第24話連れて行って……


 魔力を、使いすぎた……。


 どうやら、ここが潮時だ。相手も大きな犠牲を払ったのだ、ここで悠々と退いても、下手なことにはならないだろう。


 わたしはそう思って、ジリジリと距離をとり続けた。うわばみさんの安否も気になる。


 去ってくれ! 早く!


 そう願い、コスモクロック21の瓦礫に背を預けた。サ・ガーンはむかってこない。


 大丈夫だ。……大丈夫。まだ。


 顔色にも出してないと思ったのに、敵は――ジローさんは弱点を見つけたような、ここぞとばかり舌なめずりするような妙な目つきをしだした。


 どうして!?


 答えはサ・ガーンとわたしの耐久性の差にあった。彼女は魔力で動いているとはいえど、肉体派だった。拳でものをいうの。


 かなわないと知っていても、相手がわたしだというと、俄然魔物はしがみつく。


 なぜなら、わたしが半魔だから!


 時間がたつにつれ、わたしの肉体は疲労でボロボロになっていく。脳髄がやられて目の前が暗くなる……。息が、苦しい。もう、だめか。


「諦めるのははやいっすよ」


 うわばみさんの声が、幻のように頭に響き、大きくあえぐわたし。


 苦しいの。でも、もう苦しいの。トウマもいない。うわばみさんもいない。


「どうしたら……」


「アタシがいつ、あなたを一人にすると言ったすか」


 朦朧としだす意識を頭上にむけると、長い黒髪をばさばさと風になびかせるうわばみさんがいた。瓦礫の上の方に!


「離しませんよ、姫君?」


「死んだと……」


 思ったじゃない! もう、半ばくらいは!


「その、服が、ですね。破けちゃって、ちょっと今、出ていけないんす。なんか、マントとかありません?」


「わかった。ちょっと待ってね」


 わたしはちょっと笑ってしまって、それ以上のことは考えられない。


 今はジローさんが身に着けているマント。あれを――。


「とる!」


 一気にスタートダッシュをかけた。ロケットのような速さで、わたしの足は影をぬい、相手に姿をさらさずに直行した。


「だっ!」


 獲った! 思いもしない力が出せたわたし、ジローさんの方を一瞬ふり向く。


「お兄ちゃん……もうちょっとだったのに、よくも」


 その言葉の意味をよくよく吟味せず、わたしはきびすを返した。手には漆黒の闇のようなマント。それ一つを肩にしょって、うわばみさんのもとへ。


「うわばみさん、はい」


 とり返してきたよ。


 差し出すと、うわばみさんは、超お気楽のんきな声で、


「ありがとー。ししょー!」


 なんて言うんだ。


「よかった……」


 本当に、うわばみさんが無事でよかった!


「さて、と……ん? これは」


 むやみとそわそわしだす、わたしの相棒。


「どうしたの?」


「あ、いや、これは……っ」


「なにを隠してるの?」


 もう、なにをごそごそしてるの。


 見たら、


「アー! 酒瓶!」


 いーっけないんだー、いけないんだ!


「ちょ、こ、これはアタシのじゃ、ジ、ジローが……」


 言ってたけれど、内ポケットの中から出てきたそれには興味津々で、うわばみさん、


「えい! 証拠隠滅!」


 ごきゅ! こくこきゅ……ん!


 あおった顎の端からきれいな液体が伝う。うーん、こんなときだけど。


 わたしも飲みたい。いいな、いいなー。


「ぷは!」


「むー」


「欲しかったすか?」


 気分よく笑ううわばみさん。


 もー、調子がいいんだから。


「ん? う……ヴ!?」


 とたんに、うわばみさんの様子がおかしくなった。


「やられた! ジロー……あいつ!」


 なにがあったの? 苦し気な様子。


「うわばみさん!」


「わ、悪酔いしたっす。ちょっと、休ませて」


「ええねん」


 ふ、と真顔に戻るうわばみさん。


「疲れたら、休んでええねんで」


「ごめんなさい、ししょー。ほんとに、すんまっせん!」


 目を赤くし、ボロボロ泣いて、うわばみさんは正気を手放した。


 わたしは、かなり悩んだのち、トウマに助けを求めることにした。


 巨大化したうわばみさんを、どうしたらいいのか、わからなかったから。





 いや、このことはあまり口外したくない。


 この世ならぬ、なんて言葉は魔界の者が言える話じゃなくて。


 いうなれば、うわばみさん、魔界の薬酒によって、知性もなにもない魔獣と化してしまった。薬酒がマントの内ポケットにあったことから、マントを借りていたジローさんが仕込んだものだと言い切れる。


 ジローさん、こんなものに頼ってまで、わたしたちを潰す気だったんだ……。


 瓦礫と化したコスモクロック21をうわばみさん、足で踏みつぶして、轟音が響き渡るなか、口から酒気をまきちらして吠えたくっている。


 トウマ、早く来て! トウマ、トウマ。


 スマホにメールがきた。


「ミリシャ、いっさいがっさいライヴで見てたよ。そちらに向かっている。キミは身の安全を最優先して!」


 ああ、トウマ。わたしの……勇者。


 うわばみさんの真っ赤に染まった体を見て、わたしの手足は震えた。胸がドキドキする。呼吸がうまくできない! 恐ろしい!


