第20話裏切りのジロー

 ――ハッキリ言おう。


 わたしが窓を開けなかったら、また窓ガラスを割られてた。


 窓際から離れた壁に白羽の矢が立ったのだ。


 矢文がついていた。


『うわばみジローは預かった。返してほしくば、勝負しろ。――ヨルムガーン』


 読んで聞かせると、うわばみさんは目に見えておののいた。


「なぜ、ジローが……」


「わからない。でも、放っておくことはできない」


 うわばみさんは口元を抑えている。ショックなんだろうな。


 しばらくしてうわばみさんは、決意を口にした。


「アタシが――行きます。ヨルムガーンと戦います」


 なっ!


「なに言ってるの? ヨルムガーンの狙いはわたしでしょ?」


「そうかもしれない。違うかもしれない。奴は相手を指定しなかった。アタシが行きます」


「なにが待っているか、わからないのに」


「たった一人のきょうだいです。それでも、いかねば」


 うわばみさん……もう、何も言えなかった。


「無事で、帰って来て」


「さくっと弟、連れて帰ってきますよ!」


 うん……うん。


 わたしは空へマントをはためかせて飛んでいく、うわばみさんを見送るしかできなかった。





「罠だ!」


 トウマは蒼白になってそう言った。


 うん……その可能性もないではないんだ。


 でも、さらっていったのはうわばみさんの弟、ジローさん。


 わたしに喧嘩を売るなら、まずトウマを狙うはず。


 まあ、トウマは手ごわいから、か弱いジローさんを選んだんだろう。


「目を離した隙に、やられたの」


「ボクは先の四天王との闘いで、しばらく魔力が戻らない。加勢にいったら、逆に足手まといになる」


 かわりに、とトウマはポケットから木のプレートを差し出して言った。


「あ、それは……」


 縁結びの神社から、トウマがもぎとってきたエマ、というやつ……。


「これを、持って行ってくれ。タローさんに必ず渡すんだ」


 こんなときに、トウマは何を言っているのだろう?


「彼女が、守ってくれる……ボクの女神だ」


 わたしは息をのんだ。そこには名前など書かれていない。


 くちゃくちゃの髪に、とがった耳の人物が、へたくそに描かれていた。


「魔王を倒したとき、つかまっていた少女だった。彼女はうつくしく、再び逢いたいと思って、自分で描いた。名前も知らなかったから、絵だけなんだけれど」


 って、よく見ると、首のあたりに緑の石みたいなものが描かれている。


 指摘すると。


「ああ。彼女は緑の石のペンダントをつけていた。ちょうと、キミがつけてるような……」


 かあ、とわたしの顔は熱くなった。


 これは、この石は……飛行型でない魔物がつける空飛ぶためのアイテム。弱き者には与えられない。わたしはうわばみさんが言ってたデスマッチ勝利のときに魔王の宝物庫からもらった。これをつけているってことは、魔界の王縁のもの……まさか! それって……トウマの女神って……!


「そういえば、キミは少し、彼女に似てる……」


 言葉もない……。


「……」


 わたしは感極まって、トウマの胸に抱き着いた。


「お、おい。どうしたの?」


 なんでもない。わたしは呟き、深く息を吸いこんだ。


 トウマの女神は――わたしじゃない誰かではなかった。魔王が倒されたあの日、トウマもわたしを――


「大好き」


「大げさだな」


「だけど、そんなもの、もらってしまっていいの?」


「うん。ボクにはもう、ミリシャがいるからね」


 彼は言って、エマをわたしに押しつけた。


「ま、そんなものがなくっても、キミが駆けつければ、百人力に決まってるけれどね」


「わたし、そんなに強くないよ!」


「さあね。どうかな」


 うわばみ氏も男だし。勇気づけられると思うんだけど。トウマがそういうから、なんとなく言い返す言葉もなくなっちゃって。場合が場合だからね。


「じゃ、じゃあ、行くね」


 エマを手に、トウマにひとときの別れを告げると、わたしはセンサーを最大限に利用して、ヨルムガーンの居場所をさがした。


 いた――。この気配は、コスモクロック21だ。ランドマークを眺望する大観覧車。


 あんな目立つところにおびき寄せようだなんて、いい根性してるじゃない!





 だから、なんでうわばみさんは観覧車のてっぺんなんかにいるの?


 彼女、風にひらひらマントをたなびかせながら、六十台のゴンドラを中空から見ている。


 見下ろしてるって言ってもいいのかな。


 肝心のジローさんは? ヨルムガーンはどこ? 姿が見えない。


 わたしは手の中のエマをぎゅっと握った。なくすといけない。しまっておこう。


 うわばみさん、応援にきたよ。一緒に、ジローさんを助けよう。


 うわばみさんに声をかけたら、ぎょっとした顔をされた。


「うわばみさん、ヨルムガーンは!?」


「爆弾っす!」


「!」


 聞き返してる場合じゃなかった。


「コスモクロック21のどこかに、しかけられてる。そこにジローがいるんすよ! 助けなきゃ」


 その瞬間、大観覧車が回り始めた。


「あ! 回り始めたゴンドラが一周する間に見つけないと爆破するって、ヨルムガーンが」


「落ち着いて。ゴンドラが一回転するには約十五分。空からならすぐ見つけられる――」


「もう、何回もぐるっと確かめたんすよ! どこにもいなかった!」


 うわばみさんは悲鳴だ。


「機関室に行って回転を止めたら――」


「そんなことしたって、助からないかもしれない。ジローが、ジローが……」


「やってみなきゃ、わからないでしょう? 諦めるのはまだ早い」


 わたしは一人で観覧車の乗り場まで降りて、辺りを見回した。人の姿はない。


 どこ!? 機関室、観覧車を止めるレバーかなんか、ないの!?


