第17話トウマVS魔神
無力化された魔神がまぶたのない瞳をぐるぐる回して、でんぐり返りながら、なおも攻撃してきたが、トウマの剣の前にはかなわなかった。
勇者は、魔神すら倒す――そのことが、パパを追いつめ、苦しめた原因だったんだ。
なにも、勇者団全員がこんな戦い方をするのでなかったとしても。仲間を守りつつ、攻撃を一身に集めるそのやり方は、勇壮で頼もしかった。
腕から、体からそのたくましさが伝わって、思わずトウマを抱きしめる腕に力がこもった。
「ミリシャはボクが、守るからね」
真白き閃光を浴びながら、トウマは言った。
わたしはせめてその姿を目に焼きつけようと、必死で前を向いていた。
横に一並びになっていた魔神が、わたしたちを取り囲んでいたが、結局雷撃以外の攻撃はせず、頭上の空間で目まぐるしく回転していた。
なんて、恐ろしい力――。
『汝、鳴神の名において――共に魔王を倒さんと誓うか』
「いいや。今生に魔王は存在しない。鳴神、キミこそ空へ還るんだ」
『なんと、魔王なくしてなぜわたしを呼んだ――』
「呼んだ? だれが――鳴神を? どういうことだ!?」
「トウマ、ヨルムガーンのことだよ!」
トウマは魔王が――パパのことだ――勇者団によって、倒されたことを魔神に告げた。
『なるほど、瞬きの間に、魔王は散ったか。ではまた眠りにつくことにしよう――』
わたしは、爆風で飛び散らかされた粉塵の向こうに、ギラギラとしたタリスマンを全身に着けた緑のローブ姿が走り去るのを、垣間見た。
だけど、敵の姿が見えても、どうしようもなかった。魔神が目の前にいるんだもの!
「ひとつ、応えてくれ」
トウマは魔神に向かって果敢にも言った。
魔神はころころと空中を転がって、また一つの巨大な球体に戻った。まるで変幻自在なその姿を見ると、先ほどまでの攻撃は手を抜いていた――いや、自分の力を見せつけるにふさわしいかを確かめようとするかのようだった。
勇者たちは、こうして十二の魔神たちに挑み、その力を蓄えていったのだ。わたしは悟らざるを得なかった。
『……よかろう』
「ヨルムガーンの未来が見えるか――奴は魔王の器なのか」
『それはわからぬ。ただ、わたしを呼んだその声がヨルムガーンだというのなら……』
恐ろしい事実を突きつけられたわたしたちは気絶しそうになりながらも、よろよろとその場を駆け抜けた。
「ありえない! ありえないっす! もともとは人間だったやつにそんなことができるだなんて!」
うわばみさんは、憤懣やるかたない、というようにそう言った。ヨルムガーンが魔神を呼べることは知っていた。だけれど、うわばみさんが問題にしているのは、その戦法のことじゃなかった。
「彼奴は、魔王に匹敵する力を手に入れるだろう――そう、ナルカミが言ったんすね?」
念を押すように確認されて、わたしはただ頷いた。
コーヒーを淹れる手つきも軽やかに、ジローさんが鼻歌混じりにキッチンの中で、問いかけてくる。
「なんのお話?」
緊張感がほっとほぐれて、やっとわたしは一息つける気がした。
「あんたには関係ない話よ!」
うわばみさんが、ばっさり切り捨てた。
そんな言い方しなくっても……。
ジローさんも、せっかくおいしいコーヒーを淹れてくれてるんだしさ。
「いい香りー」
なんだかうれしくなって、そう言うと、うわばみジローさんが口もとをほころばせるのが見えた。
「ふふ、ここってインスタントしかないって思ってたら、古いコーヒーメーカー、見つけちゃった。戸棚の奥に」
ジローさんが言って、アルコールランプの蓋をする。
「へえ。そんなものが?」
ママってそんな趣味、あったんだ……。
ジローさんは、たっぷりのひいた豆が入った袋の向こうで、せっせと働いている。
「あんた、妙にあしげく買い物に行くと思ってたら……余分なもの買いこむんじゃないわよ!」
うわばみさんは険のある言い方。
ジローさんはうらやましいほど落ち着いている。
「ふふ、おにいちゃ……お姉ちゃんも調子が戻ったじゃない」
「魔界を出てきてちょっとのあんたに、なにがわかんのよ!」
「たった一人きりの兄弟の事、わからないはずないじゃない」
「ふんっ」
ああ。うわばみさんって、もともとこういうキャラだったんだ……。
「うわばみさん、ジローさんと言い合ってるとき、二割増しオネエになるね」
ていうか、ちょっと噂に聞く姑みたいな。
「あたりまえですよ。ジローってば、こういうときだけキッチンに収まって、アタシの場所をとっちゃうんすから」
さあできた、といってカウンターに温まったマグカップを三つ、並べつつジローさん、
「おにい……お姉ちゃんは、ミリシャ様の前ではナイト気取りですからね」
「あら? そうなの?」
「んなっ! 信じないでくださいよ! ししょー」
「いやー。うわばみさんはナイトっていうか、お母さんっていうか」
私が言ったら、ジローさんがマグカップをテーブルに滑らせながら、ケロリとして言う。
「よかったね、信用されてて。ね、お兄ちゃん」
「お姉ちゃんて言ってるでしょう!」
今日も出た! わたしは声をあげて笑った。
「あっはっはは」
うわばみさんがムキ―っとなって、怒った顔をすると、ジローさんは口元とお腹を抑えて体をくの字にして笑う。
久々の団欒に、このときわたしはすっかり安堵してしまっていたんだ――。
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