第25話イービル・クラッシュ
うわばみ一族はいわゆる不老不死だ。ただし、緩やかではあるが老いるし未知のウイルスなんかの抗体はもってない。
一体どれだけの年月、その豊かな黒髪に魔力を蓄えてきたのか。地に落ちたつややかな髪一本一本から潤沢な潤いを感じる。
うわばみさんは一瞬だけ、あっけにとられたような顔をしたけれど、今度はわたしに照準を合わせて、食らいつきに来た。
間に合え!
「《ハウリング・リボルト》
うわばみさんの髪を媒体にして、不死身の体の体力だけ削り取る業物を呼ぶ。
召喚術は魔族の基礎なの。
地面に描いた光の魔法陣から、十本の刀が現れる。
「よく、狙って……」
わたしは唇を湿す。浅くなっていた呼吸を深くし、うわばみさんのきれいな髪の毛を狙った。
かけ声と一緒に刃が舞う。うわばみさんの姿がだんだんと小さくなっていった。
「ごめんね、あとちょっとだけ我慢だよ」
落ちてきた髪を媒体に、また刀を召喚。
「次々、行くよ!」
さしものうわばみさんも、呼吸が荒くなってきており、表情は険しさを増していたけれど、血走った目からぎらぎらとした精気が失われていく。
「あとでズブロッカおごる!」
だから、おとなしくなって。
わたしの必死の願いが通じたのか、うわばみさんは元の身長の二倍くらいに縮み、四つ足で這って唸り声をあげた。
「最後の一刀!」
「あう!」
完全に今の、うわばみさんの声だった。やさしい、まろやかな、ハスキー声。
「うわばみさん!」
「……」
うわばみさんは声もなくうずくまって、動かなくなった。
「うわばみさん! うわばみさん!」
駆け寄ると、茫然自失していた彼女が、ザンバラになった髪の毛の間から、おびえたようなまなざしでこちらを見た。
「……どいっす」
あ、目え覚ましてる!
「ひどいっす! 女の髪を……なんだと思ってるんすか!?」
うわばみさんは縮こまって足を抱えている。あ、茫然、とか自失とかじゃないや、恐怖と怒りがないまぜになった瞳だ、あれは。
「信じられない……! こんな屈辱」
「あ、あのー、うわばみさん? これらは全てあなたの弟さんが原因で……」
「許すまじ! 怨みはらさでおくべきか」
だけど、体力削っちゃったから、立ち上がる気配もない。ただただブツブツと繰り言のようにつぶやいている。
そこへ、横やりいれるように背後から迫った空を切る音に、わたしはその場を動かず右手を突き出した。
拳大の石つぶてだ。もう少しで無防備なうわばみさんにあたるところだった。受け止めたわたしは、肩越しに見返った。サ・ガーンがいた。
「ここはあなたを倒さなくちゃいけないのかな?」
「むかってくるがいい。でなければ……」
瞬時に身構えたが、トウマが捕まってしまった。後ろ手で身動きできないものだから、苦しそうな顔のトウマ。
サ・ガーンの眼窩に白い焔が残ってる!
「こいつを、殺す……」
「まって! やめて、それだけは!」
無情なサ・ガーンの言葉に、反射的に叫んだ。
「ミリシャ、構うな」
わたしは歯噛みした。
実質三対一なのに、トウマが捕まり、うわばみさんは無力化されてる。
トウマの言葉が脳裏にうかぶ。
『最後は、自分で決めるんだ』
「わからない……」
「ミリシャ、早く!」
「わからないよお!」
そのとき、トウマが唇だけで呪文を唱えているのが見えた。
「《エンペラーズ・オーダー》御雷!」
わたしはハッとして、うわばみさんを引きずって、瓦礫の影に隠れた。
「ぐがががが!」
サ・ガーンは耐えている。魔物だったら、魔神の雷で灰と化すはずだ。けれど、彼女はアンデッドモンスター。闇の生き物と生まれ変わったのだ。肩口が大きく崩れ去ったけれど、時間を置くと復活してしまう。
どどどピンチ。
トウマはサ・ガーンの腕を振り切って、距離をとっている。なんとか――なるかなあ!?
と思ったら、サ・ガーンは大地に両拳を当て、呪文を唱えた!
「《イービル・クラッシュ》砕けよ、大地」
おっとヤバいんじゃない? 瓦礫を乗せた地面がぼこぼこと盛り上がってくる。アスファルトもボロボロだ。さらに彼女は奥の手を使ってきた。
「《イービル・クラッシュ》! くらえ、最大の奥義!」
サ・ガーンは両拳を頭上で打ち合わせ、禍々しい技を繰り出してきた。
「魔王の右手!」
彼女が両手を前方に突き出すと、黒々とした闇の手が呪詛と共に、次々と襲いかかってきた。
たく、魔王の右手、何本あるの!? きもちわるーい。
狙いはわたしだけだから、とっさにうわばみさんの腕をとり、飛んでトウマの元へと行く。
「うわばみさん、亜空間つくれる? 横浜の繁華街までひとっとび!」
目玉をうるうるさせてたうわばみさんだけれど、そこはやっぱり魔物なんだよね。
彼女が指先を差し向けただけで、暗い亜空間が現出する。
「まて! 逃がさんぞ」
って言われてもなー。不利な時は逃げるにしかず。
わたしは両腕にトウマとうわばみさんを抱えて、亜空間に飛びこんだ。
「まて!」
一瞬、聞こえたきがしたけれど、わたしは構わず空間を跳躍した。目的地はヨコハマ、繁華街!
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