「ジロー!」


 うわばみさんの叫びが聞こえた。観覧車のまだ低い位置のスポークにしがみつく点が見える。見えるっていっても、ゴミかな? って思うほど細かい。それがじりじりと中央のLEDの文字盤の方へ寄っていく。


「あれなの!?」


「ジロー!?」


 うわばみさんが文字通り飛んでいこうとした。わたしもだ。するとそこへ、緑のローブが眼前にはだかった。


「待っていたぞ、半魔の小娘……」


 玉石のタリスマンをじゃらじゃら鳴らして、真っ赤な唇を醜くゆがめて笑った。


「おまえなんかに用はないんだから、どいて!」


「ほう……」


 すると、ヨルムガーンは懐から呪符をとり出した。それが式神となって、ジローさんの方へ飛んでいく。


 ジローさんの頭上で爆発が起こった。ジローさんは縮みあがった。


「あんな小さな式で……」


「あの魔物の命はこちらが握っている。そういうことよ」


「はっ。魔物は細胞一つ残ってれば再生するし」


「その細胞が飛散し焼き尽くされようとしているのに、そんな態度でいいと思うのか?」


「爆弾はどこ?」


「さあ」


「うそなのね? うわばみさんを足止めし、わたしが来るのを待っていた……?」


「そう思いたいなら、そうしな。だが、爆弾は一つじゃない」


 わたしは全身の心臓が縮んだ。


 本当……なんだ。


 ジローさんを巻き添えにして、うわばみさんもわたしも、観覧車もろとも吹き飛ばす気なんだ……。


 わたしは歯噛みした。


 どうして、魔物を召喚しないの? 召喚士のくせに。なぜ爆弾なんてものを。


「案外、人間臭いね。お得意の召喚術はどうしたの?」


「もう呼んでるよ」


 わたしは、いぶかしく思ってセンサーを働かせ確認したが、魔物の気配はわたしたち以外になかった。


「はったりを!」


「本当だ」


 そんなはずは……。


 わたしは驚愕した。ヨルムガーンが両手に大量の呪符をつかんでいるのを見たから。


「まさか、それは……!」


「ふふ」


 まさか、呪符にあらかじめ召喚した魔物を封じこめてある!?


「いくぞ、小娘!」


「くっ。バカにして!」


 わたしはバックステップで身をかわし、距離をとった。


 しかし、ヨルムガーンはしかけてこなかった。


 いや、仕掛けてあったのだ。もう、すでに!


 はっとして見ると、わたしの胸元に呪符がはりつけてあった。


「いつの間に!」


「式に気をとられている間にさ」


 ヨルムガーンが上を指差す。


「こんな」


 こんな戦いは始めてた。質をとられ、惑わされ、時を削られ……こんなやりかたは、魔物はしない。


『焦るな』


 空耳が聞こえた気がしたけれど、わたしは呪符の怪物にとらわれてしまった。胸元からにゅるにゅると魔界虫の触手が手足をからめとり、卵を寄生させようと、産卵管を伸ばしてくる。


 ぶちゅ!


 刺された!


 いや、ああ、ああ……! トウ、マ……。


「いやあああ!」


 なんて、ね。


「む?」


 ヨルムガーンが怪訝そうにしている。教える義理はないけれど、わたしはスッとマントの合わせ目から腕を出して、その手に握っているものを見せた。――トウマがくれたエマだった。魔界虫の一刺しを防いでくれた。産卵管を折られて魔界虫は逃げてった。


 ゴリヤクあるじゃん! なにこれ最強! 一見ただの木の板なのに!


「わたしって、やっぱり勝利の女神だったりするのかな?」


「くっ! 寝ぼけたことを。半魔のくせに!」


「そー、その“くせに”っていうの、嫌。おまえは人間のくせに、人間界を裏切るくせに」


「くせにくせにとうるさいね!」


「おまえだろ!」


 お互い、野犬のように牙を剥く。


 こんな奴、生きてる価値もない。


「ぎゃあぎゃあ騒ぐんじゃないよ。え? 魔界のプリンセスが。まあ、半分は魔界の血が流れてるらしいが、そんなものなのかねえ? 魔王の心臓を持つ者が!」


 しかも、とヨルムガーンは紫色のとがった舌で、てらてらの赤い唇をなめると続けた。


「勇者にとりいって魔神をはねのけるとはね……」


「!」


 やっぱり。


「おまえだったんだ、鳴神を呼び起こしたのは」


「あきれてものも言えないよ。勇者の称号を無くして鳴神は手に入れられない。それがどういうことか、わからないだろう」


「ええ。トウマは勇者の称号を持っていた。それは確か」


「鳴神を呼び出したわたしの手腕を認めておくれでないかい?」


「まさか……! おまえが、勇者の称号を!?」


 あり得ない!


「そう。その通りだよ」


 なんですって!?

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