第22話輝け! ミリシャのファイト
「さて……」
レ・スパダールは冷徹な瞳をすうっと細めて言った。竜巻に乗って、コスモクロック21のスポークの上にまで登ってきている。
「どうしてこのような事態になったか、おわかりで?」
わからないよ!
「そんなの、あんたたちが悪いからに決まってる」
「はて……そうでしょうかな?」
レ・スパダールはもったいつけている。この期に及んで憎たらしい。
「そうでしょうな。あなたにとって、我々が『仲間にしたい』と思える駒でもなかった。それがいけなかった。だから、実力行使に」
「何を言ってるの?」
「はて、わかりませんか?」
わからないんだってば!
わたしは悔しいから口をきかない。レ・スパダールは大仰に溜息をついた。
「やれやれ。姫君。魔界の四天王を舐めてはいらっしゃいませんか?」
わたしは黙秘を続けた。
レ・スパダールは腕組みをしている。なにか思案している様子だ。
「先に、裏切ったのはあなただ――姫君」
「《ハウリング・リボルト》舞え、砂塵」
続きは言わせない。
「《ゲイジング》しばし時を留めおかん。魔王の目」
振動で唸っていた砂塵が、レ・スパダールの呪文で動きを止めた。
「こちらの動向を知らせていたのは……。ジローさん?」
「まったく、あなたという方は、計画は穴だらけ。頼りは人任せ。魔王の器とは全く言えませんね」
「のらりくらりと! 答えはイエスかノーよ! はっきりしなさい!」
「……イエス。ユア・ハイネス」
彼の目には明らかな軽侮の色が見えていた。
気に喰わない!
「昔からアンタのそういうところがキライだった……」
「わたしは姫君を敬っているつもりなのですが?」
バカにして!
「わたしは魔界四天王を駆逐する! これはすでに決定事項!」
「それで?」
ピクリとも表情を動かさず応える、レ・スパダール。
わたし、呑まれそうになる。ぐっと息を詰めた。
「その後、魔界の有象無象をどう、片づけるおつもりなのか、ぜひお聞きしたいですね」
「答える義理はない」
「そうですか」
すました態度が気に喰わないったら!
「魔界は――あなたを見限った。魔王の心臓を渡しなさい。わたしが片をつけます」
心臓? ここでまた!?
わたしは歯噛みした。やっかいな心臓。わたしには負担なばかりの。だけど、こいつにだけは渡すわけには――。
「サ・ガーン! 手を貸すように」
レ・スパダールの影がブレた。
「呼びだすのが遅いようね。姫がガチガチに身構えてる。ま、そういうのを砕くのも楽しいけれどね」
やっぱり、また無意味に拳を打ち鳴らしている。この場では威嚇されてるようにしか思えないけれど。単純バカの脳筋では四天王は務まらない。強敵だ!
わたしは極力態度に出ないように言った。
「へえ、四天王が結託するの? めずらし」
レ・スパダールが言う。
「誤解しないでいただきたいですな。サ・ガーンはあなたの肉体を、わたしは魂を。そしてゴーギャン・グは血を欲している。ならば、順番に……というのも悪くない」
げ! こいつら~~。
「冗談じゃない!」
言ってる間に、コスモクロック21は回りきった。
ヨルムガーンの爆弾は発動しなかったみたいだ。よかった。
と、思ったら、うわばみさんたちが落ちていった先で、地響きがした。
――爆発だ! ヨルムガーンは、嘘なんてついていなかった。
でもジローさんの落ちた先で、なんて……もしかしてジローさんが爆弾を持っていたの!?
そんな……。それじゃあ、ジローさんは……タローさんは!
「嘘……うそだああー」
わたし、絶叫。そんな、うわばみさんが死ぬなんて、認められなかった。
あのとき、うわばみさんが握らせてくれたお守りは、うわばみさん自身のものだった。ジローさんはわたしのを奪っていったから、もしかしたら戦線離脱が可能だったかもしれない。だけど、爆発なんかで吹っ飛んだら、タローさん、再生にどれくらいかかるだろう?
わたしは、うわばみさんを失えない。うしないたくない。どこ? 彼女の細胞!? どこなの!
「よそ見をしてる場合ですかねえ」
レ・スパダールが言った。
こいつの「魔王の目」なる『ゲイジング』はひとにらみで相手の動きを支配してしまう。
サ・ガーンの「魔王の右手」には原子をも砕くという魔力がある。
わたしに勝ち目なんて……。
いや、一つだけある。魔王の心臓……これを使えば、あるいは……だけど! そうするには、心臓の継承者として名乗りをあげなければならない。
魔王になることを表明せねばならない。
どうしたらいい?
わたしは生唾をのんだ。魔王は、勇者が倒してくれる……大丈夫だよね?
トウマがいる――。この先、彼と共に生きられなくとも。彼の住む人間界は守れるかもしれない。たとえ、わたしが魔王に選ばれてしまっても。殺してくれるよね? トウマ――。
そうやって、わたしは自分にはできないことをトウマに期待してしまう。そのせいで彼がどんな思いをするか、このときのわたしはわかっていなかった――。
「いいよ。――なら、一騎打ちしよう」
「ほう」
「じゃあ、あたしからいく。いいな?」
サ・ガーンのセリフの後半は、レ・スパダールに向けられたものだった。
ちい。
サ・ガーンと一騎打ちをしたら、レ・スパダールに「魔王の目」で見切られてしまう。
わたしはわたしの戦いを有利に運ばなければならない。だから。
「いいえ、レ・スパダールが先」
「早いもの順ですか。魔物らしい」
一見、ね!
