第19話縮み上がるような真実


 心が重たい……。


 なぜいつまでもこうなのか。


 人々が去って、ぽつんと残ったわたしたち。


 墨をこぼしたかのような暗雲は去らない。ううん、それどころか太陽の日差しを隠して、あたりは暗い。わたしの心のよう。


「トウマ、なぜこんなにことを急いだの?」


「人間たちを安心させるためだ」


「違うよね? わたしは四天王を利用して、魔獣を魔界へ送り返して、それからって、言ったじゃない」


 仕方なくトウマは白状した。


「人間たちに勇者ミリシャを印象付けるには、派手にやる必要があった」


「そんなの!」


 わたしはパクパクと口を開け閉めしたけれど、うまいこと思考と言葉がつながらなかった。それだけ、ショックだったんだ。





 あとになってうわばみさんが言った。


「元勇者も愚直なだけではないようっすね」


 わたしは必死で、うわばみさんの胸元をつかんで、訴えようとしたけれど、なにを言ったらいいのかがわからなかった。


「アタシが出した結論とほぼ同じっすね。四天王を崩せば、とりあえず魔界の有力者は力を失い、おとなしくせざるを得ない。シャバ・ダ・バーンがやられた今、貴族たちも二の足を踏んでるはずです」


 うわばみさんが言った。


 わたしはそれでも懸念があった。


「四天王の座を巡って、貴族たちが再び魔獣を送り込んでこないか、保証はないよ」


「それでも、人間界には勇者がいる」


 きっぱり言って、揺るがないうわばみさん。冷血の魔物だけど、熱を感じる。


「これ以上、トウマにはさせたくないの! 彼にトラウマがあるの、知ってるでしょう?」


「奴は元勇者。頼りになりそうな駒ですが、彼じゃない。ししょーのことですよ」


 わたし?


「ししょーが、人間界の勇者となって、魔族をやっつける。ししょーは人間界で受け入れられ、如月トウマとも一緒にいられる。これ以上のことはないっす」


 じゃあ、トウマは……そのつもりで……?


「大体愚直なだけなら二流、三流の勇者です。その点、ししょーは見る目がおありです」


 え、と……うわばみさんの中で、わたしの話はどうなっちゃってんの? 


「なんて、ね……」


 アタシが勇者論なんて吐くべきじゃない、そう言ってうわばみさんはスマホをいじった。


 誰かが流した画像が、ツイッターで流れてくる。


 次々と流れる「魔法少女はいた!」「ミリシャがやってくれる!」


 ミリシャ、ミリシャって、人の名前をそう呼び捨てにするんじゃないわ!


(シャバ・ダ・バーン……)


 魔物が魔物を殺しちゃいけないって法はない。魔物が人間を殺してはいけないって法がないのと同じように。


 だけど、なんだろ……この収まりのつかない心の動揺は。


 人間が、魔物を殺しちゃいけないって法も、ないんだ……。それこそ家畜同然に思っていても、人間には力がある。魔神に挑んで技を得て、魔王すら倒した。


 なんのために?


 わたしはなんのために、魔物を放逐しようとしているんだっけ?


 トウマと一緒に、安全に、幸せに生きるため。そのための基盤が必要だった。なのに……。


『勇者に、なるんだろ?』


 突然、脳内にトウマの声がした。


『なりたいんだろ? 勇者に……だったら、乗り越えねば』


 そんな……!


 今更心がざわつくのはなぜ? 勇者になるって、もっと崇高な事じゃなかったの? 素晴らしいことじゃなかったの!?


 TLでは人間たちが騒いでる。


「ミリシャたん、つえー」


「オニかわいくてつえー」


「爆誕! ミリシャ最強伝説」


 勝手なことを!


 わたしはやり場のない怒りを感じた。どこまでもどこまでも、虚しい。


 トウマも、言ってた……虚しいって。それでも、勇者の資質は世界を愛することだって、言ってた……。


 どうやって!? 一体どうやったら、この人間たちの浅ましさを、世界を愛せるの?


 ううん、ここでこうやって外に出ないでいるから、だから一部の人間の動向を気にかけすぎてる。外に、出ないと――きっと、わからないことが、ある。


 落ちつけ。信じよう。わたしは――ミリシャ・フリージア。勇者トウマの恋人。


 なるんだ――勇者に。わたしだって……!


 ――帰ってきたら、ジローさんがいないんで、うわばみさんがコーヒーを淹れてくれた。


「ん、今日もおいしい」


「そういってくださると、うれしいっすね」


 うわばみさんは控えめに笑った。


「しかし、ジローのやつ、また買い物にでもいったのかな?」

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