹氷の穴めがけて落下していった。彼はそこで串刺しになって、緑の血を流した。


「もう少し! もう少しよ、ミリシャ様! すっごい反響! 見てみて!!」


 端末をかかげて、カメラを回すジローさん。画面には……。


『ミリシャがんばれ! 魔王を殺せ! コロセ! ぶっ潰せ!!』


 などなど。


 みんな……トウマはね、みんなのために……魔王になったんだよ。


 わたしにやっつけられれば、魔界の支配は終わって、希望が取り戻せて、みんなの世界がもとに戻るって……信じさせたくて。


 わたしが勇者になれるって……信じて。


 近寄ってくるジローさんを片手で押しとどめると、わたしはトウマのそばへ寄った。


「もう、見ている人はいない。本音を聞かせて、トウマ」


「キミのやろうということは、一本筋が通ってた。だから、協力した……」


 やっぱり。


「でも。問題は勇者が必要な時に、魔王がいないということだった。勇者が立つためには、魔王が必要だった」


「馬鹿ね! そんなことない」


「いいや……本当なんだ」


 澄んだ目でトウマは言った。


「それに、キミは来ただろ――」


 たくさんの選択肢があった。その中にこんなものが、こんな現実がまざってた。


「――ボクを、魔王を滅ぼしに」


 もう涙が止まらなかった。


「魔王になるものには、そして勇者になる者には、あらかじめ知らされることがない。なぜなら、それは、自分で選び取るものだから!……ボクだって、なりたくて勇者になったわけじゃなかったんだ」


「馬鹿! もうしゃべらないで!」


「泣いてる暇なんてないよ。うん、時間がもったいない。くじけて泣いてる暇があったら、努力して一つでも多くのことに対処できる胆力を鍛えたほうがよほどいい」


 それっきり、トウマの瞳から一切の光が消えた。

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