「しかし、先ほども姫君の戦い方を見ていたわたしに、その魂をくれていいのですか? サ・ガーンの出番がなくなってしまいますね」
「あたしは、かまわないぞ」
また、拳を打ち鳴らしている、サ・ガーン。ほんとにのんきね。
「たとえその肉体がどんなであろうと、もう魔王直系の肉体に違いはないのだから」
マズイ! 作戦変更!
「サ・ガーン、さがりなさい。わたしの体に触れるなど、百万年、早い」
居丈高に言った。これでわたしがキレたとでも思ってくれれば、とても話が早い。
「ふっ。なんのまね? ……ああ、そうか。魔王様のつもりなの。そんな挑発……乗ってあげてもいいわ」
余裕余裕のこいつが先だ!
「……わたしは、肉体がどうなろうと、魔王直系の魂さえ手に入ればいい……」
レ・スパダールが言った。
「気前がいいこと。ではあたしからだ!」
「いくぞ、サ・ガーン!《ハウリング・リボルト》砕けよその拳!」
「《イービル・クラッシュ》魔王の右手よ、バイオの力よ!」
相手の武器はその拳だけだと思ってた。まさか、それが魔界樹の枝葉に変わるとは。
な! なんという……。これでは魔界樹がクッションになって砕けない。
だけど、それだけじゃあ、わたしの攻撃は防げないはず。
「《ハウリング・リボルト》響けよ魔界の音波」
とたんに、原子をも砕くという、サ・ガーンの拳が、魔界樹が……。
「あああ! こんな……!」
音波で活性化して、サ・ガーンの肉体まで呑みこんだ! 蔓が、蔦葉がぐんぐん成長し、天まで届けと、彼女の血肉をむさぼりつくす。
サ・ガーンの負けだった。
「魔界樹は小さければともかく、巨大になるほど魔力を吸いつくす……このわたしでも扱いが難しい。よくぞここまで技を磨いた」
さて。ここまでで、わたしの技はほとんど見せていたから、後は組み合わせが肝心。
「レ・スパダール、来なさい」
「呼ばれずとも!」
レ・スパダールが、その瞳を輝かせた。
うっ、気持ち悪い。
「はあああ!」
わたしたちは互いの呪文と技をぶつけ合った。
「《ゲイジング》踊りなさい、子猫ちゃん」
光の糸がわたしの手足に絡みつかんと、いっせいに襲いかかってきた。
人形にされてたまるか!
「《ハウリング・リボルト》舞え! 砂塵の陣」
すばやく足元に陣を描くと、そこから砂塵が吹き上がり、防御した。
「よくぞ、ここまで力をためこんでいたね」
「サ・ガーンの技とどちらが、お気に召しましたかな?」
「そりゃあ、どっちも面倒だ!」
「……最初から、認めてくださればよかったものを」
「なにを戯言を言ってんの!」
レ・スパダールは沈黙で返した。不気味に睨んでる。
なによう!
「ですが、今もって、わたしどもを排除しようとなさる。情けない! 情けないですねえ!」
レ・スパダールは薄い唇をゆがめて、苦々しい、といった顔。
そんなの、どうだっていいの、わたし。あんたなんか、どうだっていい!
「戦う相手に敬意を払う……それが魔族の誇りだったはず」
こんどはわたしが眉をひそめる。
「ないない。そんなもの、魔族の自己満だって」
「ですから、情けない、と申し上げるのですよ……」
平行線。もう、いい加減にして!
「《ハウリング・リボルト》氷礫よ、この敵を破れ!」
「《ゲイジング》時を留めよ、魔空間!」
くう! 悔しいけど……レ・スパダールは、強い。わたしの呪文を、空間を操って異次元に封じこめてしまった。わたし……負ける!? いや……!
奇策でいく!
わたしは大きなフォームで飛びかかって蹴りを入れた。
「甘い! カウンターだ!」
技を技で返してくるのはわかっていた。レ・スパダールは、そういうやつだから。
レ・スパダールとの距離を詰めて、ゼロ距離からの呪文!
「《ハウリング・リボルト》!」
レ・スパダールは真正面から、マジック・カウンターを展開。わたしの呪文ははじき返された。
と、そのとき、氷の刃が彼の体を貫いた。
わたしの体に亀裂が入っている。先ほど放った呪文は、わたしの体を覆い、薄皮一枚、凍りつかせていたのだ。
「これは……」
「氷の鎧よ。見ればわかるでしょ」
「グアア!」
氷の刃に襲われ、血をほとばしらせて、レ・スパダールが苦悶に満ちたまなざしで手を伸ばしてくる。
すがりつくように。
「気持ち悪い」
「!《ゲイジング》呪われよ、姫君――!」
わたしはその顎を蹴った。ひっくりかえるレ・スパダール。
「最期まで気に喰わない奴だった……」
呪われろですって? 言ってくれるじゃない。気に喰わないったら、気に喰わない! あいにくだけど、わたしは幸せになるんだ! トウマと!
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