第18話シャバ・ダ・バーン散る
わたしはこう見えて怠け者なのだ。
「ししょー、朝っす」
「んー、なあにー? もっと寝かせてー」
「朝っす。起きてください、ししょー」
「いやあーん」
被っていたマントを引きはがされて、ぶるぶる震えるわたし。
「今日はなんだっけ? ラジオ?」
氷のような微笑が返ってきた。
「元勇者の、如月トウマ。やってくれましたよ」
「え? なになに? トウマがどうしたの?」
四天王に戦いを挑んだんです――。
なんだかうわばみさんの声が遠い。なにも心に響かない。
「トウマが……」
言って立ち上がると、膝から力が抜けた。
四天王はプライドが高く、結託するってことはまずない。じゃあ、手下をまずやっつけないと、彼らに剣が届くわけがない。
「ひ――一人、で?」
こくり、とうわばみさんは頷いた。
「そんな!」
行かなくちゃ! わたしも。わたしがいれば、トウマを守れる。
もう、無茶なんだから。わたしはトウマのなんなわけ!? 彼女であり、相棒じゃないの!?
――そんなことばかり、頭によぎる。
わたしはのろのろと立ち上がり、そのままふわりと表へ出た。
うわばみさんもついてくる。
「ジローさんは? そう言えば見えなかったけれど」
「夕べ呑ませすぎたか、寝てるっす」
「そう。ならいいや。わたしたちだけでいきましょ!」
マジすか?――うわばみさんはつぶやいて苦笑いした。
これから決戦に行くのだ。手札は多いほどいい。しかし関わりない人には関わらないでもらいたい。
「さ! いくよ!」
振り切るように言って、わたしたちは雲の上まで舞い上がった。
最大限、やるつもりだった。
だけど、あんなことになるなんて、普通思わないでしょ!?
トウマが選んだ決戦の地は、九十九里浜。いまどき観光客もない。
シャバ・ダ・バーンが青いたてがみに、海の水面の一滴をまとわりつかせながら苦戦していた。
海の水は塩水――通電性がある。
「トウマ!」
叫んだけれど、トウマは止まらない。
「《エンペラーズ・オーダー》御雷!」
第六の魔神、鳴神の最大奥義で仕留める気だ。
大気が震える。びりびりと。
「ここまで余波がきたら、ひとたまりもないっす!」
うわばみさんが、わたしを止めようと引っ張り上げようとするが、天には暗雲が立ちこめていて、ここまできたらむしろ上を目指す方が危険だ。
「《エンペラーズ・オーダー》わが同胞を守れ、水のはごろも」
同胞ってわたしたちのことだ。丘に人の気配はなく、走っている車もない。
魔神の雷は、海の上を走り、シャバ・ダ・バーンを包んでいた浪間のしぶきに通電し、火花を散らして彼を封じこめてしまった。
なぜ四天王ともあろうシャバ・ダ・バーンが海辺で戦うことを避けなかったのか、彼は多分、逃れられない運命を感じたんだ。
トウマが、元勇者だったから。かつて自分が倒された相手だったからこそ、不利な状況で逆転してみせようとした――そうでしょう?
「グウアアア!」
そんな悲鳴もふっとばして、トウマが聖剣を鞘から抜く。
「《エンペラーズ・オーダー》螺旋!」
トウマは歩法を駆使して、回転をかけ、そこからどういうわけか上昇気流を生み出しつつ距離を詰める。
「姫様――!」
シャバ・ダ・バーンの最期の叫びに、わたしは耳をふさいだ。
彼は、永いことわたしの友達で、パパに厳しくあたられたときにもそばにいてくれた。やさしい魔物だった……。
「トウマ……」
「さすがっすね。こちらを見てもいないのに、通電性のない水でアタシたちまで庇うなんて、ちょっとイかしてるっす」
剣を収めて、トウマはこちらに歩いてくる。
「ちょっとはやるじゃないすか」
「あんたがうわばみタローか」
「ろくでなしのアタシでも震えがきたっすよ」
「魔神がくれた力だ」
「借り物ってことっすね」
「魔王を……倒すために必要だった。勇者は十二の魔神を倒すことによって勇者の魂を得る」
「へえ、便利なもんすね」
「それでなくちゃ、魔王は倒せないからね」
……トウマもうわばみさんも空気、微妙!
トウマは苦く笑って。
「どうしてここにきたんだ?」
と――うわばみさんが情報聞きつけたから、って言いにくい。
「アタシが電波でつきとめたからっすよ」
電波って、いうの……? その言葉、使い方が違くない?
トウマはにこりともせず、そうか、と頷いた。
「あと三人、ボクはやる」
「ことはお察し。でもね、一対一といって本気で一人で向かってくるのは、一本気なシャバ・ダ・バーンくらい。他のは、ね」
「わかってる」
言葉少なだ。空気が殺伐としている。それだけトウマが抱えてる想いのすごさを示している。
シャバ・ダ・バーン……死んじゃったの? 細胞一つ残ってれば、復活も可能なのに……雷で灰にされちゃって、もう……。
「そんな顔しちゃだめだ、ミリシャ」
トウマが言った先から、わらわらと人垣が湧いて出る。一体、どこから?
「なんだなんだ? 竜巻か?」
「海に落雷!?」
「爆発も聞こえた!」
トウマが早口で言う。
「ほら、ミリシャ、手をふって笑って」
え――?
トウマがわたしの手を取って、人垣に向かってぶんぶんとふった。わたしはつま先立ちしながら、ひきつり笑いを浮かべた。
だって、シャバ・ダ・バーンが死んじゃった!
(いくら敵だったとしたって、殺すとこまでいかなくていいじゃん?)
そのとき人垣から歓声があがった。
「ミリシャ・フリージアだ! 魔法少女として、本当に戦ってんの!?」
「本当だ、ミリシャたーん」
砂を踏んで男女が近くまで来た。
「いつも活躍聞いてます! サインください」
「オレも」
「俺も!」
みんな若い。頭が柔らかくできてるって感じだ。
「わたし……見ました、ここで魔物が爆発するの。ミリシャさん、本当に、人間の味方なんですね!? 魔獣もやっつけてくれるんですね」
「え、いや。それは……」
つん、とトウマが肘で脇をつついた。上着をくいくい引っ張っているのは、うわばみさんだ。
わたしは思わず声を張って言い切る。
「わたしは、人間界から魔物を放逐します!」
ウソではなかった。だから、罪悪感はちょっぴりですんだ。
たとえ、爆発したのが古くからの友であろうとも。
わたしは約束したんだ。人間たちに、魔獣をやっつけると。
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