 だけど、トウマが来てくれる。


 わたしは自分にできることをしなくちゃ。


 わたしはうわばみさんの様子を見ようと、彼女の目線まで飛び上がった。


『うわばみさんは悪くない。絶対助けるから』


 テレパシーを送ったら、真っ赤なその目がわたしをとらえた!


「うわばみさん……」


 わたしの気持ち、通じた――?


 瞬間、わたしの体は後方へ吹き飛ばされた。


 衝撃で頭が働かない。口の端が切れた程度で済むなんて、うわばみさん。きっとまっとうな状態の意識が残ってるんじゃないか? そう錯覚するほど、あっさりとした攻撃だった。


「ミリシャ!」


 聞き覚えたトウマの声がする。わたしはうわばみさんに背を向けて、そちらの方を見た。


「大丈夫か!?」


 瓦礫を押しのけるように、トウマが駆けてきた。


 トウマ。うわばみさんが……うわばみさんが!


「アレがラスボスか!」


 トウマはうわばみさんを一目見るなり、覇気をみなぎらせた。


 待って! 違うの。


 説明する間もなく、トウマは呪文を唱えだした。


「《エンペラーズ・オーダー》出でよ黄金のガルガンチュア!」


「まって!」


「さがっているんだ、ミリシャ」


 わたしはたまらず、トウマの前に立ちふさがった。


 そんな、御大層な名前の魔剣なんかで、うわばみさんを殺されてはたまらない。


「あれは薬酒のせいなの。一定時間がたてば、戻るはずなの。うわばみさんを殺さないで」


「今はこちらの命を護るのが先決だ!」


「だったら、どうしたらいいの?」


「あれがうわばみ氏なら、半殺して、正気が戻るのを待つ」


「そんな! やめて! お願い!」


 わたしの声はほとんど悲鳴だった。


 その間も、うわばみさんの体に、黒い蛇のうろこみたいな文様が浮かび上がり、その禍々しさは膨れ上がるばかり。


「ああなった魔物が無害になることは、今までになかった」


「うわばみさんは違う!」


「そんな保証がどこにある!?」


「あるよ!」


 うわばみさんは、自分の魔力を越える変身をして、なおかつ苦しんでいる。


「苦しいって叫んでるのがわたしにはわかるの! お願いだから、うわばみさんを助けて!」


 言った時だった。わたしたちの背後に、どろりとした気配を感じた。


「困るのよねえ、そういう物語、作られちゃうの」


 ジローさんの声だ。ねっちょりと素肌を嘗め尽くされるような感触がする。


「もうちょっとだったのに。魔王ミリシャから、勇者を諦めさせられるはずだったのに!」


 トウマが庇うように前へ出た。


「いや、元勇者か。おまえの存在は邪魔だわ!」


 四天王のうち三人を片付けたっていうのに、全く有利に思えない。それは――。


 わたしがラスボスだからだ。


 魔王の心臓を持ち、次期魔王となるのがさだめだから。


「ねえ、これ。どんな人間が観ていると思う?」


 ジローさんはピンクの舌で唇をなめた。


「じゃーん! なんと」


 次の句を継がせず、わたしはジャンピングドロップを浴びせた。同時に、その手に持っていた端末を奪い取る。


「あんたは、あんたの目的はなんなの!?」


「……っつ。ここで明かすわけにはゆかないわ。どうしてもっていうのなら、ついてくるのね!」


 わたしの体を激しく突き飛ばして、ジローさんは両腕を大きく開いた。その腕の中に暗闇が口を開く。


 どうして!?


「どうしてあなたが亜空間を操れるの?」


「ウロボロスっていうのはそういうものよ。横浜の繁華街で待っているわよ……ミリシャ様」


 ジローさんの体が暗闇に消えていった。


 大気がビリビリと唸り、うわばみさんが暴れてる。トウマは攻めあぐねてわたしに訊いた。


「彼女の弱点は!?」


 そんなもの、知らない。


「あ、でも……」


「あるのか!?」


 うわばみさん、心は女! ってしつこいくらい強調してたから、もしかして…‥。


 でも、それはトウマにはさせられない。同じ女として、わたしが命をかけるべきだ。


「はああー!《マジック・カッター》」


 気合いをこめて、うわばみさんの前に飛びあがると、わたしは風になびいている、彼女の髪を切った。ワンレングスの黒髪がひと房、地に落ちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る